潜入、グレッセ王都!・トリックとは気付かせない事に真価がある
バケモノの子の小説版で映画の記憶をトレースしてたら時間が無くなってしまったぜ……。
「住民はこの俺、ミスターフリーダムと――――」
『鎧三兄弟が確かに救出した!』
王都の住民達をその背に庇って高らかに宣言する悠理と黄金騎士ゴルド。
操り人形と化した騎士達はその姿を見て一歩後ずさった。本能がその強さを察し、無意識に身体を動かしたのだ。今外で戦っている七千の騎士達と基本は同じ様である。
「――馬鹿な、一体どうやって?」
アルフレドはひたすら唖然とこの状況を作りだした要素を暴こうとしている。彼等の動きは完璧に読んでいた。片時も目を離さなかったとも。
アルフトレーンを出てここグレッセに至るまでその全てを覗いていたとも。なのに――――何故?
「簡単な引っ掛けだ。アイザック達の視覚も、お前の知覚も纏めて騙したってだけよ」
ざまぁみさらせと悠理が右中指をおったてて、アルフレドにあっかんベーをする。横に並んだヨーハも同じ様にしようとしたので慌てて止めに入ったが……。
「――それにしても、あー、あっちぃ……レイフォミアは大丈夫か?」
『は、はい、服が少し張り付いている位で――――あっ、こっち見ちゃダメです!』
マーリィの差し入れである“自由人”と書かれたてTシャツをパタパタと引っ張って涼を取ろうとする悠理。レイフォミアもそれに倣って服をパタパタ――――とすれば肌が見えてしまうワケで……。
慌てて悠理の目を右手で塞ぐ彼女――――そんなやりとりをぽかんと口を開けてアルフレドが見続けている。
そうしてやっと彼は気付いた。二人はじっとりと汗を掻いていた事に。太陽の光で額に浮かんだ汗がキラキラと輝く。
「――まさか…………鎧の中に?」
今まで二人の姿は見えなかった。元より、悠理とレイフォミアだけは自身の能力で知覚できないのがアルフレドの弱点だ。こうして肉眼で確認出来ていると言うのに先程まで姿が欠片も見えなかったのは、その身を鉄の鎧で覆い隠していたからに他ならない。
そしてこの瞬間、ある祝福の力を借りて共有していたアイザックの視覚が消失している事に気付く。
この能力を駆使していたからこそ、認識できないハズの二人を王都の外に居ると断言できた理由。しかし、その視界も騙されていたのだ。
「そうさ、お前は俺達を知覚できないが、ゴルド達は見える。その盲点を突いた」
悠理はアルフレドが出した答えを肯定。続いて自分が行ったトリックを明かす。
事前にレイフォミアから彼の能力については訊いていた。自分達の姿は知覚不可能であると。
では、例えば彼らが荷車や何かに紛れた場合、彼の能力はどこまで知覚可能なのか?
荷物は見えてもやはり悠理達は知覚することは出来ない。だが荷物に不自然な膨らみや、隙間があった場合、アルフレドならそこに二人が潜んでいるのでは?
――と勘繰るだろう。そう、あくまで二人の存在が知覚の範囲として認識されないのが問題なのだ。
悠理とレイフォミアに隣接しているモノも知覚不可能になる訳じゃない。最も服の様に身につけていれば例外であるが――――しかし、そうなると彼等が潜んでいたシルバとブロンは見えなくなるハズではないのか?
アルフレドは鎧三兄弟の事は知覚していた。だがそこに隠れていた二人には気付けなかった――――一体何故?
――答えは簡単。鎧三兄弟達は亜精霊に属する存在、つまりは――――命、生命体であると言っていい。命を身につけるなんて事は出来ないし、彼らを生命と認識したからこそアルフレドの能力はシルバとブロンを捉えられたのだ。
もしもこれが普通の鎧を着込んだだけならばあっさりと見破られていたに違いない。
「……で、アイザックに関しては――――」
――以上のことを悠理はざっくりと語り、続いてアイザックに仕掛けたトリックについて語ろうとして……。
「セレイナ姫の祝福、だね?」
「その通りさ」
ここまで来ればアルフレドにも解る。セレイナの祝福は“五感を騙す・幻影を見せる”と言うもの。
その力があったればこそ、追っ手を巻き悠理達と出会い、ここに居られる。
「勿論、そのままじゃお前らには通用しない。だから色々と小細工をさせてもらったぜ?」
アイザック本人の認識を捻じ曲げる事が成功してもアルフレドの知覚を避けた事にはならない。何らかの能力で外と連絡を取るのは予想できた。アルフレド以外には悠理とレイフォミアがそこに居ると思わせた上で、彼の知覚には存在していないと思わせなければならなかった。
ここで活躍したのはレイフォミアお手製の念話通信機――――あのケータイモドキだ。あれには彼女の加護が付いている為、アルフレドの知覚から逃れるのに一役買ったのだ。
三つの内、一つはレイフォミア、一つはセレイナ、最後の一つは――――リスディアが持っている。
アイザックが見た悠理はセレイナが、レイフォミアはリスディアが演じていたもの。直接触られた割に彼の能力制限が軽かったのはこの為。レイフォミアから能力の一部を封じた精霊石を使用してそれっぽく見せただけ。
