激突、グレッセ王都!・淫魔達の流儀その二
あーーー、頭働いてない上に眠いんじゃあ……。
ブクマが一件増えてた事は素直に嬉しいぜ!
『グオォォォォォォォォォンッ!』
ビリビリと空気を震わせる咆哮。それを放った“神獣”の姿が空間から這い出てくる。
――異形だった。頭は山羊、身体は巨人の如く巨体、筋肉質な肉体持っているくせにその肌は青と血色が亜悪そう。更に背中には不釣合いな真っ白い翼が生えていた。
ギョロリと大きな目が動き、メノラを捉える。反射的に彼女はその場から大きく飛び退いた。空中に居ると言うのにだ。
いや、それも仕方ないかもしれない。彼女は神獣に睨まれただけで、かの化物がここまで飛んできて自分を握り潰す映像を感じたのだから。そんな幻覚を感じてしまう程に実力に差があるのだ。
『オーホッホッホッ、そんなに怯えなくてもよろしいのじゃなくて?』
神獣に寄り添いながら宙に漂うメノラを見上げ嗤うアルレイン。浮かべた笑みは邪悪そのもの、ニタァと音が聴こえてきそうなほどに。
召喚した神獣の強さはよぉく解っている。メノラを殺すには勿体無い。何せ次元が違う。
この化物を討伐することはアルレインにですら無理だ。
その事実に――――。
『――解せないわね』
『あら? 何がですの?』
『例えアンタが500年以上生きてる淫魔だとしても妙だわ。“神獣”は大淫魔一人の手に負える存在じゃない――――何かしたわね?』
――メノラは気付いていた。何故なら彼女には知識がある。“原初の精霊”の存在を知っていた様に、神獣と呼ばれる種族がどれほど絶大な力を持ち得ているか。
彼女は知っている。アルレインは確かに自分よりも格上で優れた大淫魔に相応しい人物だ。それは認めようとも。
――だが、それとこれとでは話が違う。神獣と淫魔では次元が違い、戦いにすらならない。
勿論、メノラが慕うリリネットや南方の――――大陸の淫魔を全て集結させても、この化物は虜に出来ない。これは絶対的な事実である。
そもそも、神獣と戦えるのは同族か、“神”か“ドラゴン”位のものだ。人や亜人種、精霊が戦いを挑んで勝てる相手ではない。ましてや、魅了し支配下におくなど……不可能だ。
『――――――ウフフッ』
メノラの発した言葉にアルレインが嬉しそうに、ほんの少しだけ驚きを含ませて笑った。
何故なら彼女の言葉通りだからだ。正確な情報分析を讃えての微笑だった。
『中々どうして、今の淫魔も捨てたものじゃありませんわねぇ……』
『それはどうも……』
『では教えて差し上げましょう。この子はノレッセアの審判でドサクサに紛れて掠め取った赤ん坊ですのよ』
『――擦り込みとか質が悪いんじゃない?』
『ウフッ、お褒めの言葉を頂けるとは』
『いや、褒めてないし』
ツッコミを入れつつも『成程』と納得するメノラ。確かに、赤ん坊の状態でなら手懐ける事も、操り人形とする事も難しくは無いだろう。恐らく神獣にとってアルレインは親代わりの様なモノなのだ。
――ただし、彼女が神獣に愛情を抱いているかと聞かれたら――――それは怪しいと思うが。
『――けど、どうしたもんかしらねぇ?』
眷族として神獣を従えている理由は解った。だからと言ってそれはこの戦いを乗り切る材料にはなりはしない。メノラは絶望的な状況に苦笑しつつ溜息を漏らす。
手札は殆ど無い。――いや、とっておきはある。……あるが、諸事情により使いたくない。
むしろ、使うくらいならいっそ死んだ方がマシだと誇りが激しく主張する。
そして彼女自身もそれに同意――――はしているが、そうなると本格的に手詰まり。“七色の光槍”を持ってしても神獣を倒せる可能性は殆ど無い。
『さぁさぁっ! どうしますの? ねぇ、どうしますの!』
メノラの真理を読み取ったように、もしくは神経を逆撫でするようなアルレインの煽り。
