次の一手とそのまた先の一手
「まぁ、そんな事があった訳で……」
「それは――――すまない事をした……」
「いやいや良いって、ちゃんと誤解は解けたから」
背後から感じる女性陣の視線はこの際気にしない、今は彼女を運ぶ事が優先である。
「それよりも一つ聞きたい事があるんだが」
「――――本隊のことか?」
「察しが良いと助かるよ……」
白風騎士団は先遣隊だと言った。ならば、どこかに本隊が居るとみて間違いはない。
一難去ってまた一難、先程までの戦いは一旦忘れ、次に備える。廣瀬悠理は既に先を見ていた。
その事に対しての驚きはないが、素直に感心する。勝って兜の緒を締めよ、慢心はダメ絶対と言う心構えは重要だ。
「――個人的には教えてやりたいのだが……」
そう言って彼女は首元を押さえ、微かに震えた。何かに怯えるようにして――だ。
「私達にはのろ――」
「ああ、皆に仕掛けられてた祝福の呪いなら解除しといたから。遠慮なく喋ってくれていいぞ?」
―――――――――は?
一瞬、ありえないその言葉に思考が真っ白になった。解除した? そもそも、何故そのことを知っているのだ?
問い詰めたいことは山ほどあるが、混乱した頭では思うように言葉を伝える事もままならない。
口をぱくぱくとさせて驚きをアピールするのが精一杯だ。
「ああ、さっき足首を掴んだときに色々と、な」
侵入した際に流れ込んだ情報で、悠理が現在整理できたのは以下の通り。
一つ、ファルール・クレンティアと白風騎士団のこと。
母国を滅ぼされ、生き残ることを優先した彼女達はコルヴェイ王に降り、とある部隊に組み込まれた。
二つ、組み込まれた部隊と言うのが彼等の本隊であること。
その数――――二千……。
三つ、部隊を指揮する者が少女であると言うこと。
そして、彼女は契約系の祝福を持っており、白風騎士団はその能力によって行動を制限されていた。
命令に逆らうか、失敗でもすれば――死。
契約の祝福は公平を期する為に第三者を審判として置く。それは精霊と呼ばれる存在や、場合によってはその土地を収める神すら対象に及ぶ。
審判者が常に契約対象を監視し、リアルタイムで契約主に情報を送っている為、解除する方法は契約をまっとうするのみ。
だがそれも――――本来ならばの話。
廣瀬悠理と言う名の異端がこの場に居た時点で――いや、存在していた時点で成り立たない。
自由を強制的に与える彼の前では契約など簡単に裂ける紙切れ。伊達に自由の使者を公言してはいない。
口に出した以上、悠理はそう言う存在に成り果てなければならない。
当の本人はこの時気付いていなかったが、強烈なまでの義務感と思い込みで彼の能力は更なる進化を遂げていた。いいや、更なる変質を見せた――と言うべきなのか。
ともかく、その真価を発揮するのは後に迫る本隊との決戦である訳だが。
「とりあえず、今聞きたいのは本隊の位置なんだ。何せ、契約書を力任せで破り捨てた訳だから、当然向こうにはバレてしまっている」
本隊の情報はまだ整理出来ていない、平凡な彼の脳では情報を仕分けするのにとにかく時間がかかる。
――――ここが侵入の痛いところだ……。
あれこれ必要以上に、とにかく貪欲なまでに情報を引き出し過ぎるのだ。
今も脳が情報の波に揉まれて悲鳴を上げ、ズキズキと痛みを訴えてくる。だが、我慢するのだけは得意な悠理だ。表情には決して出さない。
「向こうがこちらの対策を練る前に先手を打ちたい。情報を提供してくれるなら白風騎士団もアンタも解放しよう」
「――正気か? 何の罰も与えず我等を解放すると?」
「俺にはお前等を罰する理由が無いからな」
至極当然、と言った様子で断言する。戦いはしたが、それは街を護りたいと言う鎧達の意思に応えたかったからで、私怨があったからではない。
であるならば、拘束しておく理由は情報を引出す為の手段に過ぎない。元々、契約によって無理矢理先遣隊として働いていたのは解っている事ではあるし。
「だが、それでは――!」
――それでは街の者の気がすまないだろう?
