激突、グレッセ王都!・淫魔達の流儀その三
ちょっと間に合いそうにないので先に投稿させてください。
完成版は24:30~1:00までの間には出来ていると思います。
追記
ロスタイムに入って申し訳ない……。
ここの辺りはどうしても力入れたくて長くなっちゃったんですよ。
――最初は短かったのになぁ……。
『ハッ!』
メノラが電光石火の如き勢いで、ニルギアン翻弄し、一瞬の隙を突いて懐に潜り込み一閃!
刺突剣“淫魔の微毒”が脇腹に突き立てられる――――が、渾身の力を込めた一撃のハズが神獣の皮膚を貫けない。まるで木の棒で鉄鉱石を突いている様だ。
次元が違うとは思っていたがこれ程とは……。
『グォォォォォッ!』
動きが止まった隙をニルギアンは逃さず、両腕を振るってメノラを捕まえようとする。
ぶおん、と風を切りながら唸る腕を何とか避ける。捕まったら一瞬にしてて全身を粉々にされるに違いない。
『チッ、やっぱり皮膚は硬いわね……それならッ!』
次に彼女が狙ったのは背中に羽根。ここならば神獣といえど比較的柔らかい部位であるハズだ。
多少なりとも傷を付けられれば、そこから“淫魔の微毒”に仕込まれた毒が身体に入り込む。刀身に塗り込まれた毒は淫魔の魅了効果を増幅する媚薬。これが効けば勝率をほんの少し、雀の涙程度には上げる事が出来る。
無い知恵、無い技量と力を絞りに絞って考えた作戦――――戦略だ。
『あらあら……そこは危険でしてよ!』
――しかし、その様子を嘲笑うかの如く、戦いを傍観していたアルレインが忠告する――――瞬間!
『ッ!? ぐうぅぅぅっ!!』
ニルギアンの背中に生えた翼が――――伸びた!
硬質化し、羽根の一つ一つが槍に襲い掛かってきたのだ。それらは一斉にメノラの身体に襲い掛かり、右肩と左太腿を貫いた――――かの様に見えた。
『あら? 残像?』
武器と化した翼に貫かれたメノラ。しかし、その姿がスゥっと闇に溶け込んだかのように消えて行く。
ふと、視線を上げればニルギアンの遥か後方に彼女は移動していた。
『あ、危なかったわ……ホントにとんでもないわね神獣ってヤツは……』
一瞬だけメノラの反応が勝り、翼を全力で蹴り飛ばして後退したのだ。だが彼女も無傷ではない。右肩と左太腿は残像の様に貫かれてはいないものの、鋭く切り裂かれていた。
戦闘に支障は無いが、長引くと厄介かも知れない。――いや、短期決戦を仕掛けられるような手札は持ち合わせていないので、結果的に詰んでいると言えるかも知れないけれど。
『グゥゥゥゥゥ……』
何とか攻撃を避けてホッとしているメノラに向き直ったニルギアン。口からは低い唸り声を上げ、その真っ赤な瞳で彼女を睨みつけていた。
ここで暫しお互いに沈黙する。メノラは脳内戦略会議中だが、ニルギアンは微動だにしない。強いて言えば小さな唸り声を上げ続けているだけだ。それは猫が喉をゴロゴロ鳴らすのに似ている。
『ほらほら、どうしたんですの? 来ないなら――――』
『グォォォォォォォォォオアッ!』
『――――おやりなさいニルギアン!』
アルレインの合図でニルギアンが猛烈な勢いで加速する!
彼の化物は沈黙していたわけではない。その両脚に猛々しいまでの力を溜めるに溜めて一気に解放、跳躍し空中に躍り出る。そこからは翼を全力で羽ばたかせ更に速度を上げていく!
『嘘っ、速――――』
『グゥオオオオオオオン!』
『うっ、あ……あぁ……!』
その加速はメノラの処理限界を超える速さであり、ニルギアンの振りかぶった拳を何とか回避できたのは咄嗟の判断というやつ、つまりはマグレだ。しかし、そんな幸運とも言えるマグレをもってしても、高速で振りぬかれた拳が発した衝撃波はいなせない。
全身を打ち付ける衝撃により、彼女は空中での姿勢を大きく崩してしまう。それは即ち、次の行動に遅延が生じるということ。
この化物相手にその遅延は――――。
『うっ!?』
『グオオオオオオオッ!』
――――命取り。
態勢を立て直すよりもニルギアンの追撃が遥かに早い!
