自由は死なない
「――――え?」
突然だった。力の均衡が崩れ、勢いに任せて剣を振りぬく。それは当然の如く、敵として対峙していた男を切り裂いた。
「なん、で?」
浮かび上がる疑問、あれほどまでに燃え盛っていた敵意が何処かへ吹き飛ぶ。ドサリ――――と、彼が倒れこむ。
――何故、彼は私に斬られたのだ?
拮抗状態が続いていたハズなのに、自分の方が劣勢だとすら思ったのに……。どうしてこうなった?
疑問が後から後から湧き呆然とする。だから、気付けない。
ミスターフリーダムは確かにファルールの一撃によって倒れ、今も起き上がる気配を見せない。
二人の戦闘を見ていた周囲の者も状況の変化についていけず呆気に取られている。
――――だが、ファルール・クレンティアよ、アウクリッドよ。
お前達は解っているのか? 今、自分達がどうしようもなく無防備なことに。
切り伏せたハズの男が血の一滴も垂らしていないことに。
「クソ痛かったぜ……コンチクショウ!」
ガッ、と彼女の足首を掴む――廣瀬悠理の手が。
「……なっ!?」
不用意だったと言わざるを得ない。無意識に彼に近寄りすぎていた。
そうして、やっと理解する。全ては計算の内だ――と。
わざと攻撃を受け、疑問で放心状態になることを想定し、死んだフリを行う。
大雑把だが、彼が立てた作戦は大体こんな所だ。
光の刃を解除したのは単にこちらを誘う為――――だけでもない。あの一瞬で、悠理はグラディウスに書込みを行っていた。
自身の持つ虹の光を防御に特化させ、刃を形成していた力を身体の前面に展開、アウクリッドの一撃を何とか防いだ。
だが、周囲には完全に悠理が斬られたと思っただろう。事実、ファルールでさえ確かな手応えを感じて戸惑った程だ。
それに、実際に斬られはしなかったものの、身体を襲った凄まじい衝撃に悠理は数秒間意識を失っていた。その事が結果的に彼女の油断を誘うのに一役買った訳だが。
――――ともあれ。
「侵入及び書込み、出力最大!」
完全に無防備な姿を晒す相手――――この好機を逃すわけにはいかない。
ありったけの力を振り絞って精神攻撃を開始。
「ぐっ、き、さま……何、を――」
今回はレーレに行ったのとは違う方法を仕掛ける。彼女の場合、下手に恐怖を増幅してはアウクリッドの強化を手伝ってしまうのと同義。では、どうする?
――――ならばこうしよう。
やはり、精神攻撃など悪趣味の極みだと嫌悪感を抱きながらも実行。
さぁ、ファルール・クレンティア、キミはどうする?
「あ……あぁ……」
がくがくと全身を震えさせ、立っていられなくなったファルールが膝をつく。
カラン、とアウクリッドが手から零れ落ちる。
「よっと……」
倒れていた悠理がそれを拾い上げ、彼女の正面に立ち、同じように膝をついて瞳を覗き込み、告げる。
「もう大丈夫だファルさん、誰もアンタを傷つけないし、俺が傷つけさせない。今は訳解らん位変な気持ちになってるかも知れんが、信じてくれ」
笑いかけながら顔を覆う兜を取る、ふわり、と束ねていた銀髪が解けて広がった。
初めてみる素顔に少し驚く、凛々しい顔立ちなのにどこか幼さを感じさせる眼差し。
精神的にはまだ大人になりきれていないのだろうか? ふとそんな印象を抱く。
「何を……したんだ……?」
恐る恐ると言った感じで彼女が尋ねる。
「まぁ、こんな感じに?」
答えながら甲冑をまとった身体を優しく抱き寄せた。
「なっ――!?」
突然の行動に驚くが、同時に奇妙な感覚に戸惑う。
――どこか懐かしく、ほっとするような――――絶対的な安心感。
