激突、グレッセ王都!・神速の男と、騎士の女その二
ふぅ、短いけどファルールとアイザックの戦いはこれにて終了。
あっ、ブックマーク増えてたよ! やったぜ!
「ガッ……アァァァ……ッ!?」
「オォォォォォォォォッ!」
ファルールの一閃がアイザックの胴を確実に捉えた。この好機を逃すものかと、そこに全ての力を注ぎ込む。
アウクリッドは悠理によって“改竄”されたあの日から、“不殺”の剣となっており、こうしてアイザックの胴を打ち抜いている間にも、刀身には衝撃波が纏われ彼を斬ることは無い。
――但し、死ぬほど痛い思いをするのは間違いないのだが。
「ハァァァァァァっ!」
「――――!」
渾身の力でアウクリッドを振りぬけば、アイザックは抵抗らしい抵抗も出来ずに吹き飛んでいく。
グレッセ王都とは反対側――――メシェルと言う国へ続く道へとその身体は飛んでき――――――――やがて見えなくなった…………。
「はぁ……はぁ……あぐっ!?」
脅威を退けた事で限界が来たのか、それとも緊張の糸が切れたのか。アウクリッドがその手から滑り落ち、痛みを訴える右腕を押さえつけ荒い呼吸を整える。
そうして、自分がやった“ズル”に苦笑した。
「――やれやれ、何とか勝つには勝ったが結局使ってしまったか……」
言いながらファルールは地面に目を落とす。アイザックが立っていたその場所には――――煌く虹の光が。
それは紛れもなく“生命神秘の気”。七色に輝く光は鎖の様に連なり、地面からその姿を覗かせていた。
「礼は言わないぞチェイン……。どうも自分の力以外で勝つのは、あまり良い気分になれんからな…………」
これがアイザックの動きを止めたものの正体。ファルールがした不正。
――――廣瀬悠理の精神に住まう裏側の存在。その名を――――“束縛の暴君”。
彼が生み出す“生命神秘の気”で造りし鎖は、触れたものすべてを拘束する。ファルールは予め地面にこの鎖を仕込んでいた。所謂、罠。
だからこそ、彼女はアイザックが真正面から突っ込んでくる様に誘いをかけたのだ。
「それにしても…………流石はミスターだな」
自分で使ってみて初めて解る。“生命神秘の気”と言う力の強大さ。
あくまで彼女の場合は、チェインに無理矢理、一度だけ使える様にと押し付けられたもので、今はもう使用不可能な訳だが……。
――だが結果的に良かったと思う。終わってみた今となれば。アルフトレーンで悠理にエネルギーを供給した際に彼の精神世界に入り込んだファルールは、そこでチェインからこの能力を渡された。
彼は『これは強制じゃない。使うかどうかはお前次第さ』と言っていたが、今思えばこの状況を見越していたのではないだろうか?
真意は解らないが、何故だか彼女はそう思った。
――あまりにタイミングが良すぎる、と。
「――しかしまぁ、これだけの負荷をもろともせずに力を使っていたとはな…………。全く――――」
突然、ごぽっと吐血するファルール。それはあまりに当然の結果。
本来なら使えない、大陸の守護神であるレイフォミアでさえ扱う事叶わず、その身を侵された能力――――“生命神秘の気”。
悠理の様な適正者ならともかく、そうでない者が特殊な方法で、たった一度だけでもそれを使おうものならばこれは必然の末路。
ファルールは“生命神秘の気”を操る為に数年の寿命を引き換えにし、その負荷が今、彼女の肉体を襲ったのだ。悠理ならば気絶する程度の負荷であるが、それは偏に彼が適正者ゆえ。
「――――大した御方、だ…………」
自身が仕える主の偉大さを思い知りながら、そして常にこの苦しみに耐えて力を振るい続けた彼を誇らしく思いながら…………。
――ファルールは笑顔を浮かべて、ようやく地面へとその身体を横たえたのだった……。
――――――
――――
――
――女騎士が辛勝を納め、倒れてから数分後の事。
「セレイナ! あそこじゃ!」
戦場から離れた神速のアイザックを追って来たセレイナとリスディアが、その場に駆けつける。
しかし、発見したのは血まみれで倒れるファルールの姿。
「ッ!? おいッ、無事かファルール!」
「…………ぅ……」
「――ふー、どうやら命に別状はねぇみたいだな…………」
ディーノスのから飛び降りたセレイナが彼女の元へ向かい。傷だらけの身体を抱き起こす。
出血は何故か止まっていたが、損傷は大きい。
少なくとも、今回の戦いではもうこれ以上の戦闘は不可能だろうと判断。邪魔な甲冑を外して、ヨーハから渡されたハンカチをビリビリと破き、傷口を縛る。
応急処置をあらかた終えた所に近付いてくる気配を感じた――――ルンバ隊の兵士だ。
「セレイナ姫! ゴーレムをエミリーとルンバ隊長が抑えている間に、騎士達はあらかた制圧完了! 直ぐにでも王都内へ進軍出来ます!!」
それは悠理がルンバ隊で行動を共にした先輩兵士――――こと、シルフィードだった。
伝令としてセレイナを追ってきたらしい。その姿は大きな傷こそないものの、細かい傷が多く、彼は彼なりの激戦を潜りけたのだと容易に想像させた。
