風呂と背中と不吉の予兆?
「――――――う、うぅん……」
レーレが悠理の頬にキスしてから数秒後……。
倒れてから約一時間弱と言った所で目を覚ました。
『お、起きたか!?』
『……オキタ』
『オキター!』
身体を起こし辺りを見回し――ぎょっとして固まる悠理。
視線の先には眷属姉妹。
――――だ、だれだこの二人は? 俺が倒れてる間に何があった?
密かに心の中で大パニックである。まぁ、これは寝起きで頭が働いていないせいであるのだが。
だから、彼の取った突拍子な行動は寝ぼけていたからに他ならない。
「え、えーと――――――レーレさんを僕に下さい!」
二秒もかけずにベッドの上に土下座、咄嗟にしては見事な反応だったと自画自賛する。
一連の動きのキレに眷属から『オー』と漏れる感嘆と拍手。
――フッ、決まった……と思っていると。
『お、おい、寝ぼけてんじゃねぇ!』
照れたレーレにポカポカと頭を叩かれる。
寝ぼけた思考で何とか現状を理解したつもりだったのだが、空振りに終わったらしい。
『……レーレヲ』
『ヨロシクネー!』
姉はぺこりと一礼、妹は何処からか取り出した旗を振って応援してくれている。
『お前等も乗ってんじゃねー! ええい、さっさと帰れー!』
顔を真っ赤にして彼女が叫ぶと、『クスクス……』と笑いながら二人の姿ぼやける。
そして、元からそこには何もなかったとでも言うように、完全に姿が消えた。
「――あー、なるほど。お前の眷属の子か」
腑に落ちた顔で欠伸を一つ、ついでに首を左右に傾けるとゴキゴキ音が鳴る。
元の世界でもやっことのある動きなのに、ここが異世界だからか意味が違うような気がした。
労働で感じる疲労と眠気、戦闘で感じた疲労と眠気。――同じようで全く違う。
それは現代医学から見れば、疲労は疲労、眠気は眠気、と言う結論で終わってしまうかも知れない。
だが、やはりと言うべきか――――違う。
疲れと睡魔の原因となる行動――原点が違う、唯それだけで度合いが全く異なっていると感じる。
言うなれば、精神的な圧力やストレスが要因なのだろう。
悠理は自身が破格の能力を持っていると自覚している。だから、死ぬ危険性もあると理解はするが、同時に何とかする算段はある、と前向きに考えられた。
――それでも、だ。それでもこの倦怠感、自分がもし無能力者だったら……。
ゾッと背筋を冷たいものが駆け抜ける。想像もしたくない、力に恵まれて幸運だった。
その幸運で何とか生き長らえているのだ己は……。そう結論付けると胃がムカムカとしてくる。
唯の想像がストレスを生んで痛みを造りだす、段々と吐き気さえ覚えてくるかのようで悠理は無意識に腹を押さえた。
『おい、顔色悪いぞ大丈夫か?』
レーレが優しくぽんぽんと背をさする。何故だがそれがとても嬉しくて、ゆっくりと幻想の痛みを打ち消していく……。
数秒後には最早何も感じなくなっていた。痛み、吐き気、眠気、疲労、それらが全部。
「――あー、もう大丈夫だ。ありがとなレーレ」
お礼に頭を撫でる。優しく、ゆっくり、丁寧に。実家の飼猫によくやっていた様に。
『や、やめろよ……子供じゃねぇんだぞ!』
嫌々と首を振るものの払い除けたりはしない。悠理は『ツンデレか?』と突っ込みそうになる。
しかし、そうとなれば対応はこのままで良いに決まっている。案の定と言うべきか、恥ずかしそうにしながらも彼女は抵抗しない。
(あぁ、あいつ等にももう会えない可能性があるのか)
ここに来て、“元の世界に帰れない”リスクに初めて気付く。昨日の夜、ノーレに語った通りで未練は無い。
いや、そうだと思っていた。帰れなかったらその時は仕方がないと割り切れるし、その自信もある。
けれど、自分と係わりを持った人達のことは簡単には割り切れない。皆は消えた自分をどう思うだろうか?
