激震、グレッセ王都!・獣は自由を、騎士は誇りを胸に生きるその一
書けたけど、本調子とは言い難いかな?
そして始まる男と男の決戦!
「おおぉぉ、らっ!」
「シッ!」
グレッセ城を駆ける二つの影。それ等は踊り狂ったように得物を振り、繰り出された攻撃を避け、或いは己の武器で火花を散らせながら攻撃をいなし、真っ直ぐに城を進んで行く。
「ハァァァッ!」
漆黒の騎士が二刀流で持って相手を攻め立てる。鋭く流麗な剣裁きはまるで舞踏会のダンス。上品さと華麗さを兼ね備えた優美さがある。しかし、実際は相手を一撃で仕留めんとする殺伐とした技。
いや、一切の無駄を省いた一撃必殺の動きであるからこそ、奇妙なまでの美しさを要するのかも知れない。
「セイッ、イャアー!」
――――対して、山賊にしか見えない風貌の男、その動作は外見を裏切らず、粗野で荒々しい。力任せに戦鎚を振るって、急所への一撃を叩き落とす。騎士がもう一方の手に握った短剣を突き出してくれば、避けるよりも攻撃を選択。
右足で騎士の甲冑、その腹を思いっきり蹴り飛ばす。威力はなくても衝撃は特大。攻撃を素直に受けて、そのまま距離を置いた相手と暫し睨み合う。
「中々に――――」
「――――しぶてぇなカーネス!」
互いに不敵に笑って相手のしつこさを讃え、再び駆け出すカーネス・ゴートライと廣瀬悠理。
――――が、それも長くは続かない。走り続ける二人の視界に半壊した大きな扉が見え、それを飛び込むようにして潜るとカーネスが脚を止めたのだ。
「もう駆けっこはお終いか?」
「ああ、ここ以上に相応しい決戦の舞台はない」
そう言って暫し悠理から視線を外して、カーネスがその部屋を眺める。兜に覆われていて見えないが、どこか悔しげで悲しそうな顔をしている気がして、その正体を探る為に同じ様に視線を周囲に向けた。
広い空間だ。争いがあったのか、所々床や壁、置物などが壊されている。恐らく、ここは城の中で一番に広い場所、となると…………。
「…………玉座の間、か」
誰も居ない玉座の間と言うのは、成程、確かに物悲しさが溢れているかも知れない。
家臣や護衛の兵士、そして彼等を従わせる王の姿――――そのどれもが欠けており、争いの痕跡が残されている事もあってまるで忘れ去られ風化してしまった思い出の世界と言う印象を抱く。
「ん? アレは…………?」
そんな色褪せた世界に唯一残った強い色。それは玉座、そこにぽつんと置いてあった――――王冠。
座っているべき人物の代わりに、彼が身に着けていただろうそれだけが取り残されている。
「今は亡き我が主、グレッセ王の形見の品だ。私が――――殺した」
悠理の視線に気付いたカーネスが独白する。半ば予想していた事であったし、セレイナ達からも王が負傷していた事は聴いていたが――――やはり、王は帰らぬ人となっていた様だった。
――――その死因については怪しいものであるが。
「嘘付けよ。子供の頃から世話になってた主君を殺せる様な野心家には見えないぜ?」
「…………貴様に私の何が解る?」
「アルフトレーンでカリソ隊を全滅させたのはお前だろ? 可愛らしい女の子が教えてくれたぜ?」
「…………知らんな」
アルフトレーンでの出来事を指摘され、露骨に顔を背けるカーネス。
そう、悠理達は一歩遅かった。痺れを切らしたカリソは街の人々に乱暴を働こうとしたのだ。それを助けたのは一足先に駆けつけた彼であった。
間一髪で助けられた目撃者の少女が告げた証言である。少女の先導で住民は避難場所に退避し、彼らが逃げるまでの時間を稼いだ後、カーネスはカリソ隊三百名を皆殺しにしたのだった。
これがアルフトレーンの住民を救った漆黒の騎士の話だ。
「それを聴いて思ったよ。お前は操られてなんてないってな。王を殺したってのも、濡れ衣か、その要因を作ったって所だろ?」
最初はアルフレドに操られていたのだと思った。けれど、それならアルフトレーンでの件は説明がつかない。レーレへの仕打ちは忘れていない。今も隙あらば思いっきり顔面を殴る腹積もりだ。
しかし、その私怨を差し引いて冷静に考えれば何か事情があったのだろうな、と理解出来る。――――まったくもって、全然納得はしていないが。
