激突、グレッセ王都!・駆け抜けろ自由、舞え剣の女王
うべべべ……、頭がサボってるな……。
うーん、明日にでもちょっと最後の方は修正しようかね。
「――へぇ、コルヴェイ王が見たら喜びそうだねぇ……」
自分の視界に生まれた光景にアルフレドは感嘆と歓喜を露にして笑う。
カーニャの祝福によって召喚されたのは無数の――――剣、剣、剣。
周囲三百六十度、空をも埋め尽くさんとする程の量。その数、実に千五百越え。
「アンタ、それって挑発のつもり? 悪いけど――――」
かつてこの力がコルヴェイ王に奪われた事を知っての発言。しかし、それもそうかとカーニャは思う。何せ彼は自分の本名を知っている。
つまりは彼女の過去も当然知っている。悠理達に知られるのは少々マズイ過去を。
――挑発に乗るついでにその口を封じておくのが良いのかも知れない。などと若干危険な発想に至るが、そもそも挑発に乗っかるのは始めから決定事項だ。
コルヴェイ王の名を出されればカーニャは退くワケにはいかないのだから。
「――アタシには逆効果よ! 手をつけられなくなっても――――知らないんだからぁッ!」
忠告しながら両腕をバっと真横に広げ、続いてその腕を胸の前でクロス。そして十本の指をゴキゴキと動かし始める。絶えず指を握ったり伸ばしたり――――動作は合図。
その命令に従って剣達は――――踊り出す!
くるり、と千五百を超える剣が一斉に切っ先をアルフレドに向けた。一糸乱れぬ動作はまるで鍛え抜かれた兵隊の如く。カーニャが拳をぐっと握り込めばそれが――――攻撃司令!
引き絞られた矢が放たれる様に、無数の剣がアルフレドを貫かんと殺到する!
「そんなモノッ、纏めて燃やし尽くしてぇ!」
アルフレドは怯む事無く、“神獣の炎”で迎え撃つことを選択。炎と化した彼の上半身が膨れ上がり、今にも爆発せんとその密度と量を上げていく。
「ちょっ、こんな所で能力を使われたらマズいですよっ!」
見ただけで解る位にあの攻撃は不味い。焦りながらもヨーハが叫んだ。彼女の脳内にはここら一帯が炎に包み込まれる地獄絵図がハッキリと浮かんでいる。
それに何より、ここには騎士と住民の合計約四千人が密集していた。アルフレドの暴力的な一撃が放たれれば最後。彼等はあっさりと燃やし尽くされ灰も残るまい。
『クッ、弟達よ! 今こそ身体を張るときだ!』
『了解した!』
『応、任しとけ!』
事態の深刻さ具合に鎧三兄弟が身を投げ打つ覚悟を決める。如何にレイフォミアの力で強化を受けたとは言え“神獣の炎”を浴びたら、彼らだってあっさり死ぬだろう。
――だとしても、ここに居る全員を一度だけ守る事くらいならば何とかなる……。いや、してみせる!
決意を胸に秘め、駆け出そうとする金銀銅の三体――――しかし、悠理の手が伸びてそれを制す。
「――――待て!」
――手出しは無用。そう背中が語る。振り向く事無くカーニャの背を見続けて悠理は言う。
「カーニャを信じようじゃねぇか。アイツがやるって言ったんだからな」
制止の理由はたったそれだけ。しかし、彼にとってはそれで十分。
カーニャと出会って――――この世界に来てから、もうそろそろ一ヶ月が経とうとしている。そんな中で、彼女が初めて『任せて、アタシが戦う』、そう言ったのだ。
ならば自分に出来ることは信じて送り出すだけ。手を貸すなど無粋、止めるなど以ての外。
彼女の意思を、闘志を、尊重するのが正しい行為だ。
――ありがと、ユーリ。誰にも聴こえない位に小さくカーニャは呟き、アルフレドに向けて――――いや、剣達に意識を集中し……命ずる。
「アタシは女王、アタシを慕え、崇めよ。人斬り捨てる刃よ、人守る刃よ、アタシに跪き忠誠を誓うならば――――」
宣言する。お前達はこうあるべきだ、と。そのあり方を定める、方向性を固める。
――――さすれば、彼等は喜んで従い、勇んで役目を全うしようとするだろう。
何故ならば――――。
「――炎を切り裂き、熱風を弾け。汝らが主の為に!」
――剣達は女王の所有物であり虜なのだから!
