激突、グレッセ王都!・巨人達の咆哮その四
金曜日は疲れがマッハだわ…………。
頭は働かなかったけど、睡魔には何とか打ち勝ったぞ!
巨人と化したルンバの手がグレプァレンを押し潰さんと更に力を込める。対する鋼鉄の巨人もやられたままではいない。負けてたまるかと踏ん張って、押し返そうとし続けていた。
『おぉぉぉぉぉっ、砕けよ! 我が掌!』
しかし、ここでルンバが秘策に出た。空いている右手で拳を作り、グレプァレンを押さえ込んでいる左手へ思いっきり叩き付けたのだ。巨人の手が死角となって鋼鉄の巨人は気付けず、対処しようにも出来ず――――。
『――――!? バ――――』
突然真上から加わった衝撃に成すすべなく押し切られて膝をつく。だがそこで終わらない。ルンバは左手がどうなっても構わないと言う勢いで拳を叩き付けた。故にそれは必殺の一撃。
そこに込められた破壊の力はグレプァレンを地面へと押し込んでいき――――。
『――――――――』
――――鋼鉄の巨人はその巨体を地面へと全て埋められ、抵抗らしい抵抗も、怒りの咆哮も最早聴こえない。
『グフッ……、どうやら私も――――』
戦いの終わりを感じ取ったのか、ルンバからふと力が抜ける――――すると。
「限界の様だ……」
その身体は見る見る内に元の姿へと戻っていく。体格の良い、見慣れたルンバ・ララの姿に。
完全に元へ戻った時、言葉通り限界を迎えたのか、それとも久々に祝福を発動させた事による負荷が原因だったのか、ルンバはその場へ倒れこんでしまう。
『ごっ、ごっ!』
巻き添えを喰らうまいと離れていたエミリーが慌てて駆け寄り、残った左腕で彼を掬い上げる。
『ご~……』
どうやら、唯単に気絶しただけの様でエミリーも安堵する。――――いや、ルンバの左腕は少しばかり深刻な様だ。巨人化の際に負ったダメージの影響で、手の甲は赤黒く変色している。
早く手当てしなければならないが、近くに兵士達はいない。エミリーがグレプァレンを引き付け、戦線から遠く離れていたからだ。
『ご、ごご……?』
とにかく、仲間達の居る場所へ――――と動きだそうとして、ふと振り返る。
そこには地面へと埋まったままのグレプァレン。気配はない、ないが――――気になってしまう。
『――――――――』
今にも動き出すんじゃないか? 未だ反撃の機会を窺っているのではないか?
疑心暗鬼になりながらも、今はルンバを助ける事が先決と背を向けて――――。
『――――バァァァァァァァ!』
『ごっ!?』
――――それが仇になった。無防備な背中を晒した瞬間に、グレプァレンは土を撒き散らしながら地面から飛び出してエミリーの背中に一撃。飛び蹴りをかました!
『ごっ、ごぉぉぉぉ…………』
咄嗟に受身よりもルンバを庇う事を優先し、身を丸めて転がるエミリー。しかし、それによって迎撃態勢を取るのが少しだけ遅れた。
『バアァァァァァァアアアッ!』
『ご、ごごご…………』
鋼鉄の巨人が彼女の顔を鷲掴みにし、ギリギリと力を込めればパラパラと岩の肌が削り落ちていく。
――最早ここまでか…………。諦めそうになって、せめてルンバだけでも助けねばと捨て身の一撃を放とうとして――――。
『――――――――ご?』
顔を掴んでいた拘束が緩み、するりと抜け出すことに成功。しかし、一体何故?
『――――バ、バァァァァ…………』
見ればグレプァレンの身体には黄色い液体がかかっており、その液体が間接に隙間無く入り込んで動きを封じている様だった。これは――――知っている。
確か強力な接着剤だ。建築技術の街“アルフトレーン”で生まれた特別性。石材を連結させる為に重宝されているのだとか…………。だが、一体どうしてそんなものがグレプァレンの身体に?
