世界の姿を知った者達・前編
長くなりそうだったので分割商法。
あーでも、間に合わなさそうだったから後半はほのぼの(?)を差し込んだけど、入れなければ間に合ったかもな……。
まぁ、後半頭が働いてなかったっても理由の一つだけどね。
『――事の始まりは250年前でした』
大陸の守護者レイフォミア・エルルンシャードはそう切り出した。これは神とその側近達が大陸中央――――“呪われた大地”と呼ばれる死の土地を復興するべく、研究を重ねていた頃の話。
あらゆる文献、あらゆる方法を大陸中からかき集めていたと言う。
『彼の大地を再び生命の息づく豊かな土地にする――――それがワタシのするべき償いだったからです』
償い――――その言葉の意味をそのまま受け取って良いものか、歴史を知る者達は一様に口を閉ざす。
500年前に起きた大陸最大の戦争“ノレッセアの審判”……。先程の発言はそこで起きた悲劇と、死の大地が生まれた理由を解き明かす鍵になるもの……。
今は、今はまだこの話に触れるべきではない、と彼女達は口を閉ざし、話を聞くことに集中した。
『ですが、状況は芳しくなく、有効な手立ては何一つ見つかりませんでした……。そこで――』
――他の大陸へ助けと方法を求めに旅へと出たのです。そしてそれが先ずレーレ達の常識を覆した一つ目の事実だった。
大陸の住人達は世界にはここしか人の住める場所はないと思っていた。いや、思い込んでいた。何故なら見た事が無いから、確認できた者が唯の一人も居なかったから。
大陸南方と北方の奥地は峻険な山々が果てしなく連なっており、そこを越えて行くことは不可能に近かった。何度か調査員や名のある探検家が探索に挑んだが帰って来た者は一人もおらず……。
そして大陸東方と西方も似たようなもの。こちらは海に面しているのだが、海には独自の生態系を築いた生物が多く、船を出せば十中八九襲われる。漁を行う際には陸から遠く離れないことが鉄則。越えては行けない暗黙の距離……。
無論、その境界線を飛び越えて無事に戻ってきた者は居ない。
そんな理由もあって、大陸の住人達は『ここ以外にも人の暮らせる場所はある』と言う“夢物語”を聞いた事があっても、“必ずある”と言う強い核心は抱けずにいた。
だが、レイフォミアの言葉で“夢物語”は“事実”に変わった――但し、素直にその情報を喜ぶ者は誰も居なかった。まだ話は途中なのだから……。
『ワタシは地上の事をアルフレドやアイザックに任せて、数人の護衛と共に天空幻想城で大陸の外へと旅に出ました』
天空幻想城ならば山や海を越えて行ける。まぁ、速度はあまり出ないのが欠点だったが、常に雲の中に隠れて移動している為にそれなりの耐久力もあるし、レイフォミアが居たのならそれほど大きな障害にはならなかっただろう。実際、拍子抜けと言っていい位に旅は順調だった。
――が、得られた成果は最悪の事実だけだったのだ……。
『――大陸の外へ出て1年ほどした時の事です。ワタシ達は念願叶って人の住む大陸を見つけました。そこもここの様に閉ざされた大地でしたが、確かにそこには人が居て文明があったのです』
ここに来てレイフォミアの口調に熱が篭る。その時、彼女が感じた興奮が伝わってくる様だ。きっとその瞬間は押さえきれない程の喜びを抱いていたに違いない。
――けれど、それも長くは続かない。喜びを抱いた分だけ絶望を覚えた瞬間の痛みは絶大だ。だからレイフォミアの表情にもさっと影が落ちた。
『ワタシがその大陸へ降りようとした瞬間でした。周囲の海や大地が突然黒く染まっていくのを見たんです……。そして――』
ガタガタとレイフォミアが震え、唇を噛み締めた。顔は真っ青になって、まるで死人の様。異常な事だった。神と呼ばれる程の力を持つ彼女が普通の少女みたいに怯えを見せているのだ。瞬間的にこの場に居た一同は悟る。嗚呼――。
『そこにあったもの全てを――――食べたんです』
――彼女が見たのは地獄だったのではないか?、と。
「食べた……、ってのは?」
質問したのは悠理。――と言うより、口を動かす余裕があるのは彼くらいなものだ。他のメンバーは話を何とか理解しようとするだけで精一杯。それに彼女達も嫌な予感を感じている。故に質問するのが怖くて堪らない。どうしてって――――それがいつか自分の身に降りかかってくるのなら……。
――それは最大の絶望と恐怖だ。
『食べた、と言うよりは“呑み込んだ”と言った方が正しいかも知れません。その空間にあったものを呑み込んで無に返してしまう……。唯、ワタシは見ました――――人がそれに触れた瞬間、バラバラに解けていくのを……その時の絶望した表情と、断末魔が今でも目と耳を離れません……』
心底、怯えた表情の神……。それを眺め、密かに震え始める女性陣。彼女達はレイフォミアと違って目撃した訳ではないからまだ症状は軽い。しかし、人には想像力と言うものがあって、それが人にありもしない恐怖を与える事がある。
今、女性陣が震えているのはそんな幻覚の恐怖。人がバラバラに解けていく……、もし自分がそうなったら――――想像すれば吐き気と怖気が一気に襲って立ちくらみさえ覚えるほどだ。
「人を分解したってのか? ――“生命神秘の裏”か? いや、触れた感じじゃアレはソレとは……」
やはり悠理は堂々としている。恐怖するより、“ソレ”がどんなものかを分析、推測する。『何が何だか解らないから怖い』のであって、『それがどんなものかを解き明かそう』とすれば恐れは薄れ、立ち向かう為の勇気に変わる。
――ソレを女性陣に実践しろと言うのは酷であるし、悠理の自論では自分で越えていかなきゃならないものだ。だからここで手は差し伸べない。
『――ワタシ達は大陸の最期を見届けた後、全速力でその場を離脱しました。不思議な事に、大陸を呑み込んだ後はその黒いもの――“蝕み喰らう闇”と名付けたそれはピタッと止まったんです。大地や海を覆うのは一瞬の事だったのに……でもワタシは解りました。あれはきっと――』
――租借していたんです。
自分が感じたことをレイフォミアはそう表現した。アレは大量の生命エネルギーを食べた事で満足し、その余韻に浸っていたのではないか?
