人は既に自由である
――叶えて、私の願い……。頭の中にぼんやりと浮かぶその言葉。
はたして誰の言葉だっただろうか?
夢の中で悠理は考える。
その人は何を望んだのだろう? 自分に何が出来るのだろう?
答えなど、簡単に出るハズもない。
「――バーカ」
何だか考えるのもバカらしくなって。
「そんなの自分でやれよ!」
笑ってそう叫んだ――――――――直後。
『誰がバカですってぇぇぇぇッ!』
怒りの声と共に悠理の脳天へ衝撃が走った!
☆
――――時は少し遡る。
ほの暗い洞窟の奥深く、人に忘れられて数百年は経っているであろう神殿。
大きな地震があれば今にも崩れてしまいそうなその場所に二人の少女が居た。
一人は活発そうな水色のツインテール。
身長は150cm程度、キリッとした目が印象的で背筋をピンと伸ばし堂々としている。
もう一人は大人しそうな緑色のウェーブがかかったセミロング。
身長は170cmに届くかどうかと言った具合だが、猫背気味でおどおどとしている。
「カ、カーニャ姉さん、成功したの?」
セミロングの少女がツインテールの少女に話しかけた。
「ええ、やったわノーレ!」
妹の問いに姉であるカーニャは笑顔を浮かべる。
二人が視線を向けるその先。神殿内部に安置された祭壇に眩い光が生まれた。
彼女達はこの場でとある儀式を行っていた。
――――異世界者召喚儀式。
別の世界に干渉し、素質ある者をこの世界に呼び寄せる方法。
今はもう失われたハズの儀式……。
二人は必死に文献を漁ってこの技法を復活させたのだ。とある目的の為に……。
「さぁ……!」
カーニャが祭壇を指差し不敵に笑う。
光は人の形へと変わっていきながら徐々に収まりつつあった。
「アタシ達を救ってくれる勇者の登場よ!」
そうして光が完全に消えた時――――――そこには。
「……う」
――――髭面のオッサンが倒れていた!
「――――――へっ?」
あまりにあまりの事態に間抜けな声を上げるカーニャ。
何かこう――想像していた感じとはかなり違っていた。
「ね、姉さん……この人が?」
妹のノーレも困惑気味だ。
勇者ってよりも山賊みたいな感じのオッサンがそこに居たのだから。
「――――いやいやいや」
引き攣った笑いを浮かべて爪先立ちしたカーニャがノーレの肩に手をのせた。
「ノーレ、良く聞きなさい」
「う、うん」
すぅ、と大きく息を吸う。次いで、誤魔化す様に笑った後…………。
「これは――――夢よ」
「え、えぇぇっ……」
「だってそうでしょ? あんなに苦労してやっと成功した召喚儀式の結果があんなオッサンだなんてあんまりよ!」
余程嫌なのか目に涙さえ浮かべて力説する姉に対して、ノーレは急速に自分がしっかりしなきゃ!、と言う気分になっていた。
ちらり、と召喚されたオッサンを見る。
「…………」
整えていないボサボサの髪に、伸びに伸びきった無精髭。
顔も少し痩せ気味で、確かに勇者として呼んだ人物に相応しくない。
――――だけど。
(何でかな? この人……)
何か、ある。直感がそう告げた。
それが何かは漠然としすぎて解らなかったが。
「と、とりあえず起こしてみよう?」
「ゲ、マジ?」
カーニャは凄く嫌そうだったが、ノーレがオッサンの方へ歩いて行ったので仕方なく追いかけた。
「あ、あの、大丈夫ですか……」
ゆさゆさと控えめに肩を揺する。
「う……」
オッサ――――――男が反応して呻いた。
「ホラ、さっさと起きなさいよ!」
追いついたカーニャが、『ええい、まどろっこしい!』と、両肩を掴んで激しく揺らし始めた。
「ね、姉さん、そんなに揺らしたら駄目だよ……」
あわあわと慌てるノーレにハッと我に返る。
「そ、そうよね。流石にこれは――」
――これは酷いと、カーニャが反省した所で。
「――バーカ」
男がそんな事を言った。
「――え?」
ノーレはポカーンとして。
「――な!」
カーニャは頭に血が上って。
「誰がバカですってぇぇぇぇッ!」
男の顔面に渾身の一撃を放った!
