番外編・女騎士と暴君は取引をしたのか?
前回でゴーレム対決をやると言いましたが、その前に番外編を入れようと思ってたのを忘れてました。
『――また来たのかよお前は……』
――悠理の精神世界に住まう裏側の存在が、そう言って彼とそっくりな顔をしかめる。
このSM部屋を模した彼――――“束縛の暴君”の領域に出入り可能な人物は現在二人。表側の悠理と目の前に居る女騎士だけだ。
「黙れ、私の本意ではない」
呆れたようなチェインの声に無愛想に答えるファルール。今、このタイミングはアルフトレーンで悠理がカーネスと戦って負傷し、死に行くレーレの救う為に力を使い倒れた直後。
つまりはファルールがキスで生命エネルギーを供給した瞬間が今この時。
些か機嫌悪そうにむすっとしているのはそれが原因。カーネスに対する怒りやら、まったく役に立てなかった自分が恨めしいやら悔しいやらで酷く複雑な気持ちを抱いていた。
『事情は解ってるが……。ポンポンここに来られるってのも問題がだな……』
「安心しろ。ミスターにも言ってない」
『それも知ってるよ……』
何度言うがここは精神世界。それも人の最も奥深くにある聖域にして闇。
この場への侵入は心に土足で踏み込むようなもの。しかるに、そう簡単に訪れて良いハズが無く、そもそもここへ到達するのは極めて困難。
――だがこの女騎士に限っては例外。彼女が悠理へ生命エネルギーを供給する度にこうして顔を付き合わせていた。今となってはもう何度目だったのか…………面倒なのでチェインはカウントするのを止めている有様だ。
「――一つ聴いても良いかチェイン?」
溜息を吐いてこの領域におけるセキュリティの問題を憂うチェインに、どこか沈んだ様子でファルールが呟く。何か嫌な想像をしているのか、表情は不安げ。
その予想はどうやら当たっていた様で――――。
「もし――――もしだ。ミスターが死んでいたら、お前は…………」
――――当たっていたの半分だけだったらしい。悠理の心配かと思ったが、どうやら自分の事へ興味を示していた様だ。それが表の存在が消えたらどうなるか? ――と言うのは喜べるものではないが。
しかし隠すことでもあるまい、とチェインはあっけらかんと答えた。
『そん時は俺も死ぬさ』
「そ、そうなのか?」
てっきり悠理が死んだ際にはその身体を乗っ取るのではないか? そう思っていただけに、ありふれた末路に大してやや戸惑がちに問う。
“束縛の暴君”は問われれば律儀に答えてくれるタイプの男で、その理由を自ら語り始める。
『ああ、レーレのお嬢ちゃんがやられてアイツは怒ってただろ?』
「確かに、初めて見たよ。アレだけ感情を剥き出しにしたミスターは……」
『ああ、俺もビックリしたぜ』
「ミスターの全てを知り尽くしてるのにか?」
『――何か腐女子が喜びそうな言い方だな……』
「婦女子が喜ぶ?」
チェインは悠理の裏側、であればその知識も大体の部分は共通している。
――――故に、だったのだろうか? 腐女子と言う単語に反応しなかったファルールを見て少なからず安堵したのは。どうやらノレッセアにはまだその類の思想――――と言うか文化? それらしいものは存在しないらしい。
『こっちの話だ、気にするなよ。――――でだ、アイツがあれだけ怒ってたのに俺はずっとここにいた。何でだか解るか?』
「? どういう事だ?」
『怒りは少なからず負の感情なんだぜ? だってのに俺は未だにこの部屋の住人さ』
「あ……そうか。アレだけ怒ってたならお前が肉体を奪っていてもおかしくなかったのか……」
人の裏に潜む彼等は、常に表側を乗っ取って肉体を手に入れようと画策している。
その為には表に強烈な揺さぶりをかけなければならない。平たく言えば感情が負へと大きく傾いた瞬間が狙い目。――――なのだが。
『その通り――――でもそうはならなかった。あくまで俺は悠理から肉体を奪う必要があって、それが出来なかったら共に死ぬサダメなのさ』
悠理は怒ってはいてもカーネスを憎んではいなかった。純粋にレーレにした仕打ちに怒りだけを向けており、そこ憎悪は微塵もない。その油断と隙のなさが、チェインが悠理を賞賛し評価し、警戒する所以でもある。
「――なぁ、ミスターは……生き残れると思うか?」
唐突な弱音。今日はいつもより質問も多い。いつもなら、ああじゃないこうじゃないと散々睨み合うのが常なのだが…………。どうやら今回は相当弱っているらしい。
無意識に最悪の結末を予想し、不安を覗かせるファルール。そんな姿を見せた所でチェインは同情しない。普段と変わらぬ態度で持って接する。
『さぁ?』
「さぁ―――って……。お前はあの人の裏側だろう?」
『俺がアイツの強さを保障すればお前は安心できるのか? そうじゃねぇだろ? そんなのは気休めだ』
「それは――――そうだが…………」
精神の裏側に潜む邪悪な存在と言っていい彼から出たのは意外にも正論。
確かに今欲しいのは気休めではない。必要なのは悠理ならば大丈夫だと信じられる心の有り様にある。
『――ま、そんなに心配ならお前がちゃんと守ってやりな。そのやり方位は教えてやるからさ』
「やり方?」
『ん、手を出しな。体感した方が早い』
「こう、か?」
促されるままに手を差し出せば、チェインの手がそこに重ねる。
――ああ、同じ手だ……。触れ合った瞬間に感じたものは悠理と同じ手の感触と温度。
不思議な事に安心と温かさを覚え、だからこそ起こりつつある異変をファルールは察っせず。自らが招いた迂闊さを彼女は呪う。
「う――? こ、これは――――ッ!」
繋いだ手から虹の光が溢れ出し、それと共に情報が流れ込んできていた。
――――“生命神秘の気”とは何か? 知識としてではなく肉体へ直接技術として叩き込まれた――――と表現すれば良いのだろうか? 使えば己に絶大な負荷がかかるのも感覚的に察した。
今のファルールは望めばそれを操れる状態に変質したと言っても過言ではない。
己に起こった変化に惑い、怪しんでいると、そうさせた元凶が種明かしをする。しかし、それは騎士の誇りに反するもので。
『一回だ。たった一回だけ、俺の力を使える様にした』
「な!? そんなもの私は望んで――――!」
『これは強制じゃない。使うかどうかはお前次第さ』
一方的に言い渡してその手を離すと、チェインはパチンと指を鳴らした。
『――さぁ、もうそろそろ帰れよファルール』
ニッコリと嫌な笑いを浮かべる彼にファルールは、しまったと警戒するがもう遅い。
――――知っている。ああ、その仕草は知っているとも!
「おい! 話は終わってなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!?」
望みもしない力を押し付けられた事に抗議する暇もなく、女騎士は虹の鎖に拘束され、頭上へと引き上げられていき、そのまま高速で精神世界を抜け――――。
――――現実に帰還した。
次回こそ、ゴーレム対決開始。