決戦、グレッセ王都!・力を振るう者達
うひー、ギリギリだぜ!
そう言えばブクマが一件減ってしまいました……。
まぁ、一気に増えれば誰かが途中で飽きるだろうとは思ったから、さほどショックは無いさ……。
――悔しいけどね!
先行したメノラが敵を射程距離に捉えたのは飛び出してから凡そ五分後のことだった。
彼女は空を飛ぶと言うよりも、優雅にステップを踏むように宙を進んで行く。
『見えたわね……さぁ、行きなさいコウモリさん!』
口の端を歪め、特別製ゴスロリドレスの胸元を右手で大胆に開く。そこには彼女の秘めやかで慎ましい胸が――――見えなかった。何も、何も見えない。
何故ってそこは暗闇だ。曝け出した胸元に肌の色はなく、唯々深い闇が広がっている。
『キキッ、キィィィッ!!』
――いや、それだけではなかった。暗闇には丸く赤い光が無数に灯っていて、それはキィキィと泣き声を発しながら、メノラの命令に従って一斉に飛び立った!
「…………ッ!?」
洗脳された騎士はチーフの制御下に置かれていて、個人の感情など無く、ひたすら彼に忠実な下僕に成り下がっていた――――が、そんな状態であってもその異常な光景の前に騎士達は咄嗟に身構えた。
――黒い列だ。空を黒い何かが列になってこちら目掛けて飛んできている。
『キキキキィィィィッ!』
メノラの眷属であるこのコウモリは、祝福によって生まれたノレッセアの固有種で名を“ヴェンディガヴ”と言う。闇を好み、闇に同化して過ごすこの生物だが、実は祝福によって陽射しを克服しており、こうして真昼間でも活動が可能だ。
だが、本来は闇に乗じて人を襲わせる方が何倍も効率が良い。陽が出ていれば影が生まれ、そこに身を潜らせる事は出来るが――――今の状況では不利だ。
――しかし、そこはメノラの眷属。鍛え方が一味違う。
『キキッ、キィィィィィ!』
数百に及ぶヴェンディガヴの群れは進軍してくる七千の兵を迎え撃つように横一列に並び、一斉に鳴き始めたのだ。
「ッ!? ぐっ……うぅっ……」
それを聴いた先頭に立つ騎士達は頭を抑え苦しみ始める。――――ヴェンディガヴが放った超音波が彼等の脳に強烈な不可と不快感を与えている為だ。
――が、本来のヴェンディガヴにはこの様な芸当は出来ない。それが可能なのはメノラの躾が行き届いているからだ。普通ならばこんな統率の取れた動きなど取れない。それほどこの生物は獰猛で、本能的に争いを好む野蛮な種であるのだ。
――――本当に恐ろしいのはそんなヴェンディガヴをここまで調教せしめたメノラなのかも知れない……。
南方の大淫魔“リリネット・グラウベル”に仕える淫魔――――その実力はやはり並みではないらしい。
『おー、派手にやってるな……んじゃ俺も――――行くぜ!』
やや遅れて空を飛んできたレーレ、彼女は正真正銘背に生やした闇で造られし蝶の羽根でここまで飛んで来たのだ。メノラが敵に攻撃を仕掛け始めたのを見て負けていられないとばかりに気合を見せる。
『――力を貸してくれよ皆……!』
空中に静止して目を閉じる。思い描くのは自分に力を与えて消えていった家族と呼べる眷族精霊達……。
――レーレはずっと思っていた。果たして自分は何者になったのか、と。
今彼女が生きていられるのは眷族達の祝福を身体に埋め込み、己の新たな祝福としたからだ。だが、本来精霊とは“肉体を与えられなかった魂”に祝福が宿った存在。
であれば肉体を持つ者にその祝福を移植した場合――どうなるのだろうか?