彼の傍に居れば大丈夫、彼と共にあるならばもう何も恐れる事もない。
何故かそう思う、それを疑問に思うよりも先に安堵感に包まれ身を委ねたくなってしまう。
(俺ってやっぱり最低だ……)
今回、彼女の精神に植えつけたのは安心感。
廣瀬悠理は恐怖の対象ではなく、自分を救ってくれる存在だという強烈な思い込み。
一種の自己暗示を施したようなもの。だが、洗脳したみたいで後味は最高に悪い。
(何だろう……父と母に抱きしめられているみたい……)
無意識にぎゅっと抱きしめ返す。こんなに心安らかな気持ちは何年振りだろうか? コルヴェイ王に全てを奪われてから、安らぎなどなかった。
両親も友人も、使えるべき主も失って、それでもいつか焼け野原になった故郷の復興を夢見た。だから、どれ程の屈辱を受けても生き恥を晒して来れた。
時に自分がコルヴェイ王の様に、己が受けたのと同じ苦しみを人々に与えている事に絶望しても、願いを忘れてはならないと強く言い聞かせた。
――ああ、自分に夢を叶える資格はなかっただろうに。
立ち向かうべきだった、スルハの者達と同じように。例え力及ばず死ぬことになったとしても。
「うぅ…………っ」
悔しさに零れた涙。今までしてきた事への後悔と、力に屈した心の弱さを呪って。
「――そんな事ねぇよ」
無骨な手が、やや乱暴にファルールの頭を撫でた。髪をぐしゃぐしゃにされながら彼女が顔を上げる。
何よりも誰よりも真っ直ぐな瞳がそこにはあって……。
「何があっても生き抜こうってのは間違いなんかじゃねぇ。――確かに、自分と同じ苦しみを誰かに味あわせるのは良くないだろうさ。でも、それは綺麗事だろ……」
誰も彼もが幸せになれる訳がない。何かを選ぶことで何かを失ってしまうのは自然の摂理で、時に誰かを傷付けるのだって避けては通れない。
目的の為に誰かを蹴落とす――仕方ないとは到底言えない卑怯な行為かも知れない。だが、喉から手が出る程に欲しいものをどうして我慢できる?
誰かを優先して自分の願いは叶えられないなんて、それは――――いくら何でもあんまりだ。
「アンタはアンタの為に生きていいし、その願いを叶える権利だってあるさ。他の誰かと比べんな、自分の信じた道を胸を張って生きて行けばいい。正しいとか、間違ってるとか、考える前に進めば良いのさ。それが――」
――自由ってものだろ?
「……自由」
あるのだろうか、自分に。散々、他人の自由を奪い続けて自らの主張を押し付けて来たのに。
許されるのだろうか、自分は。胸に秘めた願いを叶えようとしても。
「今はこうしていれば良いさ。なぁに、時間は一杯ある、ゆっくり考えると良い」
「――そうだな」
瞳を閉じる。浮かぶのは焼け野原の故郷、何度も悪夢として見た光景、ファルールの心の傷。
けれど、彼の腕の中で見たものはいつもと違っていた。
荒れ果てた大地に緑が蘇り、街も元通りになっていて……。
仲間も、住民も、自分も、皆が笑っている。
――私が望み続けた未来。
いつか叶えられる日が来るだろうか、いつか自分の手で掴み取ることが出来るだろうか?
「ああ、きっと大丈夫さ」
囁かれた心強い言葉に笑みをもらして、まるで親の胸に抱かれた子供の様に。
ファルール・クレンティアは安らぎに満ちた気分で意識を失った……。
わお、結局1ページしか書けなかった!
まぁ、毎日続けていられるだけマシな方か……。
効率は書き続ける事で覚えて行くだろう――多分。
ちなみに今日はバレンなんちゃらって言うイベントがあって、PBW方面に顔出してたら時間が過ぎてました。
明日は執筆作業に時間取れるんじゃないかな?