『――――アルババフッ!』
――避けられない! そう判断した後の対応は迅速だった。唐突にメノラの身体が何倍にも膨れ上がる。
それは服の下に召喚した眷属である蛇“アルババフ”の能力。この蛇は通称“エルガバブモドキ”と呼ばれている。見た目はエルガバブと同じだが、身の危険を感じると膨れ上がり、衝撃、斬撃を防ぐ為に体内に巡る特殊な体液を凝固させる。
これは時に硬質化し、時に弾力性を高める。今回は後者、身体をを膨らませ、衝撃吸収ゲルパッドの様に体液を変化させていく。因みに服は特殊な素材で出来ているので伸縮性も抜群だ。破れることはない。
そして防御の準備が完了した瞬間――――。
『……ッ……ア……!!』
――ニルギアンの一撃がモロに入り、メノラは地面へと音速に達する勢いで落下していく。服の下に数十匹と潜ませたアルババフがいとも簡単に押し潰れて絶命する。しかし、彼等は役目を果たしたのだ。
アルババフのお陰でメノラは肋骨全損程度で済んだのだから。
『ぐっ、ふ……ッ!』
地面に叩きつけられた数回バウンドしてメノラはようやく止まった。アルババフの体液が染み付いていた為に落下の衝撃はそれほどでもない。しかしそれを幸いとは呼べない。何せズキズキと痛みを主張する肋骨は致命傷に違いないからだ。
『あらあら……もう終わりですの?』
『う、ぐ……』
ニルギアンと共に近付いてくるアルレインがメノラを見下ろす。呻きながらメノラは指を鳴らした。
すると、彼女の身体に透明な膜の様なモノができて――――周囲に撒き散らされた毒からその身を守った。
『――あら?』
『グォォォ……』
アルレインが首を傾げて地面を見る。すると、そこには数十匹以上のエルガバブ。
圧倒的強者である一人と一匹が近付いた事によりエルガバブ達は一斉に石化し、毒ガスを撒き散らしていたのだ。
『かかっ……た……わね…………』
『いつの間に……』
『喰らいな――――さいっ!』
二人の動きが僅かに毒で鈍った隙をメノラは逃すわけには行かない。
地面に横たわった不恰好な状態でアルレインへと“淫魔の微毒”を向け、その心臓を貫こうとする。
しかし、アルレインは冷静に冷徹にニルギアンへと命令を下した。
『――何してるのニルギアン? 遊んでいると後でお仕置きよ?』
『――――ッ!? グオォォォォォォアッ!』
ほんの一瞬、その言葉にニルギアンが発狂した様な雄叫びを上げながら、翼を乱暴に激しく動かし始めたのだ。
『なっ!? きゃぁぁぁぁぁっ!!』
翼の挙動は暴風を生み、毒とメノラの身体を木の葉の様に吹き飛ばす。
『う、う……ぅ……』
頭から地面に打ち付けられ、ゴロゴロと転がるメノラは唯呻き声を漏らすことしか出来ない。
そんな彼女に再びアルレイン達は近付いてくる。それは強者の余裕か、それも傲慢か。その姿は全くの無防備と言っていい。
『もっと愉しませてくれると思ったけど、期待ハズレだったかし――――』
『――――チッ、外した…………か……』
余裕が滲み出た態度は油断の象徴。アルレインが悠々と近付いてきた瞬間、メノラは“淫魔の微毒”で攻撃していた。それはアルレインの頬を深々と切り裂いてだらりと赤い血を流させる。
本当は頭を狙ったものだったが、肉体のダメージが命中精度の低下に繋がったらしい。激痛に苛まれながらもメノラは悔しさを顔に滲ませた。
『グォォォッ!』
『――――ッ!? アァ……』
『ウフフッ♪ 残念で・し・た・ぁ♪』
主であるアルレインを目の前で傷付けられたのが気に入らなかったのか、ニルギアンは怒りを露にしてメノラの身体を右手で包み込む様に握ると、一層大きな雄叫びをあげる。
巨大な手で全身を圧迫される苦痛に彼女が悶えると、アルレインは恍惚としてうっとりとした声を発した。
『――でもまぁ、上級淫魔にしては長生きした方かしら。うーん、殺すのも勿体無いわねぇ……』
ここでアルレインは強者特有の欲が出た。あるいはそれは彼女が淫魔だったからかも知れないが。メノラに顔を近付け、嬉々とした表情でこう告げる。
『そうだ! アナタ、ワタクシの眷属にならな――――』
『――ペッ!』
――メノラの行動は迅速で躊躇が無かった。口に流れた血を唾と共に調子に乗った大淫魔の顔に吐きかけた。これほど明確な答えなどこれ以上にあるまい。
『――良いわねぇ、ますます気に入ったわ! でもそうでしたわね……。ワタクシ達は淫魔ですもの。欲しかったら――――魅了してしまえば良いんでしたわ!』
『ッ! グッ……』
