英雄譚を始めるには・大きな眠り姫とそれを羨んだ侍女達
うー、ちくしょう……。
ブクマが二件増えてたから、良い気分でBBQを楽しんで、珍しく酒を飲んだら罰が下った言うのか?
追記
後書きにて(※)の補足を追加しました。
――うっかり忘れてたわけじゃないよ!
――増えた分減ってんじゃん……。
あー、明日から気合入れ直さなきゃな……。
「――――スー……スー……」
「ゆっくり休めよノーレ」
祝福を復元する為の特訓中に気絶したノーレを悠理は部屋へと運んで寝かしつける。汗を掻いた肌は綺麗に拭かれ、服も既に着替えが終わっていた。
これは勿論、悠理がやった――訳ではない。通りかかった白風騎士団の女性騎士――――クヴォリアへ向かう道中で彼に告白してきた子(※)に頼んだのだ。
例の一件以来、忙しさや気まずさもあって中々話す機会がなく変に嫌われていないかと心配であったが……。少なくとも振られたからと言って急に態度を変える様な娘ではなかった様だ。
――その証拠に悠理のお願いを快く聴きいれ、ノーレの着替えを行ってくれたのだから。
「――ん?」
成すべき事は果たしたと彼は部屋を出て行こうとして――――くぃっと、右手の小指を引っ張られる。
「う……うぅん……お姉…………ちゃん……」
見ればノーレの手がいつの間にか自分の手へと伸びていた。カーニャに甘える夢でも見ているのだろうか? その顔には楽しそうな、無邪気な笑みが浮かび、漏れ出た寝言も幾分か柔らかなものだ。
「……俺はどこぞのおっさんな訳だが……仕方ねぇな」
仕方ないと言いつつ、何となく嬉しさを覚えてその手を優しく握り返す。姉とは違って無骨な手ではあろうが、夢の中に居る彼女が安心出来るならいくらでも手位は貸すとも。
「……ふふっ……スー、スー……」
しっかりと手を繋ぐとノーレも満足したのか、より一層嬉しそうに笑って静かな寝息を漏らし始めた。
「――はぁ、こんな所誰かに見られてたら面倒な事になりそうだぜ……」
溜息を吐き、ほんの少し申し訳なく思う。今は皆が皆、忙しく走り回っている状態。そして自分は紛うことなきその渦中に居る人物。
ここでこうしてのんびりしていても咎められる事は別にないとは思う――女の子が絡んでいなければ……。
そして、見られたくない光景ほどに人に見られているもので――。
「既に此処に二人居りますが?」
「む~、羨ましくなんか……羨ましくなんか!」
――それは今回も例に漏れなかった様だった。
いつの間にか部屋へと入って来ていたのは侍女服に身を包んだ二人の女性……。涼しげなポーカーフェイスのマーリィと、悔しげな嫉妬顔のヨーハである。
「――――げ」
「あっ、何ですか! その『よりによってヨーハに見つかるなんて面倒くせぇ……』みたいな顔は!!」
悠理の心理を見抜いたヨーハがいつもの様にテンション高く非難の声を上げるが、それは思いのほか大きいもので……。
「――ヨーハ、しー……」
「――むぅっ!? んむぅー!」
寝息を立てるノーレに気を使ったマーリィがその口をしっかりと塞ぐ。それでもヨーハの口から非難が止まることはない。
――まぁ、今度は非難する方向が変わった訳ではあるのだが。
「あー……、で? 何か用事でもあったか?」
物理的な方法でヨーハの口数が減ったのを見計らって悠理が尋ねると、マーリィはその状態のまま応対した。
「はい、セレイナ様が後で顔を出して欲しい、と」
どうやら作戦の最終確認をしたいらしく、悠理のことを探していたらしい。――と言っても、二日の間に煮詰めるだけ煮詰めてあるので、本当におさらい程度のものだろう。
「あいよ、こっちのお姫様が手を離してくれたら直ぐにでも行くよ」
「かしこまりました。その様に伝えておきます。さぁ、行きますよヨーハ」
「……む…………ぐぐぐ……」
返答を受け、侍女としての役目を全うするべく退場し行こうとするマーリィ。そしてずっと口を塞がれていたヨーハは抵抗する力を殆ど失っていた――――良く見ると、マーリィの手は彼女の鼻の穴さえ塞いでいて、顔がみるみる内に青くなり始めている。
「――苦しそうだから離してやれ……」
「あら、ついうっかり……」
「――――プハァッ!? 危うく昇天する所でしたよ!」
恐らく鼻を塞いだのは確信犯だろう。それと果たしてヨーハの言う“昇天”どちらの意味なのだろうか?
