激突、グレッセ王都!・似た者同士の孤独その一
――――ダメだ、頭が働いてくれん……。
今回は中身滅茶苦茶かも知れない……何かずーっと、ぼーっとしてたんだな……。
――あっ、ブクマ増えてったす! あざっす!
――時はメノラがアルレインと戦闘開始するまで遡る。
彼女達とは反対側へと飛んでいったレーレは、神獣とのハーフである“陽炎のギニュレア”と戦闘状態にあった。周囲に人影は居ない。居れば間違いなく巻き込む事になる。
その所為でレイフォミアの能力制限区域から抜け出てしまったのは正直痛い。
死神の力を持っていた頃のレーレであったならまだしも、今の彼女ではギニュレアが相手だと、勝率は良くて三割に届くかどうか……。これが制限区域なら三割だと言い切れるのだが……。
『どこもかしこもおっ始めやがったな……』
空中でギニュレアが放つ巨大な白い炎を避けて一息。遠くでは戦闘の気配がちらほら。
ここから反対側ではメノラが戦っているであろう感覚も伝わってくる。悠理達は既に王都へ侵入しただろうか? ――ヘマしてねぇだろうなアイツ……。自分の事よりも考えるのは彼の事。
本音を言えば付いて行きたかったとも。連れて行って欲しかったとも。でも、こうしてここに居る理由は戦略以上に悠理からお願いされたから、と言うのが大きいので、役目を果たす事に集中しようと思う。
「余所見なんて随分余裕なんじゃない?」
――等と悠理へ思いを馳せて居る内に、ギニュレアが岩石の如く巨大な白い炎を創製していた。彼女の事が一瞬上の空になった所為で今のレーレは酷く無防備だ。
遠慮なくそれを放ったギニュレア、しかし意識を攻撃に向けるのが間に合って、レーレは羽根を全力で動かして真横へと回避。ギリギリではあるがなんとかやり過ごす事に成功した。
『うおっ!? テメー、危ねぇだろうが!』
「わたしを前にして上の空なのがいけないん――――でしょッ!」
炎の熱気で汗だくになりながら悪態をつけば、自業自得だと今度は小さな炎を数十発打ち込まれる。
レーレは再び羽根を動かして急降下、ギニュレアは後を追う様に炎の玉を投げ続ける。地面スレスレを飛んでその事如くを回避。避けた炎は大地にぶつかって砂埃を撒く。
砂埃が晴れればそこにあるのは無数のクレーター。まるで投石でも落とされたような巨大さ……。
そして何よりも熱気が凄まじい。穿たれた地面の近くにあった拳大の石がじゅうじゅうと音を立てて焼け溶けている。喰らったら一溜まりもないだろうなんて、簡単に予測がつく。
「ホラホラ、避けてばっかりじゃ勝てないわよ!」
疲れ知らずの様に数十発の炎を連射、速射し続けるギニュレア。レーレの飛行速度が速いのか、もしかすると彼女の方がノーコンなのか、未だヒットは一度も無い。だが、それでも何発かは当たりそうな一撃があった。
下手な鉄砲数打ちゃ当たると言うが、このままいけば証明されるのは時間の問題かも知れない――――が。
『――ヘッ、解ってんよ!』
地面を這う様な飛行から急速上昇。ギニュレアが居る高さまで昇ると素早くレーレが何かを投擲、それが真っ直ぐに金色の九尾へと迫っていく!