既にレーレはその解を見つけている。だからこそ、彼女は今こうしてここに立っていられるのだから。
『スゥ――――聴きやがれぇ! 俺はレーレ! レーレ・テオグレイス!!』
――名を叫ぶ。新たな名を。
死神レーレ・ヴァスキンは死んだ。だから、今の自分には新しい名が必要だと思った。
そうして彼女は――――自分が何者に成り果てたのかをこの場で明かす。敵に聞かせる訳ではない。
名を聞かせる相手は――――。
『この名において命ずる! 闇に蠢く者共よ! 闇に佇む者共よ!! この闇精霊の巫女の求めに応じろ!』
――――今居る次元を超えた先に居る存在だ! そう、彼女は精霊界に対して干渉を行おうとしていた。
――――“闇精霊の巫女”……。レーレは自らをそう称した。
肉体を持つ精霊――――彼女は分類上“亜精霊”に属する特別な存在となったのだ。
人の肉体を持っているのに精霊の力を持ち行使する。異形だ、ノレッセアの歴史の中で異形としか呼べぬ存在だ。
だからこそ――――。
『――チカラヲカシマショウ。ワガアルジ、ワガヒメギミヨ……』
――――精霊たちはその呼び声に答えたのだった。声が響いたと思えば、レーレの周りの空間が音を立ててひび割れる。
そこからヌルリと無数の闇が空間から這い出て、人の形へと凝固した。その数十体ほど――――がそれだけだ。それ以上の変化はない。闇は闇のまま。底なし沼の様な闇色の身体を持つ何か……。
『――ワーオ……、原初の精霊を召喚なんてワタシより派手じゃナーイ?』
その光景を見ていたメノラが感嘆の声を上げる。非常に珍しいものを拝ませてもらった、そんなニュアンスで。
――“原初の精霊”。それは今や滅びに瀕している“精霊”の原型。精霊が今の人間に近い形に変化を遂げるまでは、精霊とは皆この様な各々の属性を凝固した原始的な姿しか取れなかったとされている。
神様の存在と並んで伝説と化しているこの存在を、何故メノラが知っているかは不明であるが……。
『さぁ、行きやがれ!』
『ワカリマシタ』
下った命令に端的に応え、十体の“原初の精霊”達は地に降り立ち、身体をまっ平らにして地面を縫う様に移動していく。
移動速度はかなり速い。あっと言う間に精霊達は接敵し、騎士達に攻撃を仕掛けた。
『サァ、ヤミニノマレルガイイ』
――それを攻撃と称して言いのだろうか? 精霊がやったのは至極単純であまりに原始的な――。
「!? ……ッ……ッ!?」
――丸呑み、と言う行為だった。大蛇が獲物を一口で胃袋に納める様に。底なし沼を連想させる深い闇で出来たボディにガタイの良い騎士があっけなく呑み込まれて行く……。
『――タイショウノムリョクカ、オヨビテンソウカンリョウ』
精霊の身体が膨らんだかと思うとそれも一瞬。直ぐに元に戻っていた。奇妙な言葉を平坦な声で告げながら。
実は――――彼等に攻撃力と言うのもは殆ど無い。だがしかし、闇を司る存在として敵に恐怖を与えたり、気力を奪ったりする事は出来る。
今仕方の丸呑み行為は言わばその為のものだったのだ。先程の兵士は遥か後方、戦闘エリア外で気絶しているハズで、手筈通りならマーリィが捕縛し、回収してくれているだろう。
『ノコリノテキモハイジョシマス』
淡々と言いながら“原書の精霊”――――こと“アーキダイン”達は次々と敵を丸呑みにし始める。ヴェンディガヴの超音波でロクに身動きが取れない騎士達は抵抗する事すら許されずに蹂躙されていく。
超音波の被害から逃れた後続の騎士達が恐れたように一歩、後ずさった。チーフに操られている今の彼等は感情を抑圧され、恐怖など微塵も感じていないハズだ。
それでも眼前で繰り広げられる奇妙な戦闘風景に圧倒されたのか、洗脳以上の無意識が彼等に後退をさせたのだった。
『あ、あら? ワタシ、引き立て役になってない!? コ、コウモリさん達! もっと頑張りなさ――――!』
アーキダイン達の活躍に良い所を持っていかれたメノラが焦りヴェンディガヴ達に更なる命令を下そうとした時――――。
『キキッ――――ギッ!?』
――数百に渡るヴェンディガヴ達が――――薙ぎ払われた。いいや、メノラは違う、と断言した。
確りとその瞳で確認した。薙ぎ払われたのではない。引き千切られたのだ。
『――――思ったよりも来るのが早かったじゃない?』
圧倒的な力で自身の眷属をバラバラに分解したその敵を捉え強く睨みつける。前髪の所為で相手からは見えないだろうが敵意は伝わっているハズだ。
『ウフフフ……、同族の気配を感じると思ったら……何だ唯の小娘じゃありませんの』
――相手は平凡だが美しいと言える外見の女性。頭にヤギの様な角、背中にはコウモリの羽根が生えた紛れもない淫魔。