つまり能力制限そのものが借り物の力であったと言うオチだ。しかも、能力制限の権限と力を半分にしたのでアルフレドの能力弱体化もアイザックのそれとなんら変わりがなくなってしまったが。
まぁ、現在の状況を作り出す為に必要だった事なので仕方なし、と言える。
因みにヨーハの姿がセレイナに見えていたのは、セレイナの能力をレイフォミアの力で精霊石に固定したからだ。
彼女の首からキラリと光る宝石がまさにそれ。これを着けて『自分はセレイナだ』と思い込む事により、相手の認識を誤魔化す事が出来る。
ただし、対象がその人物について知って居なければならないと言う条件付き。
――なのだが、ことアルフレドに関してはその条件は気にする必要はなかった。彼は能力をフル活用して物事に望むタイプ。であるなら、セレイナの存在を知らないなんて事は有り得ない。
ここでも“全てを見通す能力”が仇となった訳である。
「まんまとしてやられたって事かい……。でもこれでアイザックも報われる――――かな?」
裏を掻かれた事の歯がゆさはある――が、同時に腹心の心情を思えばホッとする部分もある。
――アイザック、やっぱりレイフォミア様は民を見捨てる様な方じゃ無かったよ――――と。
「――――何を言ってるかは解らんが……こっからは俺達の反撃といかせてもらうぜ!」
ここに居る悠理がアイザックの苦悩を知るハズがなく、トリックを明かし終わったならもう後は反撃あるのみだ。
――が、種明かしに時間をかけ過ぎたと気付く由もない。
「――――それはどうかな?」
『――っ、気を付けてユーリさん! 何かしてくるつもりです!』
ニタリ、と口を歪めた表情にレイフォミアは覚えがある。あれは500年前の“ノレッセアの審判”時、地獄の死者達を返り討ちにした事を髣髴とさせる危険な笑いだ。あの時のアルフレドは狂気に染まっていた。
何の情け容赦なく、地獄――――地底王国の兵士を皆殺しの血祭りに上げたのだから……。
「力を借りるよ――――グリキルナ!」
その狂気が再び解放される。この“他者か祝福の力を借りる”能力はアルフレドのものではない。故にレイフォミアの能力制限を一切受け付けないのだ。
借り受けた能力は――――コルヴェイ王の“四姫”、そのリーダー格“鉄仮面のグリキルナ”のチカラ。
彼の身体を水色のオーラが包み込む。そして、そのオーラから一斉に何かが飛び散った。
「何だ? 水色の――――糸?」
悠理の瞳はピアノ線の様に太く、ピンと張り詰めた糸を捉えていた。それは彼等を飛び越して――――。
『後ろに繋がって――――キャアッ!』
――悠理達が背に庇っていた住民達に接続されていた。虚ろな目をした彼等がむくりと立ち上がったかと思うと、レイフォミアを背後から襲い地面に押さえつけたのだった。
「レイフォミア!? なっ、お前達ッ! ぐっ――――!!」
「うっ、そんな、何でですか皆!」
『ま、まさか――――!』
『住民達全員が?』
『あ、操られてるってことかよ!』
『ぐげ、ぐげげげ!』
ブロンが突然起こった事態にまさかと叫ぶがもう遅かった。その時には既に全員が洗脳――――いや、操り人形と化した住民に拘束されていたからだ。ディーノス達も複数人に押さえ付けられては身動きが取れない。
「――ハハッ、クハハハハッ! そうさ、そうだよ! こっちにだって罠位は張ってあったさ!!」
「――――」
如何にもおかしそうに嘲るアルフレドと、傍に黙って控えるカーネス。
逆転したと思った状況が一瞬にしてひっくり返された……。それも精神的にキツいやり方で、だ。
「てんめぇ……!」
「おっと、その光を出すのは止めてもらおうか? 妙なマネをしたら住民を自害させるよ?」
状況を打開しようと悠理が“生命神秘の気”を発動させようとするが、瞬間、アルフレドの指が素早く動くと、住民の一人が自分の首筋にナイフをあてがうのが見て取れた。
「! チッ――――」
それを見せられては従う他ない。これは脅しなんかじゃない、宣告だ。今のアルフレドはやると言ったら躊躇無く――やる……!
「――良い子だ。しかし、作戦は良かったけど詰めが甘かったね。本当に甘かったよ」
『アルくん――――貴方はッ!』
部下のあまりの非道っぷりに流石のレイフォミアにも怒りが宿る。完全に敵意を剥き出しにして睨み続ける。
しかし、狂気を解放したアルフレドには尊敬する主のその姿ですら嘲笑に値した。だから冷徹に告げる。
「何とでも言ってくださって構いませんよレイフォミア様。言ったハズだ、ボクはボクの世界再生の為に全てを捧げる、と。どんなに卑怯でも卑劣な事でもボクはやりますよ。何故なら――」
――それが世界を救う為になるから。
何の罪悪感も陶酔もなく、淡々と語るアルフレドはまさに狂人の域にまで態度を豹変させつつあった。
もう何も省みない、どんな事があっても絶対に退かない。
――――悲願を達成するその日まで。
『アル――――アルフレドォォォォっ!!』
――何も出来ない悔しさからレイフォミアはボロボロと涙を零して絶叫した。
最早、どうする事も出来ないのか? 邪悪の前では無力に打ちひしがれて膝を付くしかないのか?
――さぁ、自由の使者よ……返答は如何に?
次回、英雄の片鱗。