「さぁ、燃え尽きるがいいっ!」
剣達が命令を受けた直後、膨らんだアルフレドの身体を中心として火炎旋風が巻き起こる。この時、剣達は二手に分かれた。一つは勇猛果敢に突撃し、炎を切り裂いて威力を分散させる。耐え切れずに一気に数百本が消失するが、炎は確かに分断され、その威力と勢いを落としていた。
次に残った剣達はその場で回転を始める。この時、風が発生し、本来ならば炎に勢いを加えるだけなのだが――――そうはならない。何故って、女王はこう命じたハズだ。
熱風を弾け、と。故に彼らはそうする。そうなる様に自らの特性を引き出す。
彼等は祝福によって召喚された、あらゆる世界、あらゆる時空から呼び寄せられた刃。それにアルフレドが“神獣の炎”を使ってくる事は解っていた。だからこそ、彼等はここに呼ばれたのだから。
「剣が起こした風が――――炎を消していく?」
ヨーハはありのままの光景を口にした。回転した刃が生み出す風は熱風を防ぎ、大蛇の如き火炎旋風を散り散りに消していく。理由は実に明快。ここに呼ばれた剣は全て――――炎に対抗する為に生まれたものなのだ。
彼等はあらゆる場所で炎に対して絶対的な力を持つ存在として生まれた。――が、召喚した剣の多くは微弱な力しか持たない名も無き者達ばかり。しかし、カーニャは数でカバーした。
或いは、名刀、名剣でなくとも、無名には無名の誇りがあり、意地がある。その点を信頼したのかも知れなかった。力が弱ければ団結して立ち向かえば良い。強者に対抗する有りふれた戦略と言うヤツだ。
「――レイフォミア様の力を借りて復元した祝福がここまでのものとは……オリジナルと大差ないじゃあないか!」
「これだけの数を自由自在に操れるのか……やるじゃねーかカーニャ!」
「す、凄いです……!」
三者三様の反応。しかし、アルフレドも悠理もヨーハも、高評価という点では同じ。カーニャの力は間違いなく、神の側近たる彼に届いている。
――最も、それは彼女の中にレイフォミアが居て、その力を無意識に引き出しているからだ。通常なら善戦は出来てもここまで有利に事を運べなかったに違いない。そして、そんな事実を一番自覚しているのはカーニャ自身であった。
「――フンッ、褒めたって何も出ないわよ? さ、行くならさっさと行きなさいよ!」
――が、決して表情には出さない。あえて余裕を含んだ態度で笑みを浮かべ、悠理へ今の内に行けと伝える。
「応よ! ゴルド、ヨーハ!」
『ハッ、ミスター……御武運を!』
「うぎぎぎ……、お、お気をつけて……!」
悠理はそれに応え、黄金騎士と侍女を呼ぶ。颯爽と駆け寄ったゴルドは腰から精霊剣リバティーアを引き抜き彼へ。ヨーハは自分が乗ってきたディーノスを呼び、騎乗用の鞍に括りつけていた大戦鎚ヘレンツァをゴリゴリと引きずって何とか悠理へと渡した。
アイザックを欺く為にグランディアーレは置いてきてしまった。変わりに、ヨーハが持っていても使えないヘレンツァを借りる事としたが――――慣れない武器で果たしてどこまで対抗出来るか……。
正直言えば不安要素だらけだが、カーネスの二刀流相手にリバティーアだけでは心もとない。今はありあわせのもので何とかするしかないのだ。
――なぁに、手持ちの武器で何とかするのはいつもの事さ!