解放されて大きく息を吸った彼女の顔が、さっきと打って変わって真っ赤になったのはきっと苦しみだけの所為ではあるまい……。
「――静かにしないとまた塞ぎますよ?」
「は、はぁい……。と、所でユーリ様?」
静かなマーリィの威圧を受けてヨーハは大人しくなると、急に恥ずかしそう顔をして身体をモジモジとくねらせた。
「ん? どうした?」
「そ、その空いたお手てをおさわりしてもよろしいですか?」
何かと思えば視線の先には繋がれた手と手。それはヨーハの可愛らしい嫉妬からの要求。
「おさわりて……まぁ、別に良いけどよ、ほれ」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
特に断る理由もないので悠理がその手を差し出すと、彼女は褒美を貰った犬の如くはしゃいでガッシリと両手で手を包み込む。
「――――あぁ……、落ち着きますねぇ……」
しみじみと呟きながら、ヨーハは彼の無骨な手の感触と温もりを堪能する。その姿はまるで祈りを捧げる修道女。
「一大作戦の前だからやっぱ緊張するか?」
その様子に悠理は暫し見惚れながらも声をかけるが――。
「そりゃあもう! 心臓なんかもうドッキドキですよ!! ――――触ってみます?」
――そんな神秘的なシルエットも彼女が普段通りの口調で喋れば台無しもいい所であった……。
「いや、それは遠慮して――――ん?」
包み込まれた手を自らの胸に持っていこうとするヨーハに、悠理はきっぱりと断りを入れて――――背中に違和感。
「…………失礼、空いていたものですから」
「な、ななな、何してるんですかマーリィ!」
何とマーリィが彼の背中にそっと抱きついているではないか……!
その大胆な行動にヨーハも焦りと驚きと嫉妬を禁じえない。
「別に良いけど……。ああ、マーリィさんも緊張してるみたいだな。心臓がドクドク言ってる」
抱きつかれた当の本人は満更でもなさそうな顔して、背中に伝わる柔らかな感触に意識を集中する――――と、胸の柔らかさや温かさは勿論だが、感触よりもそこから伝わってくる心音に暫し聞き入る。
「――そうですね、流石に少しばかり緊張しています……」
ドクドクと命の音が早鐘を打つ緊張は果たしてどんな意味を持つのか……。恐らく悠理は理解していないだろうが、マーリィが少しだけ恥ずかしそうに微笑むのを目撃したヨーハには緊張の理由は明白だ。
「まぁ、俺で良ければいつでも使って良いから、落ち着くまでそうしてな二人共」
「……お言葉に甘えさせて頂きましょう」
「ぐ、ぐぬぬ……、あ、後で替わって下さいね!」
悠理に思う存分甘える機会を自ら逃したヨーハが悔しそうにマーリィを見れば、彼女はふわり、と穏やかに微笑む。
――こうして侍女達は決戦前に束の間……にしては充分すぎる安らぎを得た。これは明日から始まる戦いを生き抜く為に必要不可欠な糧。
彼女達は触れた部分から伝わる温もりにひたすら願う。
――どうかこの方をお守り下さい…………と。
その想いは果たして彼に伝わっただろうか? その願いは果たして叶えられるだろうか?
それはきっと――――決戦の時が来るまで解らない…………。
次回、セレイナとリスディアと。
(※)
本編未登場、番外編『THE 旅の夜・野郎共編』にて文章のみで紹介された人。
クヴォリアに向かう途中の野営で悠理のテントに忍び込んでいる。