世界の姿を知った者達・後編
うぇぇ……、メイドの調きょ――躾とか、オーバーロード見てたらいつの間にか夜だったでござる……。
『ワタシ達はその後20年かけて世界を巡りに巡りましたが……。人の住む土地は見つけられず、“蝕み喰らう闇”が世界に蔓延しているという最悪の事実しか掴めませんでした』
暫しの休憩を置いて再開されたレイフォミアの話。その内容の半分は“蝕み喰らう闇”と名付けられた怪奇現象が持つ特性についてだった。
彼女達が調べた結果、解った事を纏めると――。
・命あるモノを一瞬にして分解、喰らう存在。有効な対処手段は皆無。
・獲物に近付くと俊敏だが、通常は非常に緩慢な動きである。
・食事をすると一定期間動く必要がなくなる。どれくらい動かないかは食事量による。
・陸や海は侵食可能だが、空へは進出できない。
――と言うことらしい……。
元は“死の大地”復興を果たす為に出た旅だったが、それを見つけた瞬間に目的が切り替わってしまった。
『ワタシはあらゆる能力を駆使して“蝕み喰らう闇”に対抗できないか試して見ました。その結果、唯一良い反応を示したのが――』
「“生命神秘の気”……って訳か?」
悠理に言葉にレイフォミアが頷く。世界の再生には失敗したと言ったが、今この大陸を守っているのは他ならぬ“生命神秘の気”で造られた壁だ。
現在、“蝕み喰らう闇”が世界のどのあたりまで侵食しているかは解らないが……。まだこの大陸を飲み込んでいないと言うなら、それは壁によって防がれているからに違いない。
『――と言っても、ワタシが使用している“生命神秘の気”は……』
言葉を続けつつ、彼女が左手を掲げる。そしてそこにキラキラと輝く青色の粒子が纏わり付く。
「俺のと違って一色なのか?」
それを見て右手を掲げ、“生命神秘の気”を同じ様に腕に纏わり付かせる。浮かび上がる光は虹。七色にキラキラと輝きを放つ姿はレイフォミアのそれとは明らかに異なっている。
『これは言うなれば“贋作”……“偽物”に過ぎません。貴方のそれこそ“本物”です』
「俺の方が本物なのか? 違いは?」
それは悠理自身にも解らない事だった。青色に輝くそれは間違いなく“生命神秘の気”としての性質を備えているのは間違いない。同じ能力を持っているのから感覚で解るのだ。
だからこそ、“贋作”と言われてもピンと来ない。むしろ、己が使うものよりも洗練されている様に見える。
実際、悠理の虹の光は、青い光を警戒するかの如くゆらゆらと揺れていた。怯えている、と表現してもいい。力に差がある――のだろう。
『言うなれば貴方のは“天然物”、ワタシのは人工的に作り上げ改良を加えた“養殖物”――みたいなものです。詳しく説明すると――ワタシは一部分だけ抽出しているんです』
レイフォミア曰く、彼女は“生命神秘の気”と言う存在には辿り着けた。――が、それとそれを扱えるかどうかは別の話。つまり、彼女には資格がなかった。その力を操るだけの力が……。
だから――――創作した。その力の一端でも扱える様に、“生命神秘の気”に介入し、自身が必要とする部分だけを抽出する方法を……。それがレイフォミアの使う青い光の正体だ。
『虹の光は“万能”、生命の変質を促すといってもその効果は様々ですよね? ワタシの青い光は“自己防衛”に特化したモノ。言わば“変質を防ぐ変質”を作り出す効果を持っている……』
そう言って青い光を操って悠理の虹の光を取り囲む。虹の光は青い光に突進する様に向かっていくが弾かれる。いや、弾き返されただけじゃない。今ので虹の光はその量を減らしていた。
「――成程、言い得て妙だな。様は変質に対して強力な無効化機能を備えた変質って訳だ」
――中々にややこしい話だが、悠理はそれを瞬時に理解し、感嘆する。
相手がこちら側を変質させようと動くなら、こちらは更に上をいく力を持った変質を生み出せばいい。相手が更にその上を行ったとしてもそれは続く。永遠に終わらないイタチごっこだ。
これは悠理が“生命神秘の裏”を生み出した時に似ているが、あちらは元から暴走させる意図を持ってやった事。しかしこちらは違う。最初から相手を打倒する意思はなく、相手に打倒されない事を重点においた守りの技法なのである。
無論、結果的に倒せるのならそれに越した事は無いだろうとも。
ちなみに、虹の光の量が減ったのは青い光との間に力と性質の差があったからだ。
用途を一点に絞った後者の光に対して、前者は万能型。どんな状況でも打破する力はあるが、一点集中した力にぶつかっていくのは部が悪い。
それはこと“生命神秘の気”の使い手同士の戦いでは不利な要素と言えた。
「で? アンタはこれで世界を丸ごと包んで、“蝕み喰らう闇”を消そうとした――が、失敗して世界の再生は叶わなかった……って事でいいのか?」
『まぁ、概ねその通りで間違いはありません』
