覇王たる者
えーっと、ちょっと出かける関係で前回の予告とは違う内容になってしまったことをお詫びします……。
時間があれば手直しはするかも知れませんが、今日の更新はこれだけです。
――グレッセ解放軍が着々とその準備を進める中、敵対者たるアルフレド・デディロッソもまた、彼等を迎え討つ準備を進めていた……。
「やぁ、久しぶりだね。コルヴェイ王!」
天空幻想城とここ――大陸北方に位置するアムアレア城は特殊な力で空間を繋げている。少し時間はかかるが、幻想城をここまで移動させるよりは速く着く。
突如、アムアレア城玉座の間に音もなく現れたアルフレドは、玉座に座りし男にそう声をかけた。さながら数十年来の友人に声をかける様に。
――しかし、友好関係……いや、共犯関係にあると言ってもアムアレア城はコルヴェイ王にとって聖域。つまりはそこへいきなり押しかける事は礼儀を失しているのと同義。
故に――――。
「――アルフレド様、いくら貴方と言えどここへ無断に立ち入ることは赦される事ではありませんの。お解りいただけるかしら?」
――――その臣下にとっては王への無礼は例え相手が神の使いと言えど赦し難い。
「――やれやれ、手厳しいねルシアン……」
いつの間にか背後に周り、アルフレドの首筋へ短剣を突きつける女性……。その顔はフードで隠されていて伺い知れない。――が、ルシアンと言えばコルヴェイ王と敵対する上で知らぬ者などいるハズがない。
――“神出鬼没のルシアン”……。コルヴェイ王の“四姫”と呼ばれる側近にして、アムアレア最強の一角の一人……。
二つ名の通りにその姿は神出鬼没。彼女の祝福には流石のアルフレドも反応すら出来ない。何の予兆も気配もなく突然そこへ現れるのだから、対処などする暇がないのだ。
「――よい、下がれルシア……」
――声が響く。低く、力のある声だった。声の主は玉座から一歩も動いていない……だと言うのに、まるで目の前で話しかけられた様な錯覚があり、その隠し切れない存在感を、絶対王者としての風格をまざまざと見せ付ける。たった一声だけで。
アルフレドは毎度の事ながら、少しだけこの男を前にすると緊張する。決して表情には出さないが、この男にはそれだけの力がある。500年以上も生きる彼がそう評価するのだ。数百年に一人――いいや、数千年に一人の確率でしか、コルヴェイ王の様な者は現れないだろう……。
「――ハッ、出過ぎたマネを致しました……」
主の言葉に深く頭を垂れるルシアン。王はもう一度『良い』とだけ言い、部下の独断行動を許す。それを受けルシアも再び『ハッ』と短い言葉で返すと、不意にその姿が跡形もなくなった。もう既にアルフレドの背後には何者の影も形もなかったのだ。
――神出鬼没とは言うが、どちらかと言えばそれは幻覚に近い。しかし、アルフレドの首筋にポツリと浮かんだ赤い点がまやかしなどではない証。ナイフで軽く突かれただけだが、コルヴェイ王の許可が出れば彼女は躊躇なく神の使いであろうと殺していただろう。
「何用だアルフレドよ? 計画を急かしに来たか?」
平時と何ら変わらない調子でコルヴェイ王はアルフレドへ語りかける。それに応じて彼は初めて確りと彼の王の風貌をその目に捉えた。
傷だらけの顔、顎鬚を蓄え彫りが深い様はまるでギリシャ彫刻のよう。
体格も風貌に似つかわしくガッシリと筋肉がついており、力強い印象を受ける。そして何よりも特徴的なのは――――その双眸。
澄んでいた。雪解け水の様に冷たく、何よりも透き通る綺麗な瞳……。けれどもそれはどんな者にも屈せぬ強き光を秘めた目でもあった。現に彼の瞳からはアルフレドに対しての圧力が滲み出ている。
――例え共犯者であろうとも、我を簡単に手懐けられると思うな。
そんな威圧が込められた瞳だ。アルフレドは短く深呼吸して、再び王へと向き直る。
「時間も惜しいから手短に説明するよ――――神が召喚者された勇者に肩入れした。今、占領したグレッセへと向かおうとしている。君の力を借りたい」
「――――ほぅ?」
「いくらなんでも手短過ぎですの。ちゃんとした説明を――」
「ルシア」
「ハッ……」
アルフレドに助力を頼まれたコルヴェイ王は少しだけ驚いた顔をした。いつの間にやら王の傍で控えていたルシアンが口を挿むが、主がかけた制止の声に大人しく従う。
「…………ふむ、我が出向かねばならぬ事なのか?」
単純に疑問。コルヴェイ王は自身の力を過信してなどいないが、その身に秘める力が如何に強力なのかを熟知している。でなければ単身で、それも僅か二十数年でアムアレアを建国し、北方統一を成し遂げる事は不可能。
