強襲、グレッセ王都!・覇王との邂逅、目を覚ます深淵その六
うほほーい! あまり調子は良く無さそうなので、今日はもう寝るぞーい!
「コルヴェイ王様! お気をつけください!」
悠理の右手に収束していく黒いエネルギーはグルグルと渦を捲く。
その得体の知れなさにルシアンが叫ぶ。彼の王であれば問題ないとは思うが、注意喚起するにこした事はない。今ここで倒れるなど万が一でもあってはならないのだから。
「何だか良く解らない力だけど――――この程度なら!」
――――しかし、アルフレドは警戒する所か先制攻撃を仕掛けようとしていた。確かに今の彼は無防備で、仕掛けるには絶好のチャンスと言えた。
悠理の掌に作られていく何かは得体が知れない。だがそれだけ。そこからは何の脅威も感じない。
この黒い空間も、自分達から重力を奪っただけ。確かに自由に動く事は叶わないが、それでも攻撃に出るのは不可能じゃない。
アルフレドが両手に“神獣の炎”を出す。巨大な二つの塊は融合し合って更に大きい球体へと変化。
まるで太陽の如き眩さを放ちながら暗闇に包まれた空間を照らす。
「死ねッ! ミスタァァァァァァァッ!」
「アルフレドッ――――迂闊な……!」
今までに受けた屈辱を思い出したのだろうか? ありったけの憎悪と共にアルフレドが悠理へ向けて擬似的な太陽を投げつける!
コルヴェイ王が制止しようとするも間に合わない。放たれた炎は暗闇を照らしながら目標へと真っ直ぐ伸びて――――。
『ユーリさんッ!』
――――直撃した炎が爆発し、メラメラと燃えあがる。生き物の様にうねり、彼が居た空間を舐める様に燃やし尽くしていく。一人、暗闇から逃れていたレイフォミアの悲痛な声が響く。まさか……そんなハズはない。
そう思っていても、やはり心に不安は翳る。どうか無事で居てと祈る事しか出来ない現状を嘆くほか無い。
「ハハハッ、何だい。随分あっけないじゃ――――」
抵抗が無かった事で自身の勝利をアルフレドは確信したのだろう。あまりのあっけなさに嘲笑するが―――それを早合点だと知るのはその一秒後。
何の予兆なしに炎が――――消える。そして炎のカーテンが消失すれば、そこには――――。
「――――成程ね……。こうやって使えば良いのか……!」
焦げ目一つ、傷一つすらない悠理の姿。
掌に作り上げた渦を正面に向けている。悠理はその使い方をどうやらマスターしたらしい。
実に簡単なトリックだ。アルフレドの炎に対して彼がしたのは掌を向けただけ。
炎はあたかも燃え盛っている様に見えたが、実際は違う。
悠理の掌で生まれた渦に吸い込まれたのだ。
放たれた炎は彼を焼き殺そうと踊っていたんじゃない。自らが呑み込まれてしまうことへの断末魔として暴れ狂っていただけだ。
「馬鹿な……、無傷だって? あの時は何とか防げていた程度だったのに……」
天空幻想城にて初めて対峙した時は、“生命神秘の気”によってギリギリ耐えられている有様だった。
その直後に、今思えば英雄としての力の一旦だったのだろう。あの白い光を纏って神獣の炎を打ち破った。だが今回は違う。圧倒的だ、一方的だ。
――――攻撃を完全に無力化された…………! そう直感する。
「ほう、完全なる無力化か……。面白い」
「た、楽しんでいる場合ではありませんコルヴェイ王様!」
その光景を見たコルヴェイ王も同じ推測に辿り着いた様だが、彼の顔は何処か嬉しげだ。
主の悪い癖が出たと注意するルシアンだが、今だにこの擬似的な宇宙空間になれず、コルヴェイ王の背後や頭上をくるくると回っている。
『あれは“生命神秘の気”? いや、アレにそんな力は――――』
安全な場所から一部始終を見ていたレイフォミアは、先程見せた能力を測ろうとする。
“生命神秘の気”ではない。ましてやその逆である“生命神秘の裏”でもない。この二つであるのならば必ず“色”が浮かぶハズ。虹色が原則である彼の力に、黒色が発生するなど有り得ない。
色で言うなら“蝕み喰らう闇”と良く似ている。――――が、そうであったならもう既にここは死の空間となっているだろう。アレの見境無さは良く知っているのだ。
そこに命があれば問答無用に喰らいつき、分解し、咀嚼する。アレは生命に対しての絶対的な敵。
見れば一瞬にしてその敵意を感じ取れる。だがそれが無い、と言う事はやはり違うのだろう。
――――だとすると、一体アレは?