予測の域をでない事ではあるが、彼女は呑み込まれた命の発する波動が、徐々に弱まっていくのを感じて“租借”と言う単語を当て嵌めたのだ。
『その後はワタシの力で連絡用の分身体を造り、“蝕み喰らう闇”の監視を任せて世界を見て周る事にしました。幸いな事に空まではその脅威は迫って来なかったので。それから――』
「――あー、ちょっと待ってくれねぇか神様?」
話を続けるレイフォミアに待ったをかける悠理。言いながら彼は周囲に視線を送る。
「皆、気分悪そうにしてるから一時休憩にしないか?」
『――そうですね』
言われて見れば酷い有様だ。先程の“神の威光”によってリスディアとノーレは気絶したままだが、セレイナ、ヨーハ、マーリィ、ファルールの4名は顔色が悪い。レーレはかろうじて大丈夫そう――に見える。そう表面上を繕えるだけ、セレイナ達よりもマシだと言えた。
「ユ、ユーリ様……ちょっとだけ……抱きしめてもらえませんか?」
「あいよ」
涙を浮かべいつもの元気が失せたヨーハの求めに応じて抱きしめてやる。抱きしめた状態でも彼女は暫く震えたままだったが、徐々にだが落ち着きを取り戻していく。
「ありがとうございます……。エヘヘ……」
礼を述べて、嬉しさと人の温もりがくれる優しさにはにかみながら自分から離れていくヨーハ。時間にして1分に満たなかったが、それでも満足した様だった。
「――さて、他の奴等は大丈夫か?」
問いかければ小さく手を上げる人物が二人。
「ミスター……、すまないが私にも頼む……」
「ミスター、私にお願いします……」
ファルールとマーリィだった。
「お、俺様はいらねぇからな?」
セレイナは『自分で何とかする』と言って断ったので、悠理は挙手した二人の元へと近寄っていく……。
『…………』
その様子をジーっと見つめるレーレ。羨ましい、とは口が裂けても言えないし、かと言って皆の前で『抱きしめてくれ』とおねだりする何て彼女には敷居が高過ぎる。
だから視線に『察しろユーリ!』と、念を込める位しか出来ずにいた。
『――素直になれば良いのに……』
そんな姿を見てレイフォミアがぼそりと呟く。けれど誰も反応しなかった。それ程、自分がもたらした情報が衝撃的だったのだろう。無理もない、自身も当時は大いに狼狽したものだ。
「さて、じゃあ――――」
ファルールとマーリィを各々抱きしめた後、悠理はくるりと反転し、迷う事無くレーレを抱きしめた。
『――ッ!? お、おい、俺は良いって!』
「まぁまぁ、俺が元気を補充したいって事で大目に見てくれよ?」
『――――じゃあ、仕方ねぇな……』
望んでいた事なのに気恥ずかしさから悪態を付くレーレ。悠理もそんな彼女の気持ちを察して“逃げ道”を用意した。そうしたなら、後は素直に甘えるだけ。
その胸に頭を預け、レーレは誰にも見えない様に幸せそうに笑う。
――不安が全部溶けて消えてくみたいだ……。そんな風にマイナスの感情、イメージが消え、程よくリラックスな状態になっていく。
『――そろそろ良いかなレーレちゃん?』
――レイフォミアが痺れを切らしたのは10分後の事だった。
『お、応、再開してくれ!』
声をかけらればっと悠理から離れる。顔はほんのり赤く染まっていて可愛らしい。
(――――良いなぁ……)
満足そうな友人の姿を見てレイフォミアはそう思う。
そんな羨望を胸の内にしまいつつ、彼女は話を再開する。この世界を襲う脅威をこの者達が越えてくれる事を願いながら……。
次回は後編。