――――――
――――
――
――――カーニャが男――悠理を殴りとばしてから三時間後……。
「成程、ここは異世界で君達が俺をここに召喚した、と」
「は、はい、ユーリさん」
目覚めた悠理はノーレから諸々の説明を受けていた。悠理は割と冷静で、黙って話を聴いている。
その反応に最初はカーニャ達も戸惑っていたが、話が早くて助かると気にしないでおく。
「ところで、ノーレさんに一つ聞きたいんだが……」
「あっ、はい。何ですか?」
「何か鼻っ柱が無性にズキズキするんだが……。これって召喚の影響か?」
「え、えっとそれは……」
カーニャ渾身の一撃を受けた結果だとは流石に言えず。
「き、きっとそうなんじゃない?」
寝言に対してうっかり手が出てしまった本人もそう言葉を濁した。
悠理も『そっか』とそれ以上は追求しなかったし。ここに証拠の隠滅は完了した……。
「で、では、話の続きをします」
ここはノレッセアと呼ばれる異世界。
命あるものは生まれながらにして“天性の祝福”と言う特殊能力を持つらしい。
そして、より高位の祝福を持っている者が良い待遇を受ける社会であること。
しかし、最低位の祝福所持者の扱いが酷いかと言うとそうでもないらしい。
――――だが。
「祝福を何らかの理由で失った人達は……」
――――奴隷として扱われているんです……。
唇を噛み締めて語るノーレに悠理も表情を険しくした。
「祝福を失うってそうそうあるものなのか?」
「いいえ、本来ならありえません。ですが――」
「祝福破壊、祝福吸収、祝福略奪……。有名な祝福殺しの力はこんなものかしらね?」
割って入ってきたカーニャの言葉に悠理は成程と納得した。
異端、とでも称するべきか。祝福を殺す祝福まであるとは。
「そう言う連中が暴れまわって人の祝福を奪うって事件がここ10数年で加速的に増えてるの――と言うか……」
ため息を吐いてカーニャはあらん限りの憎しみを込めて。
「一国の王がそんな力を持ってるんだからたまったもんじゃないわよね?」
見た者を凍り付かせる様な恐ろしい笑みを浮かべた。
「姉さん……」
ノーレはそんな姉の姿を見て今にも泣き出しそうだった。
今度は悠理が溜息を吐いて。
「――――で? 俺に何をしろってのよ」
「大体予想はついてるんでしょ?」
キッ、と悠理を睨みつける。
彼は逃げる様に露骨に顔を逸らす。すると。
「……」
逸らした方に彼女が回りこんできた。反対方向に顔を向ける悠理。
再び回り込むカーニャ。
このやり取りが数回続いた所で悠理は観念して話を聴くことにした。
「ユーリ、奴隷解放の為にアタシ達に力をか――」
「断る!」
あまりの即答にカーニャのこめかみがピクピクしていた。
「……あの、ユーリさん」
今度は涙を浮かべたノーレが悠理の手を握り締めて。
「お願いします、私達に協力し――」
「おk!」
即答である。しかも、サムズアップ付きの。
「い、良いんですか?」
「応よ! 俺に何が出来るか解らないけどな!」
「ちょっと! アタシの時と反応違うじゃない!」
うがー!、と地団駄を踏みながらカーニャが猛講義する。
「いやだって、ねぇ……」
皆さんも想像して欲しい。
カーニャ→睨みつけて勧誘、脅しに近い、怖い。
ノーレ→手を握り締めて、上目遣い、目が潤んでる可愛い。
この二択ならどちらを選ぶだろうか?
「な?」
「じゃ、じゃあ、アタシがノーレみたいにしてたら引き受けてくれたの?」
「まぁ、勿論?」
疑問系である。でも、どうやらカーニャ気付かなかった様で。
「そ、そっか、じゃあ次からそうする!」
――と何やら意気込んでいた。
「えー、これ以上の頼み事は遠慮したいぜ……」
苦笑する悠理。
ノーレもそんな二人のやり取りにクスリと笑って。
(何だろう、初めて会ったのにずっと前から一緒に居たかの様なこの感じ……)
その胸に宿った不思議な気持ちに戸惑った。不思議な人だと思う。
たった数時間でこんなにも雰囲気に馴染んだ彼。
これが彼の持つチカラなのだろうか?
そのチカラは果たしてこの世界に通用するのだろうか?
もしも、もしも通用しなかったその時は……。
(――考えてもキリがないよね……)
悪い方向へと流れて行く思考を中断させ前を向く。
まだ始まってもいない事に不安を抱いても仕方がない。
自分達は戦うと既に決めてしまったのだから……。
――こうして、悠理は異世界に召喚され奴隷解放の為に戦う事になった。
しかし、この時誰もが知らずに居た。これが唯の奴隷解放戦争で終わらないことを……。
そして――――。
廣瀬悠理が世界にヒビを入れる存在に成り果ててしまう事を。
誰も――――誰も気付けなかったのだ……。
おー、情けない事に自分でも何をどうしたいのか解らなくなってきたぜ!
でもこの文章を反面教師にする人も居ると思うんでこのままで。
悠理とカーニャ達の出会いを省略したのは色々と理由があったりします。