しかし、このアルレインと言う女はこと執着心おいてはケタハズレだ。一度気に入ってしまったものは必ず奪いとらねば気がすまない。ニルギアンもそうして奪い取ったコレクションの一つだった。
だからここでようやく淫魔らしい行動に出る。フェロモンを出し、声に魅了の力を宿して囁きかけ、指でいやしく首筋を撫でる。
それだけで殆どの生物は彼女の虜にされてしまう。淫魔だって例外じゃない――――相手が普通の淫魔なら。
『あら? 貴女――――』
『……ふー……ふー…………』
大淫魔は久々に驚いたという様に目を見開き、メノラを見た。
――鼻と耳からは血が流れ、指で撫でた首筋は石化し始めていたのだ。
『ウフフッ……、アハハハッ! 同族対策の為に自分の身体に仕掛けをしてたのねぇ?』
『ゴフッ……ハァ……ハァ……』
その指摘は正しく、メノラは自分の身体にプロテクトをかけていた。自分がリリネット以外の淫魔に決して靡かないように。それは彼女なりの忠誠心であったし、絶対に裏切らないと心に固く誓った約束だった。
甘い囁きが聴こえぬ様に鼓膜は潰れ、鼻は機能の殆どが麻痺し、皮膚は快楽を拒む為に石化していく。
それは忠誠心と、誇りと、気高いまでの覚悟であった。
――――アンタなんかに屈してなるものですか、と。
『魅了できないとなると――――ニルギアン?』
『グオォォォォ』
『――――ギッ!? アッ、アアァァ……!』
快楽で相手を堕とせないのならば痛みを与えればいい。人間や亜人種はこの二通りの拷問で大体が屈する。それは500年以上生きた彼女が学んだ事の一つだ。
ニルギアンが力を込めた事であっさりとメノラの右腕の骨が砕け、他の箇所もみしみしと音を立てて亀裂が入って行く。
『アハハハッ、素敵よねぇ! 骨が砕ける音は? ほら、ワタクシに忠誠を誓わないと死にますわよ!』
『グッ……』
一旦ニルギアンに手を緩めさせ、死か服従かを選ばせる為にアルレインがメノラの髪を掴んで自分の方へ向かせた。
――その時だ。今まで前髪で見なかったメノラの目が露になったのは。
『――――ッ、ア、アナタ……』
『グ、グォォォ……』
『………ハァ……ハァ………』
アルレインが、ニルギアンまでもがその瞳に釘着けになる。
――美しい。まるで星の様にキラキラと輝く、生命力に溢れたオレンジ色の瞳。
それは比喩ではなく、本当に輝いている様に見えるのだ。日陰に生きる淫魔と神獣は太陽に照らされた様な気分になる。しかし、それが心地良いと感じたのはこれが初めてだ。
この瞳にはそれだけの魅力がある。
『何て綺麗な瞳……! 素敵ですわ! 嗚呼、何て美しい瞳ですのっ!!』
『……………………ッ』
感極まってアルレインは賞賛した。絶賛した。美しいモノを美しいと表現し続けた。それはあまりに稚拙な言葉の羅列に過ぎない。
しかし、それほどに彼女を夢中にさせていた。嗚呼、欲しい。この瞳が欲しいとも、心の底から。
身体の芯が熱に浮かされた様に熱くなり、その瞳を褒めちぎる。
――当の本人はその態度にピクリと反応を示した。僅かに身体が震え始める、しかしそれは恐怖故ではない。では一体その震えの正体は何のなのか?
アルレインは――――気付かない。
『是が非でもアナタをワタクシのモノにしたくなりましたわ! こうなったら壊れても構いません! 直接脳を弄くって――――!』
『――――――――たわね?』
『…………え?』
微かな呟きに唖然とする。だってその声はあまりに無機質で――――感情が何処にもない。いや待て、少し前に彼女から同じ様な印象を受けなかったか?
――ワタクシは何かを忘れているのでは? ふと、何かを思い出しそうになるが、再度のメノラの呟きに意識を戻されてしまう。
『アンタ今……ワタシの瞳を褒めたわね?』
感情がない、と言ったのは間違いだとアルレインは知る。
『それが、どうし――――ッ!?』
『グ、オオオ、アァ……!』
――――怒りだ。彼女の身体が震えていたのは。その呟きに隠された感情の正体は。
それに気圧されて、先程まで優勢だった大淫魔も神獣も言葉を発せ無くなるほどに――――強い怒り。
『アンタ等は……ここで殺すわ。この――』
キラキラと輝きを帯びていた瞳の色が変わる。いや体感的な問題だ。キラキラはギラギラへと変貌した。それはそこに殺気が込められたからだ。
輝きの変化は彼女たちが起こしたものだった。
『――“淫獄の魔眼・メノラ”の名においてね……!』
メノラは宣言する。己が何者であるのかを。
封じていた二つ名と能力を――――解放する!
次回、淫魔達の戦い決着!