そいつは小馬鹿にする様な笑みを浮かべてメノラを詰った。
『そう言うアナタは500年以上は生きてる大淫魔様って所かしら? 若くてぴっちぴちのワタシに嫉妬しちゃった?』
――しかし、相手の力量を把握し、格上と知っても尚、いやだからこそ冷静にメノラは強かに反撃した。
こんなものは挨拶程度に過ぎないが――――対峙する大淫魔にはそれで十分だったのは彼女にとっての誤算だったろう。
『ハァ? ションベンの匂いが抜けねぇガキにオレの魅力が劣るワケねぇだろグズッ!』
軽い挨拶で見事なまでの逆切れを決めた大淫魔は瞳に殺気を、笑みに狂気を宿らせて牙を剥きだしにしたのだ。
『――――ああ、一つだけ確信があるのだけど』
『あぁん?』
あまりの沸点の低さに驚きながらもメノラはこう宣告した。
『アナタ――――これまで出会った淫魔の中で最も下品で下劣で醜悪だわ……。ほんと、同族の名折れってやつよね……。淫魔なんかやめて悪魔に転職したら?』
うんざりし、幻滅し、失望した。そんな相手を乏しめるのに十分なほどの感情をたっぷりと込めて、メノラは溜息を吐いた。
――ほんと、こんなのを相手にしなきゃならないなんて厄日だわ……と、ボソリと付け加えるのも忘れない。
そんな小娘の態度に大淫魔は――――。
『――良いぜ、上等だ! テメェはオレが直々に血祭りに上げてヤル! この“夜蝶アルレイン”様がなぁッ!』
――――完全な激昂状態。頭に血が昇り過ぎてこめかみに血管が浮いていた。
『アッハッハッ、ほぅらオバサン! 追いかけて来なさいな!!』
『待ちやがれクソガキャァッ!』
挑発に乗った大淫魔アルレインを連れて、メノラが戦闘エリアから急速に離脱していく……。
――全ては相手に魅力の力を使わせない為に。
『――――ッ!? オイ、メノラッ! クソッ、予定通りだが……範囲外に出たらレイの力も通用しねぇぞ……』
一部始終を見ていたレーレが歯噛みする。神の私兵が出てきたら味方に被害が出ない様、引き付けるのは基本方針の一つ。
だがあまり距離を置きすぎるとレイフォミアの能力制限の外に出てしまう。いくら上級淫魔のメノラであっても能力制限の加護を受けずして、あの大淫魔を打倒できるかどうか……。
『チッ、加勢に行くか――――ッ!?』
迷った末に彼女の後を追いかけようとして――――殺気!
直感に従い全力で身体を捻る! ――と、真横を巨大な白い炎の塊が通り過ぎていった。
あまりの熱気に空気が歪みに歪み、余波の熱でレーレは額に汗をびっしょりと掻いていた……。
「悪いけど、アンタの相手はこのわたし――――“陽炎のギニュレア”がするわ」
声のした方向を向けば。そこには金色の髪、狐の耳と九つの狐の尾。
神々しささえ感じさせる女性が宙にゆらゆらと揺れている。彼女が名乗った陽炎の如く……。
『この力――――お前、“神獣”の血を引いているな……混血か……』
レーレは一瞬で彼女が何者かを見抜いた。何しろ自分も五百年生きた女だ。その手の相手はそれなりに見たこともあれば戦った事も何度かある。
「おっと、それ以上先は言わない方が良いわよ? 頭に血が上ってこの辺り一体をふっ飛ばしちゃうからね」
『ヘッ、戦線復帰としては願っても無い強敵だが――――まぁ、やれるだけやってみっか!』
ギニュレアの忠告に『まいったね』と頭をボリボリ掻きながら、レーレは気合を入れ直す。
――これ位は何とか出来なきゃ、お前の傍には居られないよな? なぁ、ユーリ?
「――そう言えば、アンタ何者なのよ? 精霊の力を行使してる割には力に不純物が混じってる……」
こちらがギニュレアの正体を看破したのと同じ様に、彼女もまたレーレの正体を見抜いていた。
――成程、確かに自分には不純物が混じっているのだろう。敵ながら正確な見立てだ。
しかし、レーレは暫し悩んだ。自分を何者であるか、少し悩んだ末に――。
『――俺か? そうだな……この世界を救う英雄の未来の奥さん……かな?』
「――は?」
――見栄を張って自分を勝手にお嫁さんに仕立ててみたが、ギニュレアには良く理解出来なかったらしく、真顔で返されてしまった。
『――――ああっ、今のはナシだナシ! 俺はレーレ! レーレ・テオグレイス!!』
――気を取り直して名乗る。名乗るが、やっぱり自己アピールを捨てきれず……。
『――死神と精霊と、英雄の寵愛を受けた唯の――――可愛い女の子だぜ!』
悠理が自分の立場ならきっとこんな風に茶目っ気たっぷりで答えるだろうと思って――――彼女は満面の笑みで己をそう確定し――――戦いに挑む!
次回、私兵が二人前線に来たという事は?