確かに、彼は街の人間の心情を加算してはいない。つまりそれは――。
「そうだ! 街を滅茶苦茶にされて俺達に黙っていろと言うのか!」
――――反感を買う、と言う事だ。
話を聞いていたであろう街の住人が数人、いずれも綺麗なナリをした者達。
彼等が不満を漏らす。何故だ? 俺達の街はこんなにされたのに、仲間は友は息子はこんなにも怪我をを負ったのに、と。
反感の厄介なところは伝染すると言う所にある。不満の波は勢いを増して広がって行く。
次々と飛び交う罵声、敵意の眼差し、増える一方で減る気配が無い。
「おい、お前達止めないか! この方は――」
グレフが住人達を宥めようとする――が、それを制する様に悠理が手を伸ばす。
「止めないでくれ、ミ――――――――――ッ!?」
――絶句する、その横顔に、冷徹な眼差しに、打ち震える……。
廣瀬悠理が――――激怒しているという事実に。
「――――跪けクズ共」
遠慮の無い物言いに住民達の怒りは加速する――――ハズだった。
「―――――――ひッ!?」
最初に悠理を非難した男が小さく悲鳴を上げてその言葉に従う。
いいや、彼が跪く頃には全員が膝をついていた。
「ユ、ユーリ、アンタ……」
これは明かに彼の能力によるものだ。
眼前で起きた異変を後ろに居たカーニャが問質そうとする――が。
『…………』
首を横に振ってレーレが止める。
――――止めろ、死ぬぞ?
目がそう語っている、それどころか微かに震えてすらいる。
幸運だったと、レーレは思う。自分達とグレフ、鎧達と戦闘に参加した住民、白風騎士団は、それを免れたのは実に幸運だった。
跪いている人間には一つの共通点――――戦闘に参加しなかった者。
これを見抜くのは簡単、何しろ戦闘が開始してから終わりを告げるまで一時間経っていない。
グレフと共に戦った住人に死者こそ出ていないが、皆いずれも怪我を負っていて、例え不満があったとして言い出す力はまだないハズなのだ。
そして、彼等の外見も大きな要素だ。目だった汚れの無い者、転んだのか泥がついている者。
――それが何を意味するのか?
「お前等は何を勘違いしてるんだ? こいつ等を罰する権利が、何故自分達にあると思った」
この世界に来て初めてになるだろう、廣瀬悠理が本気で他者に怒りをぶつけるのは。
跪く彼等に対する視線はひたすらに冷たい。
「その権利があるとしたら――――それはこいつ等に立ち向かった奴だけだ! 力に怯えて立て篭もり、無様に逃げ惑ったテメェ等に、その資格があるハズ――――ねぇだろうがッ!!」
叫ぶ、撒き散らす、怒声を。
自由は立ち向かった者にのみ与えられるべきものである、と彼は自身の美学基づいて考える。
自由とは何をしてもいい、と言う意味であっても、何をしても許される、と言う意味に成り下がってはならない。
それは唯の暴虐に過ぎない。自由がそんな醜いものである事は――――赦さない。
「覚えておけ、俺は自由の使者であっても正義の味方じゃない。――断じてそんな者には成らない。俺は唯助けを待ってる様な弱者は死んで当然だと思ってる。暴論だと思うか? でもな、同じ弱者でも、足掻いて、足掻いて、足掻き続けた奴の手を俺は掴んでやりたい……!」
自らを曝け出す、黒い感情も、身勝手な想いも総て……。
理解しろ、などとは言わない。しかし――――覚えておけ。
「――だからさ……。もし、俺に異を唱えるんだとしたら――――」
――――命を懸けてかかって来い。
そうしてようやくお前達は俺と同じ土俵に立てる。話はそこからだ。
――――そこから数分間、たっぷりと沈黙が続いた。誰も何も言葉に出来ない。
ふとしたキッカケで、この状況が更に悪化するのではないか?、という恐怖。
しかし、その静寂を作ったのが悠理なら、打ち破ったのもまた悠理だった。
「――ふぅ、慣れない事したから疲れたぜ……」
唐突に場を支配していた威圧が消える。それに伴って街の住人も解放される……だが。
「………………」
最早、彼等は何も言えない、言えるハズもない。絶対的な力の差を見せ付けられて反論出来るような者は居ない。少なくとも、居るのならばこんな事態にはならなかっただろう。
この日の出来事は後に良くも悪くも大きな噂となって大陸を震撼させる。
――コルヴェイ王と並ぶ覇王が誕生した、と。
冗談では済みそうにないそんな尾ひれを付け加えて……。
麻雀解らんのにア○ギ観てたら面白くって執筆時間がなくなっていた……!
うーん、書きたい事が色々あって結局ファルさんが仲間になるのは次回かな。