流石に居なくなって清々する――とは思われて無いといいが……。
「――――悩んでも仕方ねぇか……。良し、風呂にでも入ろう!」
悩んで答えが出るならそうするが、出ないのならば保留にしても問題は無いハズ。
そう結論付けて、気持ちを切り替える。
『おう、行って来い。その間、俺は自由にさせてもらうからよ』
散々撫でられた後にようやく自分で手を払いのけるレーレ。ちょっと名残惜しそうにしていたのを例の如く悠理は見逃さなかったが。
「ん? 何言ってんだ? お前も一緒に入るに決まってるじゃないか」
『――――は?』
予想外の一撃が飛んできた為か、彼女は呆けた面をしている。
いや、部屋にさえ強引に連れて来た悠理だ。その一撃が来る事は本来予測して然るべきだったのだ。
そうすれば……。
「さぁ、行くぞ~。お風呂~、お風呂~♪」
『えっ、ちょっ、離せ! おい、離せぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』
首根っこを掴まれる前に逃げ出すことも出来ただろうに。
これは今日一番の失策だったと後にレーレは語る。
――だが、結果的に二人で風呂に入ったのは正解だったのだ。
その事を直ぐに彼女は知ることとなる。
――――――――
――――
――
「さーて、準備は良いか?」
『お、おう……』
脱衣所から、緊張を含んだレーレの声が聴こえてくる。
悠理は既に浴場に入っていて、今は彼女が来るのを持っているところ。
「そんなに恥ずかしがるなって」
『う、うるせぇ!』
ガラス製の引き戸から見えるシルエットがもじもじと恥ずかしそうにしているのが解る。
さっきから戸に手をかけては離すを繰り返して、早数分……。このままでは埒が明かないか。
「ほれ、早く来いよ」
恥ずかしがるあまりに注意がこちらへ向いていない。だから、浴場側から戸を開くのは簡単だ。
『わっ、まっ……!』
もう遅い、彼女が気付いた時にはもうその姿は晒されている。
「……ハラショーッ!」
眼前に写ったその肢体に歓喜の声を上げる。素晴らしい実に。
『あ、あんまり見るんじゃねぇ……』
「何言ってんだ、その水着似合ってるぞ」
そう、レーレは――いや、悠理もだが水着を着用している。
そもそも、彼女が嫌がる事は想像できた。なら、相手が譲歩するレベルまで難易度を下げれば良い。
押してダメなら引いてみろ、と言うヤツだ。
「いやぁ、しかしこの世界にもちゃんと水着があるとはなぁ……」
湯浴み着でも良かったのだが、念の為メイドさんに尋ねると、女性用下着は彼女の分しか置いていないものの、水着ならいくつかあるとの事だった。
何でも、防具の下に着用できる水着類などの開発を行った街の住人が、グレフに出来を確かめて貰いたくて試作品を持ってくることがあるらしい。
今回はそれを使わせてもらう事になった。
『うぅ、さっさと入って出よーぜ……』
スタスタと浴槽に向かっていくレーレ、悠理は後姿の観察も怠らない。
この水着は地球で言うスポーツブラタイプ。至ってシンプルなデザインで、露出部分が少ない為、派手さには欠けるが健康的な色気を醸し出している。
これは完全に悠理の趣味、ビキニタイプやスク水タイプもあったがこれにした。
――――コレの方が断然エロいからな!
露出が少なければエロいのは当たり前、裸に興奮するのも当たり前。
真のエロスとは服の上からでも、少ない露出からでも匂い立つものなのだ――彼はそう自論している。
――とまぁ、自論を立証するのも良いが本来の目的を忘れてはならない。
「あ、ちょっと待ってくれレーレ。俺の身体を洗ってもらうついでに、背中を見てくれないか?」
『――何かとんでもない事をサラッと強要された気がするんだが……。どう言う事だ?』
「ほら、スルハに着く前に祝福喪失者の見分け方を聞いたろ?」
レーレも悠理も自身の能力によって識別可能だが、そうでない人間の見分け方はただ一つ。
『背中の刻印……か?』
羽をもぎ取られた様な痣が出来る。彼女はそう教えてくれたハズだ。なら自分には?
これも彼女が教えてくれたことだが、己の持つ力は祝福とは別物だと言う。
生命エネルギーの可視化によって、廣瀬悠理が祝福喪失者であるのは間違いない。
ならば、自分の背中にも喪失者の証たる刻印はあるのか?
話を聞いてからずっと疑問に思っていたことだった。
「ああ、有るにしても無いにしても知っておいた方が役立つこともあるだろ?」
『それもそうだな、じゃあそこの椅子に座れよ』
椅子を指差され、悠理は?マークを浮かべる。
別にこのまま背中を見せればいいんじゃないか、と。
『――背中位流してやるってんだよ…………バカ』
そっぽ向いて口を尖らせるレーレ。
言われて目をぱちくりさせる悠理、さっきのは冗談でまさか本当にしてくれるとは微塵も考えていなかった。
「よし、お願いします!」
現金なもので、やってもらえるのならばそれに越した事は無い。そうと決まればと、即行で椅子に座って待つ。
『よし、じゃあ仕方ねぇ。洗ってやる――』
――とするか。そう言い掛けて止まる。何だこれは?
結論から言おう。廣瀬悠理の背中に刻印は無かった。
「――何かマズイ物でもあったか?」
彼女の雰囲気で唯事じゃないのは解る――が自分の背中は見えないのだから彼女に尋ねる他に状況を知る術は無い。
返答が来るまでに数十秒、余程の事があったのかと思い、もう一度声を掛けようとして。
『――何て形容していいか解んねぇんだが……ヒビだ』
「ヒビ?」
良く解らない答えが返ってきた。
――話をまとめるとこうだ。
ガラスを砕けばそこに亀裂が走る様に、悠理の背中にもヒビらしきものがあるらしい。
だが、触った感じその跡は傷跡でもないでもないし、爪を立てても引っかかる様な溝が有る訳でもない。
縦に、横に、斜めに、時には円を描く途中の線らしきものある。とにかくそれは不規則に彼の背中に刻まれていた。
「ふーん、何だろう? 召喚者特有の症状かな?」
『さぁな、とにかくこれは二人の秘密にしておいた方が良いだろうな』
理由がハッキリしない以上、伏せておくべき情報だ。何しろ、良い方へ転ぶか悪い方に転ぶか解らないのだから。
(不吉の前触れとかじゃなきゃいいが)
思考を一旦止め、悠理の背中を洗い流し始める。
彼が部屋で自分の頭を撫でてくれたように、優しく、ゆっくり、丁寧に。
亀裂の入った背中を労るように。
(――悪くないもんだな)
それが“幸せ”と言う名の喜びだと、レーレが気付くのにそう時間はかからないだろう。
――そして。
背中に走る亀裂の意味に気付くのにも。
そう時間はかからない……。
何となく二人ともそれを感じてはいる――だが、今は唯この安らぎに浸るのであった……。
ふぅー、歯医者行ったり、俺タワーのイベントとかやってたら時間がなくなってた……。
とりあえず、一旦更新するけど、まだ書き終わってないんで直ぐに編集すると思います。