「お前等もな! さぁ、行くぜアズマ!」
『ぐげぇぇぇぇっ!』
そう、自分を鼓舞しつつ、武運を祈られ、祈り返す。アズマを呼び、その背に跨る。彼の調子も良い様だ。気合十分、鳴声にはやる気が満ち溢れていた。
悠理はそのままアズマを走らせ始める。決戦を行うべき舞台など、言われなくても解っている。そんな感じだ。
「さぁ、行くぞエスタラ!」
『ギィィィィィッ!』
一方、カーネスも彼の黒い鎧と同じく真っ黒なディーノスに跨っていた。体躯は大きく、二本の角がギラリと光り、鳴声に至っては凶暴さを露にした様な攻撃的なもの。
先行した悠理の後を凄まじい勢いで追い駆けていく。1分と経たずその姿は街の景色に消えて見えなくなった……。
「――やれやれ、ようやく行ったわね……」
この場から彼等が居なくなった事で、カーニャは改めて気を引き締め直す。先ほどは上手くいったが、頭脳労働はアルフレドの得意科目。戦闘に時間をかけすぎれば対処法を編み上げられてしまう。
彼女に残された猶予はあまりに少ないのだった。
「ふ、ふははははっ!」
「――何がおかしいのよ?」
アルフレドから唐突に上がった笑い声に、『余裕が無いのがバレたか?』と、内心ヒヤヒヤしながら平静を装ってカーニャが睨み付ける。
「ククッ、いやいや失敬……。もう完全にボクの予測なんて誰も彼も超えていってしまったみたいだ……」
「いい気味だわ。レイフォミアには悪いと思うけどね」
予想が外れたのが嬉しいのか悔しいのか、どちらとも取れるような物言いに迷わず毒を吐く。これで彼が怯むとは思っていないが、こちらに余裕があると思い込んでくれれば御の字だ。
――が、思う様に事が運ぶハズも無い。
「――いいや、別に良いさ。ボクも君達の想像を超える切札を用意しているから、さ」
「何ですって? アンタ、何を――――」
「――――聞きたければ」
あまりに自信満々なその態度にカーニャの直感が危険信号を発した。内容を問質そうとすれば、アルフレドはニンマリと嗤って――。
「力ずくってのはどうだい?」
――決闘を申し込んだ。
「――――乗ってやろうじゃない……!」
そしてそれを断る理由などはない。というより、野放しには出来ないのだ。
やはり彼はここで何としても落とさねばならないと再度決意し、闘志を燃え滾らせる。
「なら、君も付いてくるが良いさ!」
「あっ、コラ! 待ちなさい!!」
了承を得たアルフレドが地面を蹴って跳躍、民家の屋根へと昇り、悠理達と同じ方向へと消えて行く。
不味い――――そう考えるよりも先に、カーニャは一本の剣を召喚していた。
それはスノーボードの様な青白い輝きを放つデカイ板だった。どんな原理かは解らないが、ふよふよと浮遊している。躊躇する事無くその板に飛び乗ると、剣は彼女を乗せたまま一気に加速し、空を滑る様にアルフレドの追跡を開始した。
『――行ってしまわれた……』
『我等も援護に行くべきだろうか?』
『ここに住民と騎士達を置き去りには出来ねぇだろ? つーか――――』
完全に置いてけぼりを食らってどうするべきか悩む鎧三兄弟。この場を放っておく訳にもいかず、かと言って追いかけ様にも行方が解らないのでは――――と腕組みをする。
しかし、その場に居たもう一人は彼等が何処に行ったかなんてとうに見当が付いていた。
「――――あそこですよ」
ヨーハが悩む三兄弟達にも解る様にある一点を指差し漏らす。そう、決戦の舞台は彼の場所こそ相応しい。
「グレッセ城……」
今はもう主の居ない鉄壁の城……。そこで行われる最終決戦の運命は如何に……。
次回、淫魔達の戦い。