激突、グレッセ王都!・淫魔達の流儀その四
――ワオ! 気付いたら7000文字超えていたんだぜ!
※猟奇的と言うか、『作者頭おかしいんじゃねぇの?』って言われても仕方がない狂気的な表現(確り描写できているかは解らないが)が出てきます。
一応、心構えだけしてから見るといいかもです。
『淫獄の……魔……眼?』
身体の自由を殆ど奪われたアルレインが何とか声を絞り出す。それが今自分を戒めているものの正体だと言うのか? 500年以上の時を生きていても訊いたことの無い単語。そしてその絶対的な効力。
先程までの力の差はその瞳に秘められた力によって一気に逆転した。こんな事が実際に起こりえるとはにわかには信じ難い。
『――――昔話をしてあげる』
動きを封じられたニルギアンの手から這い出てたメノラが唐突に話し始める。彼女の鼓膜は未だに潰れたままであり、アルレインが何を言っているか解っていないのだ。
口の動きで大体把握できるし、先程も自身の瞳を褒めた事を看破してる。……あれは執念に近かったが。
――――ともあれ、彼女は昔話を始める。100年も生きていない彼女が語るには不釣り合いなお伽噺を。
『1000年以上前までは神様なんて珍しく無かったのよ』
プロローグはそんな一言から。アルレインは自由の利かない身体であっても怪訝な表情をせざるを得なかった。メノラは無視して続ける。
――1000年も昔。それは祝福の力が完全に世界のパワーバランスを狂わせる波乱の次代。むしろ、この時の情景こそ“ノレッセアの審判”と呼ぶに相応しかったのだが……。それについては今語るべきで物語ではないだろう。当時の事を語るにはもっと相応しい語り部が居るのだから。
――話を続けよう、当時はあらゆる祝福がレイフォミアの能力と同じ位に強力な“神の領域”に至る可能性を秘めていた。実際、そこに到達出来る者も数多くいた。故に――――。
『淫魔にも居たのよ。神様と崇められるヤツがね』
忌々しげにメノラが吐き捨て、瞳に込められた殺気がより濃くなった。怒りが膨れ上がる。
心の底からその存在を嫌悪しているであろう事は想像に容易い。
『――――淫魔神“メルチェドレア”……。ワタシの人生を狂わせた女よ』
メノラの瞳がスッと細まれば殺気もまた鋭く尖る。アルレインとニルギアンの顔に汗がひっきりなしに吹き出る。居心地が悪いなんてレベルじゃない。生きたまま生皮を剥がされるとはこういうことかと否応ナシに実感させられた。
しかも、これは八つ当たりだ。ここに居ない存在への怒りと恨みのとばっちり。だが逆に言えば、それは彼女達に向けれたモノでなかったのは幸いだった。
これが自分達へ向けられたものだったら――――と考えて腹の底が冷える。まず耐え切れずに発狂するに違いない。殺意の対象者でなかったことを大淫魔と神獣は安堵せざるを得なかった。
――そうしていると、ふっと殺意が和らいだ。怒りから憂鬱そうな顔に切り替わった。メノラは遠い目をして話を再開する。
『ワタシはね。元は普通の人間だったのよ?』
『…………?』
『ああ、そうよね。亜人種と呼ばれる連中は総じて元人間だったわね……。なら言い方を変えるわ。ワタシの祝福は――――淫魔じゃなかった』
『……!』
ロクに言葉も発せ無い状況で大淫魔が確かに息を呑む。その驚愕の情報に。
――そんなバカな? 有り得ない事だ。彼女は間違いなく同族であると確信できる。確かに自分と同じ匂いがする。とてつもなく深い業の匂いが……!