「…………弁解はしない、私が殺したのだ。アルフレドに不覚を取った私が――――ッ!」
あくまで自分が殺したと苦悶の声を上げながらカーネスが告白する。
――――あの日、コルヴェイ軍が圧力をかけに来た時、そこへ紛れ込んでいたアルフレドによってカーネスは洗脳状態に陥った。油断はしていなかった――――と言っても言い訳にしかならない。
だが彼の“祝福殺し”触れていないと発動出来ない。コルヴェイ王の四姫、“鉄仮面のグリキルナ”から力を借りたアルフレドであれば周囲の人間に全く悟らせずカーネスに洗脳を仕掛ける事は造作もない。
後は簡単なこと。突如暴れ始めたカーネスは王を切りつけ、取り押さえようとした護衛騎士達を返り討ちにした。ここで幸いだったのは、危険を察知した王が娘であるセレイナと家臣達を身体を張って逃がした事だ。
王はカーネスの正気を取り戻す為に奮戦したが、負傷し年老いた身体では国一番の若き騎士と互角には戦えず――――祝福を奪われた。しかし、それと引き換えにカーネスを正気に戻すことには成功したのだ。
――――代償に左腕を切り飛ばされたが、そのショックでカーネスの洗脳が解けたのなら安いものだ、と王は笑っていたと言う…………。
「――そして、グレッセ王は『後を頼む』と言い残し、“祝福喪失者”となったその身でアルフレドに挑んで…………」
「死んだ、か…………」
「勇敢な最期だったよ…………。まさしく、王たるに相応しい人だった」
拳を握って悔しそうに俯くカーネス。後悔、懺悔、自己嫌悪。様々感情が混じった呟き。
それを聴いて悠理は――――。
「ふーん、成程ねぇ……。お陰で色々解ったぜ――――――――ふざけてんじゃねぇぞ?」
虹の光を全身からブアッと滾らせて――――激昂していた。
彼の考えている事を理解したからだ。自己満足でしかない悲劇のヒーローを気取っている事に気付いたからだ。
「…………何だと?」
「ふざけんなって言ったのさ。テメェ、贖罪のつもりか?」
「――――――――」
カーネスは王の死後、洗脳が解けているにも関わらずアルフレドに従い、数々の悪行を働いた。
それは自分が敬愛する王を殺めた事に対して断罪を欲したからだ。
どんなに足掻いても王の死を招いた事実は変えられない。だからこそ、その罪を背負って悪として討たれる――――彼が今こうして悠理と戦っているのはそれが理由。
そうすれば家臣や国の民、セレイナやヨーハも心おきなく自分を恨む事が出来るだろう。
不器用な騎士は破滅を望んだといってもいい。だがそれは――――単なる逃げ。
悠理はカーネスが犯した罪ではなく、彼が罪から逃げした事を弾劾する。
――――ふざけるな! 国を守るという誇りを抱いた騎士が、簡単に逃げてんじゃねぇ!
「お前がどんな最期を望もうが勝手だ。文句はつけねぇ。けどな、お前のくだらねぇ自己満足に俺等を巻き込むな!」
「――――ッ! くだらない、だと?」
「ああ、くだらねぇな! お前は騎士として王に後事を託されたんだろう! だってのに今のお前は何だ? 何をしてやがる!!」
お前は戦うべきだった。王の意思を継いで、どれだけ王殺しの罪を責められても仇を討つべきだった。
今は亡き王の為に、彼が愛した国と民を守る為に騎士として戦い続けるべきだったろうに。
それをお前は――――! どうしようもなく悠理の中で怒りが大爆発し、火薬で連鎖したように怒りはその強さを増していくばかり。
そこには少なからず羨望があった。悠理は社会の歯車として替えの利く安価な存在だった。
しかし、カーネスは違う。王に信頼され、後事を任せられるほどの人物。それほどまでの男が期待に応えようとしない事に苛立ちが募り、彼を叫ばせる。ただ、怒りが赴くままに。
「王の遺言を無視して、尊敬する人の名誉に泥塗ってんじぇねぇ! 馬鹿野郎がッ!!」
「――――黙れ」
「お前は王を裏切った! 託された思いを踏みにじった! お前に騎士を名乗る資格はもうねぇ!!」
「黙れぇぇぇぇぇッ!!」
もう互いに黙っていられず、双方同じタイミングで怒りを真っ赤に燃え上がらせて突撃する!
自由を愛した獣と、誇りを胸に生きてきた騎士…………、その決戦の時が来た!
明日は食事に誘われたら本編の更新は出来ないかも知れません。