英雄譚を始めるには・力を求める者達は汗を流し、いつか血を流す
あ、あぶねー!
10分位寝かけて、何とか起きて執筆再開できて良かったぜ……。
「おーい、調子はどーだ?」
――グレッセ王都進軍を前に悠理が続いて訪れたのは屋敷の中庭。そこではファルールとノーレが特訓を行っているハズだ。祝福を復元させる――と言う難行を。
「…………ん? あ、ああ、ミスターか……」
剣を正眼に構え、目を閉じて精神を集中させていたファルールが、声をかけられてから数秒遅れて反応した。額は汗でびっしょりだ。遠くから彼女の姿を眺めていたが、剣を構えたまま数分は身動きしていない。
恐らく悠理が来る大分前からやっていたなら数十分はそうしていたのだろう。ボタボタと流れる汗を拭う気力もないのか、荒れた呼吸を整えるのが精一杯で悠理に対してロクな返答も出来ない。
「お疲れ、ノーレは?」
持参していたタオル――と言うより手拭を手渡すと、ファルールは無言でそれを受け取りつつ、チラリと視線を真横に移す。
庭に生えている立派な樹……、その木陰で大の字になっているのは――――ノーレ。
「……ぜぇ…………ぜぇ……ぜぇ……」
「ぬぉっ!? だ、大丈夫か!」
傍目から見ても疲労困憊な様子に悠理が慌てて駆け寄れば、案の定予想通りな姿がそこにあった。
ファルール以上にダラダラと汗を掻き、それは額に留まらず全身にまで及んでいる。
――そう、良く見れば彼女の服は汗によって濡れに濡れ、うっすらと透けているではないか。それに留まらず、濡れた服は肌にぴっとりと張り付き、ノーレの女らしい肢体をクッキリと浮き彫りにしていた。
ややぽっちゃりと肉のついたお腹周り、姉に比べて育ちに育ったその大きな胸、更にはその頂にある突起の形まで……。悠理の目には布一枚で隔てたれているものの、彼女の上半身はもう既に裸体と言ってしまって良いほどに色香を放っていた。
「――はれぇ……? ユーリさんが……いっぱい……いりゅう……」
――と、悠理が女の身体に見惚れている間に、ようやく存在に気付いたらしいノーレが寝ぼけ眼でぼーっと彼を捉える。そのあからさまにヤバイ状態に『イカンイカン!』と、煩悩を頭をぶんぶんと振って退散させると、悠理は改めて彼女に声をかける。
「確りしろって!」
言いながら上半身をそっと起こしてやる。汗にしてはやたら良い匂いがふわっと広がり混乱するが、理性が飛んでしまう程ではない。これが淫魔――例としてはリリネット辺りだったらやばかったかも知れないが――等と考えていると……。
「あ、は……い――――――――――――ガクッ……」
「ノーレぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」
腕の中の彼女ががくっと力尽き、だらりと全身の力が抜け悠理の腕にずっしりと圧し掛かる。そのリアルな力の抜け方は――――まるで事切れたかの様で……。思わず叫び声を上げてしまったのは仕方がないと言えた。。
『あーッ! うっせぇな!! 集中できねぇだろうが!!!』
「――良かった、眠っただけか……って、レーレ? お前、此処に居たのか?」
樹の裏側から聴こえて怒声、腕の中に居るノーレに気を取られて気付くのに遅れたが、声の主はレーレであった。悠理はここに来るまでそれとなく彼女の姿を探していたのだが、見つけられなかったのだ。
『――――まぁな。悪いかよ?』
「悪かないが……何むすっとしてんだ?」
『むすっとなんてしてねーよ!』
嗚呼、鈍感さもここまで来ると立派な芸当と言えるモノなのか……と、感心さえ覚えるほど。レーレが悠理に抱かれているノーレをチラチラと見ている事から察して良さそうなものだが……。それが出来ていたら、悠理は彼女居ない暦=年齢にはなっていなかっただろう。
「――レーレ、もう少し素直になったらどうだ? ノーレどのが羨ましい、と」
その様子を見て助け舟を出そうとしたか、それとも泥舟を態々沈めに来たのか、気力が回復したらしいファルールが傍までやって来ていた。
『――ッ! よ、余計なこと言ってんじゃねぇよッ!!』
図星を突かれたレーレが声を荒げる――――と。その身体、正確には背中に異変が起きた。うっすらと黒い羽根の様なモノが見え隠れし、その場に突風を巻き起す!