本当にそうだとしたらお前は――――何者なのだ? そうアルレインの瞳が訴える。彼女にはそれで伝わった。故にメノラは自身に起こったありのままを告げる。
『ワタシが淫魔になったのはね、この瞳を埋め込まれたからよ。――――淫魔神の両目をね!』
――忘れもしない70年前。彼女が純粋極まりない唯の少女だった頃の話。
不幸と言うのは唐突に、音もなく、理由もなく襲いかかってくるものだと思い知らされた。
『アナタ、綺麗な目をしているわね』
とてつもない絶世の美女だったと言う。立ち姿から挙動まですべてが美しく、また優雅であった。
そんな大人の女性に褒められて嬉しくないハズがない。幼いメノラは照れながらも『あ、ありがとうございます!』と礼を言ったらしい。
しかし、その直後だ。淫魔神メルチェドレアが紡いだ次の言葉で、穢れを知らぬ少女は徹底的に穢しつくされたのだ。その人間であった身体と、何よりもその魂を。
『だから――――チョウダイ?』
驚く暇もなかった。メノラが『え?』と声を上げるよりも早く、ズブリと目に指が入り込んで目玉を強奪された。この時、何より恐ろしかったのは目玉をくり貫かれた事ではなく、その所為で視界が闇に閉ざされた事でもない。
本当に恐ろしかったのは痛みを感じず――――快感を覚えていたことだ。既に淫魔神の魅了にかかっていたメノラには想像を絶する激痛も、総てが気持ち良いと思えていた。
そして、慈悲のつもりだったのか、メルチェドレアは自身の瞳をそのままメノラへ移植する。それが始まり。上級淫魔メノラ・クシャンの誕生秘話。
――彼女は圧倒的な祝福の力を帯びた瞳によって後天的に淫魔になったと言う珍しいケースだったのだ。
『――あの女はね、人間になりたかったのよ』
自分の身に何が起きたか語り終えて溜息をつく。瞳を継承させられた時、あの女が見たもの、感じたこと、思ったこと。
それらの情報も、全てではないが引き継いでしまっていた。――だからと言って同情はしないが。
――――淫魔神メルチェドレアは1000年以上を生きる化物。彼女が歩いただけで街は狂気と淫欲渦巻く地獄と化す。ただそこに居るだけで人を狂わす存在。
勿論、彼女は淫魔だ。その事に快感は抱いても罪悪感は毛ほども抱かなかった。唯――――飽きたのだ。
破壊と快楽を貪り続ける日々に酷く飽いていた。彼女はあまりに強すぎて殺される事も無く、1000年と言う時を生き続け――――名案を思いついてしまう。
『――――そうだわ、人間になりましょう』
強すぎるからいけないのだ。脆弱な、息を吐いただけでも狂ってしまうほどに弱い人間になればいい。
そうすればきっと退屈しないだろう。そうだ、弱くなれば良いのだ。全ての力を封印して無力になろう!
――メノラが思うに、彼女はそこに至った時には既に壊れていたのかも知れない。
強すぎてひたすら孤独だった淫魔神。渡り合える者も居らず、彼女にとって死は決して訪れないもの。
誰かに傍へ居て欲しかったんじゃないかと思う。決して壊れない玩具が欲しかったんじゃないかと思う。
全ては推測に過ぎないし、同情はやはりしない。唯、哀れだとは思う。
哀れな淫魔神はそうして自分の力をあらゆる手段で封印しつくし、最後に残った瞳をメノラに押し付けたのだが――――彼女がどうなったかは未だに解らない。
生きているのか、死んでいるのか――――人間になる事は出来たのだろうか?
多分、メノラはメルチェドレアに怒りを抱いてはいても、恐怖心を捨てさる事は出来ていないのだろう。
あれから70年、淫魔神の足跡を全く追おうともしないどころか、忘れるようさえしていたのだから……。
『でも結局――――逃れられないのよねぇ……』
憎らしく忌々しいその瞳で太陽を見る。どうせだったらこのまま光に焼かれてしまえば良いのに。
――でもそれは出来ない。何度か試してみたが、この瞳は簡単には傷付ける事すら出来ない。
淫魔対策で仕込んでいたプロテクト。瞳に仕掛けていなかったのはそれが理由。
――結局は逃げられない。
『ワタシ、実は500年以上生きた淫魔と戦うのって初めてじゃないのよね』
『え……?』
『“妖艶のラミレテシア”、“魅惑と誘惑のサンリナシャ”、“独占と調教のクオリンテ”――――だったかしら?』
『そ――――それ、は……!』
――知っている。ああ、知っているとも。それはかつて散々煮え湯を飲まされてきた500年前の好敵手達。
あの“ノレッセアの審判”を生き残った一筋縄ではいかない淫魔達だ。正直言って、アルレインも関わりあいたくないと言わしめる曲者共……。
――まさか、全員倒したというのか?
『あいつらと戦ったときもこうして死に掛けたわよ……でもね。だったら、どうして今ワタシはここに居ると思う?』
『――――うっ』
それは間違いなくその瞳のお陰だろう。こうして今、自分も神獣たるニルギアンも手玉に取るほどの力だ。いくら500年前の猛者とは言え、相手が悪い。
恐る恐るメノラの瞳を見返せば、彼女は何故か溜息を吐いて頭を振った。
『――――残念。不正解よ』
『な……に……が?』
不正解? その力なしで生き残ったとでも言うのか?