――――それは彼女に命を託して消えて逝ったグレイスの武器、鎖鎌“フルトヴァイシ”だ。
柄から刃、鎖から分銅まですべてが精霊界特有の素材で作られた一品。特に分銅は碇の様な形状で鋭く尖った先端には刃が埋め込めれている。その先端が高速で射出されたのだ。
ギニュレアは余裕を持ってそれを避けようとするが……。
「!? わ、わたしの髪が! あんたぁ~ッ!」
分銅はレーレの手の小刻みな動きに反応し、その軌道は変幻自在。避けたつもりであったがほんの少し、掠っていた。金色の長い髪が数本切れて落ちて行く。
余程髪に思い入れがあるのか、それを傷付けられたギニュレアは分銅を掴んで手元に引き寄せる。
そうして自分へと引き寄せられたレーレに炎をぶつけようとした。
『油断してるのがワリィんだよ!』
――しかし、空いた手には眷属姉妹の妹であるテオの武器、スパイクロッドの“グルフニグフ”が握られている。振り下ろされそうになったそれを喰らう前に上半身を捻り、掴んでいた分銅を後方へと振りぬく。
『お、おおぉぉっ!?』
すると、慣性に任されるがままにレーレも後方へと飛んでいくが、ギニュレアが振り返った時には既に態勢は整っていた。
暫し、お互い空中で様子を窺い合うも、ふと、ギニュレアの抱いた疑問が無意識に口をつく。
「精霊の宝具を二つも……ホントに何者なのあんた?」
見るからに貴重な品だ。これを精霊が所持しているなら別にいい。ただし、これを人間が持っているとすれば話は違ってくる。精霊の宝具はその存在と密接な関係があり、使い手――精霊自身以外は使用できない。
また精霊界で製造される道具故に入手は不可能。先に述べた関係性によって、余程特殊な能力でも使わない限りは強奪も無理である。
ギニュレアから見てレーレが精霊でない事は明白。では彼女が精霊から能力を奪える力を持っているかと聴かれればそれも違う気がする。何故ならレーレからは確りと精霊の力――――その流れを感じるからだ。
『――――さぁね、今となってはもう何者なんだか……』
「加護とか寵愛とか言ってたじゃない」
肩を竦めて見せるレーレにギニュレアは更に問う。この二人の間には奇妙な空気が出来上がっていた。
戦いの最中であるのにどこか日常会話を愉しむような雰囲気。お互いきっと似たような思いでいることだろう。レーレは問いに自分なりの答えをもって応じる。しかし、それは自分が何者かではなく――――。
『まぁ、一つだけ解ってることは――――だ』
「?」
『俺とお前は何か…………似てるよ』
――――敵として向かい合っているギニュレアとの共通点だった。
そう、自分と彼女は似ているとも。どこか言葉に尽くせない部分で……。
「――――――――何それ、同情してるつもり?」
発せられた言葉に酷く驚いた顔をして、次に悲しみ、最後はキッと睨みつける。
声には仄かに怒りが宿っていた。でもそれはどうすれば良いか、どう返せば良いのか解らなかったからだ。端的に言えば想像もいなかった解答に虚を突かれた感じ。
『はっ、そんなのされたって喜ぶたまでもねぇだろ?』
「だったら似てるって何なのよ! わたしの何を知ってるって言うの!!」
『お前の過去も経験も俺には全然解らねぇし、理解してやるつもりもねぇ!』
向かい合い声を荒げ、言葉をぶつけ合う。
ギニュレアは己の人生を振り返ってその悲惨さに怒る。理解出来る訳が無いと咆哮する。
対してレーレは元よりその気が無いと叫ぶ。お前の過去なんて理解したところで仕方がない。何故なら理解すること即ち同情という図式なのだ。少なくともレーレにとっては。
同情などしても相手が惨めになるだけだ。それを彼女はよぉく知っている。知っていても尚、こう思う。
『――――けどな、それでも似てるって俺は思うんだよ……』
「――――――――意味解んない……」
――自分達は似ている、と。何も知らなくても感じる、心に響く、瞳に悲哀の色が見える。何せロクな人生を送っていないのは二人共同じなのだ。似たような境遇に居たからこそ感じる共感……。
レーレの言葉を突っぱねているギニュレアでさえ、ああ、もしかしたらと思っている。
きっと目の前に立つ相手も――――――――孤独だったのだろう、と。
『ああ、お前意地っ張りっぽいから、言葉で伝えても無駄かもな』
「さっきから何? 喧嘩売ってるわけ?」
『喧嘩も何も戦闘の真っ最中だろうが! ――――まぁ、なんつーかお前は憎めないから生かして返してやるよ』