「こ、これは?」
「――精進が足らんな」
『あっ』
驚く悠理、やれやれと言った顔のファルール、しまったと口を開けるレーレ……。
まさに三者三様と言った反応。暫く場に妙な間が生まれたが、ちょっとした疑問を前にその沈黙は直ぐに破られる事となる。
「今のって祝福だよな? お前、もしかして二人と一緒に特訓してたのか?」
先の突風、直前の黒い羽根……。それらは間違いなく祝福により生まれたもの。けれどレーレは自分の中に生まれた新たな祝福を使う事は出来ずにいたハズだ。
『――ふんっ、そんなんじゃねぇや……』
新たな力を使える様に特訓――――と睨んだ悠理の予測をレーレはぶっきらぼうに否定した。ぷいっとそっぽを向いて、つーんとした態度を取っている。
――が、何もその予測に対して返答する者が一人とは限らない。
「その通りさミスター。『ユーリの足手まといにはなりたくねぇ!』と言って、私達と一緒に修行を――――」
『どあぁぁぁぁぁあっ!? 言うなっつってんだろ!』
であるなら、当然別の方向からも矢は飛んでくるものだ。今回の飛んできた矢はファルール。
本人に聞かれると恥ずかしいから隠していたと言うのに、暴露されて顔を真っ赤にしてレーレが叫ぶ。
「レーレ――――頼りにしてるぜ相棒?」
――が、悠理はそれを聴いて茶化すような事はしなかった。自分の事を思ってしてくれた行動を心から感謝し、レーレの頭もぐしぐしと撫ででやる。
言葉の代わりに『ありがとう』と、そうありったけの思いを込めて……。
『――――ヘヘッ、おう!』
気持ちはどうやら伝わったらしく、それに応えたレーレの顔がふにゃっと綻ぶ。必要とされる喜び……。一度は力を喪ってもう彼の役には立てないのではないか? もう自分は必要ないのではないか?
そんな恐怖心がずっと心の片隅にあった様なのだが――――たった今、それは何処かに消えて無くなったらしい。胸の奥でほんのり温かな気持ちが溢れているのが、その証拠だ……。
「――う゛ぅん! あー、ミスター? もう一人労う相手が居ると思うのだが?」
二人の良い雰囲気に居たたまれなくなったのか、今度は彼女がレーレのことを羨ましくなったのか、ファルールがそれとなく自身をアピールするが……。
「ハッ!? そうだったな!」
「うむ、解ってくれたかミ――――」
「気絶するまで頑張ったノーレを寝かせてやらなきゃな!」
――先程のレーレとのやり取りをみて予想しておくべきだった。この男に遠まわしなアピールは意味が無い、と……。
「――えっ、いや、あのっ……」
「お前等も倒れないように気を付けろよーっ!」
違う、そうじゃないと告げる間もなく、悠理はノーレをお姫様抱っこして屋敷の中へと走り去って行く……。
「――――――――」
ファルールは唖然とした顔でそれを見送り……。
『――プッ、クククッ……』
レーレはその様子に口を押さえて笑いを堪え――――られずに笑っていた。まるで『お前の方こそ精進が足りなかったな』と言わんばかりに。
「わ、笑うなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
顔を真っ赤にした女騎士、そのやり場のない思いが叫びとなって中庭に響き渡るのだった……。
――その後、夕食の席で妙にファルールの機嫌が悪かったが、悠理がその理由に気付く事はなかったと言う……。
次回、ノーレを寝かしつけたらその様子を見られていて……。