そんな不可解さを表情に浮かべれば、やれやれと言わんばかりに再度の溜息。
呆れた口調で、メノラは過去に戦った淫魔達が敗北した理由を述べた。
『ワタシの目を見ない様にしなさい』
『――――!』
それは戦う前に彼女が言った忠告。そうだ、あの時、自分は確かに奇妙な感覚に襲われたではないか。何かがおかしいと感じたではないか!
あれは、あの感覚はこういう事だったのか……!
後悔にも似た猛烈なショック。始めからメノラは警戒しろと、自身の最大の能力は瞳だとネタ晴らししていたのだ。それを見抜けていればこんな事には……。
『――忠告を受け入れていたらこんな事にはならなかった……と思っているなら間違いよ』
『――――!?』
『アタシは使うつもりなんて無いって言ったわよね?』
『…………』
確かに、忠告の後にそう言った事を思い出す。それを聴いたアルレインはメノラを嘲笑していたが……。
『力を使ったのはね――――アンタがこの目を褒めたからよ……!』
『ヒッ――――あ、あ、あぁっ……!』
『グォッ! ォォ……っ!?』
メノラの目に殺気が戻り、それを今度こそ真正面から向けられる。あまりの恐ろしさに身体の自由を奪われている事を感覚的に忘れ、湧き上がった恐怖が無理矢理身体を動かし震える。
今まで大人しくしていたニルギアンもこれは堪らない。両手で頭を抱え、本能に訴えかける恐怖を押さえつけようと身悶えた。アルレインに至ってはみっともなく失禁さえしていた。
アンモニアの匂いが立ち込め湯気が昇る。それを冷めた目で見下ろすメノラ。
殺気と怒りを些かも緩める事無く、無慈悲に彼女は宣告する。
『ワタシはね。アンタに負けるならそれでも良いと思ってた。かつて戦った淫魔達だってそうよ。全力を尽くして負けるんだったらそれを受け入れるのが美しいとワタシは信じてる。なのに――――』
――――なのにこの瞳を見た瞬間に変わる貴様達の態度と来たらどうだ?
怒りの源泉はそこ。この瞳はメノラにとって因縁と不幸の証。――それを褒められて嬉しいハズがない。
『――この瞳を褒めた以上、もう生かしては返さない。瞳を褒められる度にワタシはあの悪夢を思い出すのよ! それはワタシに対して最大の侮辱!!』
だから使おう。個人の誇りがなんだ。この瞳が褒められた時点でそんなモノは踏みにじられているのだ。容赦なく使え、この瞳を――――あの女を褒め称える者は生かしておくな!
『さぁ、大淫魔“夜蝶アルレイン”……。アナタは淫魔神の魅了を受けて正気で居られるかしら?』
『や、やめ――――』
みっともく懇願しようとしたアルレインをオレンジ色の瞳が射抜く。たった、それだけ。メノラが意識して相手を覗き込むだけで魅了は完了してしまう。
『――――あ? あぁっ!? な、なんですの……これぇ……!』
ビクンと身体を跳ねさせたかと思うと、先程の恐怖に引き攣った表情は消え失せる。
変わりに浮かんだのは――――快楽に溶けただらしない表情。頬は朱に染まり、瞳はトロンと垂れ下がる。
口の端からはダラダラと涎を垂れ流し、身体は身悶える様にクネクネと妖しく蠢く。
『アナタの感度を一気に数百倍まで高めたわ。こうして息を吹きかけられるだけでも――――ふぅ~っ』
『ひぅッ! あ、んっ……ふぅ、あぁ……んっ♪』
肌に触れたメノラの吐息でビクビクと身体を震わせるアルレイン。未体験の領域へと誘われ、その快楽に酔いしれる。漏らす吐息は終始快感を孕んだもの。
いや、もう既に声を出す際に喉へ伝わる振動すら――――気持ち良い…………!
『――アナタ、本当に浅ましいわね……。他の連中はもうちょっとは耐えたわよ?』
『だっ……てぇ♪ こんなの……知らなっ――――んひぃっ!』
罵られ、言い訳をしようと最中に胸へと触れられたアルレインははしたない嬌声を上げた。
メノラの伸ばした指先が胸をつんと突く。服越しだというのにその感触と振動がとてつもなく快感に感じる。なら直接触れられたらどうのなるのだろうか?