「――本気で言ってるの? 力の差がどれ位あるか、あんたなら解ってるでしょう?」
『普通だったら勝ち目はねぇだろうさ。けどな、俺には精霊の加護と、英雄の寵愛があんだぜ?』
「だからその寵愛ってのがわからないんだってば!」
戦いを忘れた様に言葉を交わし続ける二人。そこにどこか心地良ささえ覚え始めていた。
お互いに死神――元死神と半神獣――亜神獣とも言うべき存在……。どちらも人類からは嫌われ者。
だからこそ、この二人は似たような哀愁があった。
生まれた時に与えられた祝福によってそう定められたのだから仕方がない……。そんな諦観がなかったかと言えばそれは嘘でなのだ。
しかし――――そうではなかったと、レーレは思う様になった。
『――――お前さ、す、好きな男って居るか?』
この場に似つかわしくない話題にレーレの声が上擦る。
あまりに突然な話にギニュレアは唖然として、それから悲しそうに顔を伏せた。踵まで届く長い髪の毛が巻きついて見えない口元からはギリッと歯軋りの音。それが彼女の諦観そのもの。
「――居るわけないじゃない……。わたし忌み子だもん……誰にも愛してもらえるハズないわよ…………」
――縛られていた。人との間に生まれた神獣の子。それは異形、獣との交わりで生まれた少女を人は恐れ、不気味がる。身に宿した力が絶大であるが故に、その存在が間違いなく波乱をもたらすが故に。
生を受けて十数年間、そんな劣悪な環境で過ごせば人は簡単に腐るもの。
こうして数百年の時を経た今となっても、それはトラウマとして彼女を苛む。
――――愛されるワケないじゃないか。愛されたいと思っているのに、過去からの呪縛が邪魔をする。
人間なんて指先一つで殺しつくせる彼女だが、その脆弱な人間を未だに畏怖し、憎んでいた。
それはレーレも似た様なモノだった。……だがそれは――――悠理に《・》会うまでの話だ。
『俺もずっとそう思ってたよ。自分が愛されるハズないって、な……。でもな? どうしようもなく誰かを好きになっちまったら、愛してもらいたくて堪らなくなるんだ。一生懸命気を惹きたいって思うんだ。愛されるハズない――――なんて弱気は、どこかに飛んでいっちまうのさ』
悠理は死神である自分を不気味がらなかった。倒せるチャンスを棒に振り、見逃された事が興味の始まり。行動を共にしていき奇妙な信頼関係を築き――――相棒と呼んでくれる様になった。
まさか自分から何度も唇を奪うほどにのめり込むとは思わず、これが愛するという事なのか考えると酷く照れが……。でもその照れが心地よくもある。
死にかけた自分を助けようと必至になってくれたのは凄く嬉しかった。結果的にグレイスやテオ達を喪うことになったが、こうして今も傍に居る事が嬉しくて堪らない。
――それが誰かに愛される事の無かった二人の唯一の相違点。
自分が愛されているかなんてレーレには解らない――――が、自分は確かにあの男を愛しているとも。
あの男に愛されたいと、耳元で愛を囁かれたいと望んでいるとも。
そう思える様に自分は変われた。成長した胸を張って言えるだろう。だからこそ――――。
「――――――――それって……惚気話?」
『さぁな? でもな、いつかお前にもそんな相手が出来るって――――俺は信じるぜ!』
――――お前にもそんな相手が現れるハズだ。そう伝えてやりたかった。
似た者同士の孤独を背負う彼女だからこそ、自分が伝えねばならないとレーレは思う。
それは――――友情、と言い換えてもいいのかも知れない。親近感を抱く彼女に何かしてやりたい、そう思えたのだ。こうして敵として向かい合っているにも関わらず。
そしてその思いは――――。
「…………ぷっ、何それ? あははっ、無責任にも程がある話ね?」
『へヘヘッ、俺もそう思うぜ!』
――――ギニュレアに届いた様だと確信する。
笑う、楽しそうに、喜ぶ様に。戦場にはそぐわない穏やかな空気。しかし、長くその時を刻む事は許されない。それは二人が敵として出会ったが故の宿命。
「さぁて、お話はお終い……。アンタとは――――別の形で会いたかったわ」
『まったくだな。お互いの苦労話で盛り上がりたい所だが――――』
「――――続きといきましょうか?」
『――――応よ!』
お互いに奇妙な友情を感じつつ二人は再び戦闘態勢に入った。
信じるもの、守りたいもの、目指すべき場所、それらが決定的に真逆なのだから。
ここから先は――――――――勝っても負けても恨みっこなし!
次回、レーレの逆転劇?