楽しんでいる。嗚呼、彼女は愉しんでいるとも。大淫魔にとっては、痛みも、焦りも、絶望の表情でさえ甘美なる悦楽。
相手を追い詰めれることによって得られる快楽を存分に堪能しようと言うのだから性質が悪い。
『この子を魅了してワタクシにけしかけますか? それともワタクシを魅了して配下に置きますか?』
『――どっちもほぼ不可能じゃない……。でも、ま――――』
戦況をひっくり返す単純な二つの方法。しかし、それが最も難しく、メノラの力量を考えれば絶対不可能
な作戦であった。
だけれども――――。
『やるだけやってみましょうか……』
――腹をくくる。ここで死にたくはないが、勝てる見込みのない戦いだ。ならば少なくとも足掻いて足掻いて死んでいくのが美しいだろう、と。
『アハッ♪ そうこなくては! ニルギアン、あのお嬢さんと遊んでやりなさい』
『グオォォォォォォォォォアッ!』
命令に従い、神獣“ニルギアン”が翼をはためかせて、空中に居るメノラへ飛びかかろうと――――。
『――ちょっと待った!』
――――して、メノラが制止をかける。アルレインはニルギアンにさっと合図を出して停止させ、呆れたような溜息を吐く。
『あら、命乞いには早いんじゃありませんこと?』
『違うわよ、一つだけ言い残した事があっただけ』
『遺言も早いんじゃありません?』
早く自分の眷属を暴れさせたい、早くメノラが無残に泣き叫ぶところが見たい! ――と言う嗜虐心をなんとか押さえつける。実に余裕の態度、それ故に……。
『――ワタシの目を……』
『…………目?』
『ワタシの目を絶対に見ない様にしなさい。これは忠告よ』
――その言葉を聴いた瞬間に唖然とした。
メノラは無表情だ。そこには自信も、怒りも、悲しみも、絶望も無い。完全なる無。声にも抑揚が無い。
アルレインは無機質な人形と喋っている気分に襲われた。何かが、変だ、と感じる――気がする。
『忠……告?』
『そうよ、このメノラ・クシャンの最大の武器はこの瞳にあるの。これを使ったが最後――――』
とてもつもなく嫌そうな顔をして、メノラは親指を首の前に持ってきてサッと横に切る。
忠告、そうまさしくこれは忠告であった。絶対にするなと念を押した行為だった。
『――――アンタ達は生きては帰れない。……まぁ、使う気なんてこれっぽっちもないんだけどね?』
――とんでもない事を言った。そうアルレインは判断する。実力の差は明確、それは彼女自身も認めたこと。だと言うのに――――生きて帰れない?
『……クッ、ククク、ウフッ、アハハハッ……!』
とんだ大見得を切ったものだと嘲笑する。先程の人形みたいな違和感も忘れ去って笑う。
心底、腹のそこから愉快だといわんばかりに。
『クフッ……、劣勢を前にして気でも触れましたの?』
『アーッハッハッハッ、そう思いたいなら思えば良いじゃない!』
笑いで咳き込みそうになるのを堪えつつ、涙交じりでメノラの反応を窺う。
彼女は彼女で半ばやけっぱちとでも言うべき高笑いをしていた。
そうして自分で自分を笑い飛ばしながらも、メノラは戦いに挑む為、とある武器を召喚。現れたのは――――青い刀身を持つナックルガード付きの刺突剣。
『――“淫魔の微毒”。アンタを使うのも久々ね』
それは淫魔の力を注ぎ込んで作り上げた剣。メノラがこれを使う事は滅多にない。これはあくまで装飾品だ。自分を飾る為の武器に過ぎないのだから。
『魅了の剣ですか……、そんなものでワタクシやこの子を虜に出来るとでも?』
『言ったでしょ? やるだけやってみるって――――さッ!』
まるでやけっぱちの様に叫んで、刺突剣を構え急降下するメノラ。それは獲物を見つけた猛禽類の如きスピードと美しさをもっている。
『ニルギアンッ!』
『グオォォォォォォォンッ!!』
そんな彼女を迎え撃つ為にニルギアンが拳を構えた。
――淫魔対神獣による戦いの行く末は如何に……。
次回、追い詰められる淫魔。