無意識に都合の良い展開を期待し、妄想する。そんなアルレインは――――もう終わりだった。
既に戦っていた事実など忘れ、淫魔の性質に従い快楽だけを求め様としている。物欲しそうな顔、快感に酔った瞳を見れば一目瞭然。
――無様だった。淫魔最強の力を持ってすれば仕方のない事とは言え、淫魔と言う存在が哀れでならない気がした。そんな相手にも慈悲は必要なのかも知れない。
アルレインの願いは叶うだろう。ただし――――死を代償として、だ。
『ああ、言い忘れたけど――――』
『な、なんですの? あ、あぁっ! 早く、早く! もっとワタクシに触れて下さいッ! お願いしますぅっ!!』
『――――痛みも全部快感に変わるから精々愉しんで頂戴?』
浅ましく快楽を求め続ける奴隷の様に懇願した彼女の望み……。それを叶えてやる為にメノラは指を突き刺した。
『――――え?』
メノラの指がずぶずぶと音を立てて埋まっていく。――アルレインの肉の中へと、迷い無く、容赦も無く、唯真っ直ぐに貫いていく。
『あ、えっ? ――――――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?』
大淫魔がその事実に気付いた頃には、指の第二関節まで埋まっていた。しかし、口から出た絶叫に痛みはまったく存在しない。いや、むしろ――――。
『あ、アハハハッ!? 何ですのコレェッ! 肉を指が掻き分けていく感触がこんなに、こんなに――――気持ち良いなんてぇぇぇぇえ゛♪』
――絶叫は快感で染まり、唯の喘ぎ声へと変貌する。ただ、狂気に歪んだその喜びを快楽と表現していいかは議論の余地があるだろう。
しかし、彼女にはもうそれは快感以外の何ものでもないのは事実である。
『――――あ』
――とここで、あまりの快楽的刺激で意識が飛んだのか、アルレインは白目を剥いてしまった。
『悪いけど起きてもらうわ――よっ!』
心にもない事を言いながら、メノラは容赦なく一気にその手を彼女の胸の中に押し込む。
――――グチュッ、と音だけならいやらしい音楽を奏で手は完全に体内へと消え…………。
『あっ、ひゃあぁぁぁぁぁんッ♪ ンギギギぃぃぃぃ♪』
不気味な、けれど確かに快楽に満ち溢れた絶叫を上げて叩き起こされたアルレイン。間髪入れずにメノラはその心臓を直接握った。
『ああああ゛っ、何しでますの゛? それ゛っ、気持ぢよずぎでぇ゛っ!?』
喉からせり上がってきた血の所為で、口から発せられる言葉は濁りきっている。ともすれば唯の雑音としか言えない声は、それでも快感を得ている事を告げていた。
『――――心臓を握り潰す瞬間、アナタは絶望するかしら? それとも最後まで快楽を感じているのかしら?』
『ああ゛っ、握り゛潰すな゛ん゛でぇっ! 触れ゛られでるだけできぼぢいいのにぃッ♪』
『……その顔を見れば聴くまでも無かったかしらね……。最後に一つだけ教えてあげるわ』
口から大量に血を吐き出しながらも嬉しそうに、快感に溶け、満足感に似た狂気さえ孕んで壮絶な笑みをアルレインは浮かべている。
最早、言葉など届いていないかも知れないが、それでも最後の言葉をメノラは送る。
『ワタシの瞳を見て口説いて良いのはこの世にたった一人だけよ。魂になった後でも思考が出来るなら覚えておきなさい』
――頭に浮かんだのは一人の男。今頃はきっとミスターと戦っているであろうあの男。
負けただろうか? それとも勝っただろうか? 前者なら少し嫌で、後者ならきっと自分は喜ぶのだろう。そう、自分の瞳を見て口説いて良いのは彼だけだ。
何故なら――――。
「君はどうして――――そんな辛そうな瞳をしているんだ?」
――――彼は気付いていてくれたから。彼だけはちゃんと自分の瞳を見て話してくれたから。
だから、彼以外が自分の瞳を見て欲しいと近寄ってきてもメノラは決して靡いたりはしない。
『サヨナラ、大淫魔アルレイン。次があれば平凡な人間にでも生まれなさいな』
別れを告げ、その手に力を込める。500年以上生きた大淫魔の心臓は、メノラの手によってトマトを握り潰す感覚でぐしゃっと音を立てて飛び散った。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!』
心底気持ち良さそうに、まるですべての罪を許された咎人が最後に安らぎを与えられたように……。
――――大淫魔アルレインは穏やかな笑みを残して絶命した……。
本当は今回でメノラ編は終わる予定だったんですけど、ニルギアンの後処理が残ってしまったのでもう一回だけ続きます。
ちなみに、現段階だと悠理一行の中で一番のチートは間違いなくメノラです。