「――――ふぅ、何とか間に合った様ですねエミリー?」
身動きの取れないグレプァレンの背後から声。それは後方にて敵を捕縛していたハズのマーリィであった。エミリー達の戦闘音、加えてルンバの姿が原因で危機を察し、急いでここに駆けつけたのだ。
そうして、何かに使えるかもと持ってきておいた接着剤――――――それを元に作った爆弾を投げつけ、今に至る。
こうして巨人達の戦いは一応の決着を見せたのだった。
――――――
――――
――
『――――ぐ、ううう、我は負けたのか?』
『ええ、ワタクシ達の勝利です。グレプァレン』
アイアンクローの状態で固まったまま、グレプァレンは呆けた様に言う。それを聞き取れるのはエミリーだけ。これは巨人達の声なき会話であった。種族間のテレパシーとでも言っておく。
『我は――――何故負けたのだ?』
『解りませんか?』
疑問に満ちた声に、穏やかな声が答える。ここに至り、二体の巨人は戦い以外で始めてコミュニケーションを取っていた。
『解らぬ。力では勝っていたと言うのに、一体何故?』
『――確かにその通りですね。ワタクシだけの力では勝てませんでした』
鋼鉄の巨人が言う通り、力だけなら圧倒的にエミリーが不利だった。では何故、最終的にこうして勝者と敗者が覆ったのか? それは愚問であったのだが、エミリーは丁寧にその理由を述べた。実に簡単な事なのだ。
『ですが、ワタクシは最初から一人ではありませんでした』
一対一の戦いであったなら敗北は必至。けれどそうじゃなかった。自分が傷ついていれば、倒れそうになれば支えてくれる誰かが、手を差し伸べてくれる誰かが、エミリーには確かに居た。
グレッセ王国解放軍として過ごした日々の四週間。行動を共にした仲間達との時間がこうしてこの勝利へと導いたのだ。
『――――脆く弱い、身勝手で強欲な人間を仲間と呼ぶのか?』
『アナタの過去に何があったかは存じ上げません――――が、彼等は勇敢で力強く、仲間思いで優しい人達です。ワタクシの自慢の仲間ですとも』
ボロボロになった身体で、それでもエミリーはしゃんと背筋を伸ばし胸を張った。誰かを守ろうする気持ちは間違いなく誰かの心――――ルンバやマーリィに届き、こうして巡り巡って彼女を助けたのだ。
守り、守られ、一方的にじゃなくて双方向。尊い循環だと思う、そしてエミリーが望む好ましい関係だ。
『納得――――出来ぬ…………』
『――――残念です。でもいつか、アナタもアナタを必要としてくれる誰かに出会えると、ワタクシは信じております』
『そんな日は――――』
――――そんな日はこないとも。言いかけた言葉をグレプァレンは呑み込む。敗者が勝者の言葉に水を差すのは無粋極まりない行為。負けは負け。いくら身体を動かそうとも、鋼鉄の身体はビクともしなかった。
ルンバの一撃で体力を奪われていたのもあるが、身体の隙間と言う隙間を埋め尽くしている接着剤が大きな原因だ。
『サヨウナラ、グレプァレン。命はここに置いて行きます。どうか、次に会う時は敵ではありません様に』
エミリーは軽くお辞儀をしてその場を離れていく。ルンバは既にマーリィが保護し、王都内へ向かった仲間達との合流すべく、二人はその後を追っていった。自分もそれに続かねばならない。
『――――フンッ』
遠ざかる背中へ悔し紛れに鼻を鳴らす――――そんな部位は存在しないのだけれど。
『…………今回は、勝ちを譲ってやるか…………』
誰も居なくなった大地に、空へと消えて行くのは鋼鉄で出来た巨人の――――負け惜しみ。
次回から、お待たせしまた――な、悠理対カーネス!