であるからこそ、その覇王たる者の力が必要なのかと問う。彼の王と真正面からぶつかり合える猛者など、大陸西方のラスベリア帝国の女帝ジェミカをおいて他に居るまい。
「ボクは君の四姫――シャンシィの“神獣の炎”を借りて戦ったんだけどね……」
「まさか……、負けましたの?」
ルシアンの問いにアルフレドが素直に頷けば、彼女は『そんな馬鹿な……』と驚きを露にする。
同じ“四姫”の仲間であり、今は絶滅したと言われる“神獣”の力を受け継いだあの“業火牛シャンシィ”の力が敗れた……。神の使いへと貸し渡したそれは本物と比べ物にならないほどに劣化している。
――とは言え、それでも殆どの生物を一瞬で焼き殺す程度の力は秘めており、簡単に破られるものではない。
「その者、もしや我やジェミカと同じく――」
「――“神殺し”である可能性は高いね。それに我が神の入れ知恵もある」
――同一存在。“神殺し”と言う単語に如何な意味が込められているかは不明だが、少なくともいずれはコルヴェイ王や女帝ジェミカに匹敵すると、アルフレドは廣瀬悠理と言う男をそう認識したようだった。
「成程、計画の障害と成り得るか…………よかろう」
コルヴェイ王は目をスッと細めて警戒を見せた。己の脅威となり得るかどうかは不明だがその目で確かめねばならない。故にあっさりとアルフレドの申し出を彼は受けたのだった。
「コルヴェイ王様!? 現在、我等はラスベリアとの戦の最中で――――コ、コルヴェイ王、様?」
主の決断とは言え、あまりに急な話にルシアンも慌てるしかない。王にとってアルフレドと交わした契約による報酬は絶対に手に入れなければならないもの。だから計画を邪魔するものは最優先で排除せねばならい。
――とは言っても、今は数年に渡りラスベリアとの小競り合いが続いている。その最中に王が城を留守にするなど考えられないこと。
――まぁ、戦いが起こっているのはここより遠く離れた北方と西方の境目であるし、現地で戦いの指揮をとっているのは“四姫”の“鉄化面グリキルナ”なのだけれど……。いずれにせよ、要は気持ちの問題だ。
戦いの場に居なくとも、王が帰るべき場所に居なければ兵士達の士気にも関わる。それに万が一、と言う事もあるのだ。やはり王には玉座にてその身を休めてもらわねば困る。
しかし、その気持ちを知ってか知らずか、慌てふためくルシアンを尻目に玉座から立ち上がり歩き始めるコルヴェイ王はアルフレドの真横まで行くと振り返ってこう告げた。
「ジェミカを黙らせれば良いのだろう?」
「――まさか……、御身自ら出向くおつもりですか!?」
問題があるのなら解消してから行けばいい。なんとシンプルでなんと豪快な考えだろうか?
王の豪胆さにルシアンはより一層慌てて、どうしたものかと頭を抱えた。――覇王の資質を持つ主を止める事など臣下の自分には出来る訳がない、と……。
「仕度せいルシア。あの女帝もまさかこの段階で我が参戦するとは思うてはいまい」
「ぎょ、御意に……ッ!」
コルヴェイ王の“四姫”は主の命が下れば疾く速く応えねばならない。その習性に従い、ルシアンは跪いてからその姿をまたも消したのだった。
「――助かるよコルヴェイ王」
「――フッ、貴様からそんな殊勝な台詞が聴けようとはな……。グレッセにて待って居るがいい」
「ああ、よろしく頼むよ……」
神の使いと覇王が交わす言葉。そこには奇妙な信頼関係が見え隠れしていた。所詮は“利害が一致した関係”ではあるが、アルフレドの世界再生計画には彼の力が必要であり、手伝う変わりににコルヴェイ王が要求した“報酬”もまた神の使いでしか成し得ないことだったのだ。
二人はお互いの力を利用し合う仲ではあるが、だからこそその力に信を置いていると言っていい。
――そんな奇妙な関係に二人して苦笑する。恐らく、互いに牙を向き合うことはないだろうと、やはり奇妙な確信を持ちながら……。
「――お待たせ致しました!」
数分と経たない内に王の元へルシアンが戻ってくる。その手にはコルヴェイ王が羽織る為のマント。そこのにはアムアレアの――――いや、今は亡き故郷の紋章が描かれている。
「うむ、では行くか……!」
渡されたマントをバサリと羽織り、高らかに告げればルシアンはそれに応え――。
「――ハッ!」
――眩い紫色の光を放ちながら、コルヴェイ王と共にその姿を消して行くのだった……。
「――確かこう言うのは、ルカ的に言えば“ちーと”――だった、かな?」
一人玉座の間に残されたアルフレドが少しだけバツの悪い笑みを浮かべた。
――ミスターフリーダムに確実な死が訪れる様を思い描きながら、彼もまた天空幻想城へと帰還する。
――覇王と自由の使者が激突するまで、もう幾許の猶予も――――ない。
次回は前回の予告通りに……。