番外編・謎の女の謎・後編
ちょっと間に合わないかもって事で、先に投稿します。
24:10には完成してると思います。
『弟者よ……、我等は夢でも見ているのだろうか?』
『いや……、夢ではないようだ……』
レディの素顔を見た事で戦う気力を失くしたアイザック達……。門番兄弟はそれが特に顕著だった。
双子は号泣している。嬉しそうに、或いは悔しそうに涙を流し、それはきっと心からの嗚咽。
思い出がレディの顔を通して、身と心を締め付ける、。きりきり、ぎりぎり……。二人はもう少なくとも今回に至っては戦闘不能……。
しかし、アイザックだけは未だ戦意を失っては居なかった。
「――君はその顔を見せてどうするつもりだ?」
キッ、とレディを睨み付ける――――が、表面上は平気でも心は未だ激しく揺れている。何故ってそれは――――似ているから……。
自分にとって傷つけてはならない大切な存在に瓜二つの顔。少なくとも彼女はもっと表情豊かだったが、無表情を覗けばそっくりなのだ。
例え姿だけでも同じものを持つ相手に敵意を向ける――――それは想像以上に勇気のいる事だった。冷や汗と嫌悪が襲って吐き気すら覚えて来る様だ……。
「これで私が彼女のとってどんな存在か、ハッキリしたでしょう?」
どうするつもりだと問われれば、これ以上の答えなど必要ないだろう。そう言いたげにレディは詳しい事は口にしなかった。確かに、感情ではまだ認めていないけれど、この謎の女は彼女と関係がある、と心では強く納得もしている。
アインツとドゥエンツはだからこそ戦意を喪失したのだから。
「それは――――我々を騙す為に作ったんじゃないのか……?」
「失礼な……。なら触って確かめてごらんなさい」
強情に突きつけられた事実を拒み、逃げの言葉を捜す。心無い言葉に流石のレディもカチンと来たのか、アイザックへと近付いてその右手を掴み、自身の顔へと触れさせた。
「お、おい、僕に触るな……!」
右手に伝わるもっちりとした肌の感触。頬から伝わる熱……。言動の無感情ぶりから冷たい印象を受けたがそんな事は無かった。
確かに伝わるリアルな感触を前にして嘘だと虚勢を張り続けるのはアイザックにも不可能だ。
「どうですか? 実際に触れてまだこの顔が紛い物だと感じますか?」
「――君なら感触すら騙せるんじゃないのか……」
――だが、やはりどこか認めたくないものを感じてアイザックは不可能を覆した。あまりにも強情。彼の能力の様に何処までも早く、唯一直線に突き進む一本の矢の如しと言える。
「少なくともルカの件については嘘はつきませんよ。私は彼女に会いに来ただけ。廣瀬さん達を招き入れたのは、監視を逃れる為であって、純粋に彼等の力になろうとした訳ではありません」
レディが述べた事は嘘偽りのない本当のこと。一方的に利益があった訳ではないとは言え、悠理をダシに使ったのは間違いない。
――まぁ、慈善事業や親切心でここまでしないだろう、と悠理も薄々気付いてはいたが。
「……? 監視? 君ほどの能力者が誰かに見張られているのか?」
「――――その質問には触れない、口に出さない、今すぐ忘れるの何れかが適切です……」
うっかりと口を滑らせたのか、ここで初めて彼女の表情が変わる。眉間に皺がよって苦いものを隠しきれていない。
そしてアイザックに関わるなと忠告。その際に、両手でバッテンマーク、唇に人差し指、右手で目を覆う、と言う三つのポーズ。見ざる、言わざる、聞かざるを表現した仕草をした。
「ああ……、その仕草……ルカさんの仕草そっくりだ……」
――つぅーと、アイザックの頬に光る何か。それに伴って表情も憑き物が落ちた様に穏やかになっていく。
『アイザック様……』
『この方をどうかこの先へ進ませてやって頂きたい……』
この二人には解る。20年間同じ苦しみを抱いてきた兄弟には痛いほどに。だからこそ、彼等は一度だけレディに味方する。
今はそうする事がきっと最善のことだと。あの方にとってこの人は必要なのだと……、そう思えたのだ。
「そうか……そうだね。僕等は一時、幻を見ていてたんだ。だから彼女を止める事は出来ない――よね……?」
『仰る通りで……』
『……我等は幻を見ておりました』
アイザックの言葉で三人は瞳を閉じ、静かに涙する。後悔、悲しみ、喜び、レディによって呼び起こされたかつての――――20年前の想いをなぞる様に、繰り返す様に……。
「――感謝します」
頭を軽く下げ、彼女は彼等に背を向けて歩き出す。迷い無く、ただ真っ直ぐに。
目指すはこの寝室の最奥――そこに眠る彼女に会いに行くのだ――20年の時を経て。
――――――
――――
――
「ルカぁ……」
レディが最奥に着くまでに5分と掛からなかった。辿り着いて先ず目にしたのは床に倒れ子供の様に泣きじゃくるアルフレド……。どうやらまだレディには気付いていないらしい。
「――男がみっともなく泣くな。貴方がそんなんじゃルカも報われないでしょう?」
「だ、誰だ――――えっ?」
いきなり頭上から降ってきた言葉に、彼が慌てて声の方へと顔を向け、驚愕する。
だってそれは……この壁に埋め込まれた女性と――――里見流歌と瓜二つの顔を持った相手だったのだから当然だ。
「少し、退いていて下さい」
「えっ、うわっ!」
未だにダメージにより動けないアルフレドを脚で軽く蹴っ飛ばし、道を開ける。
そうして真正面から壁に埋め込まれた流歌へと歩み寄っていく。
「20年振りですね……姉さん」
【――――――】
目の前に立ってそう呟く。けれど返事はない。何故なら彼女は既に人ではなく、この天空幻想城のシステムとして組み込まれているから……。
しかし、そうと知っていても妹は20年振りに再会した姉に話しかけ続ける。
「こんな姿になって……でも、きっと貴女が望んだ事なんでしょうね……」
壁にした所為で真っ白になった肌。腕も脚も壁に飲み込まれ、頭部が少しだけせり出で居るのみ姿……。
でもレディは――――里見流海は想う。きっと姉は自らこうなる事を望んだに違いない、と……。
「――姉さん……」
レディの手が壁に触れる。その瞬間、どぷん、と音がして彼女の手が壁を潜った。突き抜けたのではない。水の中に入るように自然な動きで通り抜けたのだ。
そう、彼女の力の前では壁は意味をなさない。
「……ッ」
その手で壁の中、そこにあるハズの姉の身体を探そうして――――絶句する。
既にそこに人の身体は……無かった。
手が虚しく空を切る様にスカスカとすり抜ける。
「……うぅ……流歌の馬鹿ぁ……」
抱きしめてあげたかった姉の身体が喪われていたこと……。里見流海にとってそれ以上のショックはなく、彼女の無表情を壊すにはそれは十分過ぎた……。
形だけでもと抱きしめる様に腕を回し、壁からでた流歌の額に自分の額をぶつけ、まるで別人の様に泣く。
【――――――】
何故ならそこに居るのは謎の女、レディ・ミステリアではない。
居るのは双子の、里見流歌と里見流海、20年前は平凡だった普通の姉妹なのだから……。
――これにて一連の天空幻想城における全て物語りはその幕を降ろしたのだ……僅かな悲しみの余韻を残して……。
あっ、ちょっとオーバーしてるじゃないか!
す、すまねぇ……!