「応! ご苦労だったなシルフィード。ファルールを回収して、俺達はこのまま王都へ行く。白風とルンバ隊の指揮はルンバに――――いや、あいつも手が放せないなら指揮はお前がしろ」
「えっ? お、俺がですか!」
労を労うついでに無茶を押し付けられシルフィードは困惑気味。ルンバの元で数年行動を共にし、少なからずその補佐を行った経験もあるにはあるが…………。
実際、自分はそう言うガラではないと思っているし、緊急時とは言え少々荷が思いと感じた事は確かだ。
しかし――――。
「これは俺様直々の命令だ。お前にも他のヤツにも文句は言わせねぇし、何かあった場合は責任は俺様が取る」
「――――解りました。俺も男です、やってやりますよ!」
――――姫様直々に責任を取るといわれて、誘いを蹴るのは男らしくない。
やる気になったのはそんな単純な理由。強い決意の表れか、ええい、ままよ!、と躍起になったのか、表情には力強い笑みが浮かぶ。
「その意気だシルフィード。リスディア! 準備は出来てるな?」
「うむ! 問題ないぞ!」
ファルールを背負ってディーノスに跨るセレイナ。それに応えるリスディアのディーノスにはレーレの姿が。そもそも、ここに来る途中まではリスディアとセレイナが二人乗りだったのだ。
ここへ向かう最中にファルールが逃がしたそのディーノスを発見し、そのまま一緒にここまで来た――――と言う訳だった。
「じゃあ、後は頼んだぜ!」
「ハッ、任せてくださいよ! ――幸運を!」
「お前もな、行くぜ……!」
短いやり取りを終え、走り去っていく二人。その姿をシルフィードは暫く見守っていたが……。
「――あー……、引き受けちまったけどやれんのか俺?」
唐突に肩を落とし、先程のまでのやる気に満ちた表情が一転、不安に満ちたものへ。
一介のしがない独身兵士にはやはり荷が重いのでないかと今になって尻込みする。
「ダメだダメだ! 弱気になるなシルフィード・ストラ!」
グレッセの姫君に後を託されたのだから、と自らを叱責しする意味を込めて頬を叩く。
バシンッ! 凄く痛そうな音が当たりに響き、やはりと言うべきかシルフィードの頬を赤くなり、瞳には若干涙が滲んでいた。
「……さて、気合も入れたし、俺も自分の仕事を――――ん?」
滲んだ涙をゴシゴシと拭い、ディーノスを走らせようして――――ふと止まる。
彼の中に何かが語りかけたような…………そう、これは――――。
「今――――誰かに呼ばれた様な――――っ!」
不思議な感覚に戸惑って周囲をきょろきょろと見回して――――見つけた。
遥か遠くに倒れる白髪の狐耳。いくら視力が良いと言っても知覚出来ない距離にいるのにも関わらず、彼にはその姿がはっきりと映ったのだ。
その傷つき倒れている姿に、気付けばディーノスを走らせていた。
――俺は何をやっているんだ? 惑う自分とは裏腹に身体は真っ直ぐに倒れている少女――――ギニュレアの元へ。
「――う…………」
ディーノスに乗れば大した事ない距離。けれどあの距離から見たのと寸分違わぬ姿にシルフィードの疑問は止む事が無い。
ともあれ、ギニュレアは傷つき、意識もロクにない様だった。
「こいつは――――レーレの姐さんと戦ってた子、か?」
近付いてみてやっとその正体に気付き、身構える。彼女が神獣のハーフである事を彼には見抜けるハズも無いが、警戒するに越した事は無い。
レーレと互角かそれ以上の激戦を繰り広げていたのは遠くからでも伝わってきた。ここら一体の地面が穿たれているのもその名残なのだろう。
――であれば、自分など一瞬の内に殺られるに違いない。だからこその警戒。
そして襲い掛かられてもいい様に腰の剣を抜こうとして――――。
「……母……さん……」
聴こえてきたその声にピタリと手が止まる。見ればギニュレアの目には涙。
夢の中で母と会えた事に対する喜びの涙なのか、それとも辛くて悲しくて、母を恋しがる涙なのか…………。
――――きっと後者なんだろう。シルフィードはそう思った。口元を髪で隠しているから表情は確認出来ないが、その隠された顔は悲しみで歪んでいるに違いない。
少なくとも、その姿を見た所為で警戒は解けてしまった。ではどうするか?
この敵として戦い、放っておけば再び戦うかも知れない少女を果たしてシルフィード・ストラはどうするか?
「――――あー! 今は考えてる暇なんてないないッ! 後の事は後で考えるしかねぇ!!」
頭を抱えて空に向けて叫ぶ、あるいは天空への宣言。
ともかく、どうするかなんてなんてもう決まっている。後は心に従って動くだけ。
「う、うぅ…………」
「飛ばすから確り捕まってろよ!」
ギニュレアを抱きかかえ、ディーノスに乗ってその場を去るシルフィード……。
――一介のしがない騎士と、神獣の血を引く少女の物語――――その行方は誰にも予測不可能であろう……。
次回からは、ゴーレム達の戦い。