「ハッハー、心配すんなってレイ! 俺は良いからさっさと逃げろって! それと、誰もここに立ち入らせるな!」
『えっ?』
熟考モードに入っていたレイフォミアを正気に戻らせたのは、他ならぬ悠理の声。
心配するなと、明るく笑って――――――――忠告した。咄嗟に意味を把握出来ず、自然と漏れ出た疑問の呟き。けれど彼は、微笑んだままで繰り返し忠告を送った。
「総てが終わるまで誰もここに近付けさせるな! ……頼んだぜ?」
『ッ、ユーリさん! 貴方はもしかして――――』
――――もしかして、死ぬ気なのでは? そう言い切る前にグイッと首筋を何かに引っ張られる感覚。
不味いと思うよりも、その引力めいた何かが自分を引きずる方が遥かに早い。
「アバヨ神様! 皆を守ってくれ!」
『ま、待ってくださ――――!』
一方的に頼んで左手首をスナップする。悠理がそうしただけで、レイフォミアは見えない手に掴まれた様に空間の外へと引きずり出されていく。これでこの場には敵対勢力を残すのみ。
「――――さぁて、これで邪魔は居なくなった。存分にやろうぜ?」
もうこの場に守るべき者は一人としていない。ならば後は徹底的に戦うのみ。
ニッと笑って手招き、この身は既に背水の陣――――かかって来い!
「馬鹿に――――するなァァァァァァァッ!」
「仕方無い……。加勢してやろう……!」
挑発する様な悠理の笑みに逆上し、再度“神獣の炎”を投げつける――――が今度は巨大な球ではなく、小さな炎を雨霰の様に投げつけてきた! 質より量の構え、それにコルヴェイ王が加わる。
何処かの少女がやった様に、無数の剣を召喚。それが悠理へと殺到した!
「へっ、かかって来なぁッ! 行くぜぇ?」
迫り来る攻撃に対して慌てた様子もなく、両手を正面に突き出す。
右掌で渦を捲いていた黒い“何か”はそれを合図に形を崩し、雲の様にもやもやとしたシルエットへ変わっていく。それを見届けながら、悠理は宣言する。
――――この能力を解放する、と。
「“小宇宙の創成”! 俺は俺の宇宙を創造する!!」
――――“小宇宙の創成”。それがこの黒い“何か”の正体。
悠理は前々から思っていた。“生命神秘の気”が生命の進化を促すものであるのなら、生命を世界そのものを、あるいは宇宙を創造する技も何処かにあるのではないか?、と。
きっと、この“小宇宙の創成”はそれの一種に違いない。自分は“生命神秘の気”を行使しすぎた代償に、暴走状態として一時的にその力へと辿り着いてしまった。
偶然か? はたまた必然か? それは解らない――――解らないが…………。
この力は自分の身に収まりきらないし、抑えきれない。それだけはハッキリしていた。
「な、何? 創造――――だと?」
「む、我等が放った力が尽く曲げられていく……」
悠理の言葉にアルフレドが動揺を見せ、コルヴェイ王は目の前で起こった変化に目を見張った。
目標へ殺到した炎と剣が、直撃する直前にぐにゃりと曲がったのだ。炎の球はひしゃげて消失し、剣は刀身が尽く歪んで使い物にならなくなって消えて行く。
モヤモヤとした暗闇で出来た雲はふわふわと揺れているだけだったが、明らかにこの異変の原因はそれにあった。唯そこにあるだけに見えているのなら大間違いだ。
「あ、あの力は一体なんですの? それにこの空間だって……」
未だにくるくると無重力に身体を遊ばれているルシアンは、この暗闇の空間が少しずつ変化し始めている事に気付いた。そう、それこそがあの雲の力。
この擬似的な宇宙空間を操作する役割を持った雲は、悠理に飛来する暴力を、空間に圧力をかけてすり潰した。つまり、この中にいる間はお前達もそうなるんだぞ?、と脅迫されたも同然。
――――が、だからと言って悠理が優勢化と言えば、それは違う。
「ヘヘッ、どんなもんだ――――グアァァァァッ!?」
突如、彼の顔に浮かんだ苦悶の表情。それと共に首筋から伸びた亀裂は更に広がり大きくなっていく…………。
「――――クソッタレ……! やっぱり長くは持たねぇ……、早い所決着つけねぇと!」
それが意味する所は――――破滅。代償による暴走状態で、本来なら使用不可能な“小宇宙の創成”を扱えている事がその引き金。
確実に迫っている死に目を背けて、敵を倒す事だけに集中しているのは悠理が切羽詰っている証拠だ。
「アルフレドよ。どうやら向こうには時間が無いようだ。不様でも逃げ切れば勝てるぞ?」
「――――まさか、ここで簡単に退けるかい? 男としては無理ってもんじゃないかなぁ?」
「良く言った。ならば――――行くか!」
「勿論さ!」
覇王と神の使いは各々の意地故か、悠理の自滅を待つ事はせず、戦闘を続行する事を選んだようだ。
不思議と彼等は強敵に挑むヒーローとライバルの様なテンションになっていた。
悠理はそれを見て思う。――――嗚呼、何か俺の方が悪役っぽくね?
「かかって来やがれぇぇぇぇぇ!」
全力で吼え、二人を迎え撃つ。――――彼等を倒すまで、命の火が消えない事を切に祈りながら…………。
次回、勝利を得るのは?