レイフォミアは世界に存在する“生命神秘の気”に介入して、そこから青い光だけを抽出、星一個を丸ごと包みこもうとした。けれど、いくら破格の力を持ちえていようともたった一人の力では救えないものもある。
彼女にとってはそれが世界だった。大気中に漂う“生命神秘の気”は膨大で、たった一人では力を制御できなかったのだ。
失敗による反動は大きく、レイフォミアの命を大きく削ってしまう事となる。大陸に戻った彼女は、アルフレドに有効な手段の模索を頼み、自身はこの大地周辺に青い光による強力な結界を張って200年の眠りについたと言う……。
それが大陸の守護神レイフォミア・エルルンシャードの知る世界の姿であった。
『――おいおい……、洒落にならねぇな……』
頭をぼりぼりと掻きながら溜息を吐いたのはレーレ。
「下手したらグレッセを取り戻してる暇もないってのか……クソッ!」
セレイナが怒りと悔しさから壁を力強く叩く。心中にはやるせない気持ちが渦を巻いている。
「――でも、だったらどうしてチーフって人はグレッセを乗っ取ったり、レーレちゃんの祝福を奪ったんでしょう?」
「確かに、ヨーハどのの言う通りだ。レーレからチーフは忠犬の如き人物と聞いたが?」
疑問を口にしたのはヨーハとファルールである。アルフレドはレイフォミアに忠誠を誓っている――と事前情報では聞かされていた。だからグレッセ乗っ取りや、クヴォリアでの一件は独断行動であっても裏切りではない、と言う推測だったのだが……。
「頼りない神様に愛想が尽きたのでは?」
思わぬ爆弾が投下され、皆その人物に視線を向ける――――マーリィだ。
『おい、マーリィ。もう一度言ってみろよ?』
その言に、本人よりも先にレーレが即座に反応。喧嘩腰で彼女を睨み付ける。
戦っても今のレーレに勝ち目はないが、気持ちの問題だ。友人を侮辱されれば彼女だって我慢は出来ない。
「ですが、チーフは神様の祝福を奪おうとしたのでしょう? それが裏切りや見限りでなくてなんだというのですか?」
この場に至り、マーリィは冷静さを取り戻しつつあった。現実をいち早く受け止めるべく、敵は敵として割り切るべきだと考えた。だからアルフレドの事もそう認識する。打倒べき敵である者がどの様な意思を持っているか等と考えて一体何の意味があるのか?
それはもしかしたら『目の前に居る敵を唯倒せばいい』と言う、一種の思考停止だったのかも知れないが……。
『マーリィッ、テメェは――――』
「――少し黙っててくれないかマーリィ?」
レーレが激昂しそうになったのを悠理の声が掻き消す。――いや、怒っていたのは悠理の方だ。
「――――ッ!? す、すみませんでした……」
不機嫌さを全開にしてマーリィを睨み付けると、彼女は大人しくなった。それもそのハズ、今まで彼女は悠理の味方であったから本気の殺意を向けられ無かっただけ。
グリガラッソ大平原の戦いでもそう。あれは2000の兵に力を見せ付ける事が目的だったからこそ殺意など必要なかった。
『ユーリ、さん?』
けれど今回は違う。戸惑ったのはレイフォミアも同じ。彼がどうしてマーリィに殺意を向けたのかさっぱり解らない。そもそも、この男は神様と言う存在を嫌っていたハズのに。
――どうして今、ワタシの為に怒ってくれているのだろう?
「俺は神様ってヤツが嫌いだ。何でって存在するかも解らねぇ挙句に、人を惑わして拝ませ、行動する力を奪っていく。実在した所で弱者の為に動く事なんて滅多にねぇって思ってたよ――――さっきまではな」
チラリ、悠理がレイフォミアを見る。その瞳には力強い意思が宿っていて、キラキラと光を放っている気がした。
――ああ、そうかと彼女は悟る。
「少なくともこのレイフォミア・エルルンシャードは違う。そこに住む命の事を考え守ろうとした。さっきの青い光からそんな強い思いが伝わってきたんだ。だから、こいつは頼りない神様なんかじゃねぇよ」
廣瀬悠理はレイフォミア・エルルンシャードを認めた、と言うことだ。誰にも評価されない、礼を期待した訳でもない行動を、健闘を讃えてくれたのだ。
口先だけの相手ならいくらでも汚い言葉を吐いて侮辱する。しかし、どれだけ気に喰わない相手であっても、己の信念に従って動く気高き者をどうして馬鹿に出来ようか?
少なくとも彼には出来ない。出来るハズもない
――何故なら、悠理自身が信念によって生きる男であるのだから……。
『――ふふっ、貴方はおかしな人ですね……』
自分を庇う悠理を見てレイフォミアが微笑む。そして、やはり間違っていなかったと確信を抱く。
『貴方こそ、この世界を救う最期の切札。あらゆる絶望を、不可能を超えて行く者……その名を――』
――嗚呼、今こそその名を告げよう。大陸の守護神が待ち望んだ資質ある者よ。汝の名は――。
『――“英雄”』
汝こそ、世界を救える唯一の希望なれば……。
次回、悠理に与えられた――らしい、その祝福の正体が明らかに?