自由の使者、帰還ス
よっし、何とか本編更新なんだな。
――悠理達が天空幻想城を脱出した頃、アルフトレーンの屋敷で待つ女性陣は……。
「あー、ユーリ様はまだですかねぇ……」
客間のソファーにだらしなく寝そべっていたヨーハが退屈そうに呟いた。時刻は地球で言うと深夜1時を過ぎた辺り。悠理達が居なくなってから1時間半は経過してたが、心配で誰も眠らずにこうして集まって彼らの帰りを待ち続けている。
――のだが、どうも緊張感が足りていない。きっとこの場にいる者全員が、無事に帰ってくると信じているのだろうが……。
「おいだらしねぇぞヨーハ! マーリィみたいにシャンと待て――――る訳ねぇか……」
だとしてもこの場の空気は緩すぎると、セレイナが溜息をつく。彼女はと言うと壁にもたれかかって静かに立っていた。主が立って待ち、侍女がソファで寝そべっているのは主従の関係上良くはない――が、セレイナとヨーハに限っては許される図である。
何せ生まれて以来の付き合いだ。お互いの悪い所も良い所も、既に受け入れている。
――もう少し、プライベートでもしっかりして欲しいものだ、と言うのがセレイナの本音ではあるけれど。
「リスディア様、眠くはございませんか?」
「うむ……、だいじょ……ぶ……なのじゃ……」
もう一方の主従関係の二人は揃ってソファーに。うつらうつらと、船を漕ぎ出すリスディアをマーリィが肩を貸して支えていた。いつもならとっくにリスディアは寝ている時間だ。けれども今は悠理を出迎えるべく、彼女もこの場に参加している。
だから決して、マーリィが悠理の出迎えで部屋で一人ぼっちになるのが怖い訳ではない。侍女たるマーリィの添い寝がなければ寝れないなんて事は絶対にないのだ。そう、絶対に。
「うぅむ……、こうして唯待つのは性に合わないな」
ファルールは椅子に座り、ノーレが淹れてくれたお茶をズズズと音を立てて啜った。彼女が飲んでいるのは日本で言う昆布茶の様なものだ。ティーカップに昆布茶を注いで飲むなんてシュール過ぎるが、ファルール曰く『手持ち無沙汰で落ち着かない時はこれに限る』、らしい。程よい塩分が口一杯に染み渡るこの感覚はまさに至福に値する。
「きっともうすぐ帰ってきますよ」
空になったカップへお代わりを注ぐノーレの姿、それは不安など一片も抱いてない様に見える。とても穏やかだ。
「あー、ユーリ様ぁ~、早く帰って来てくださーい!」
そんな穏やかな一角とは逆に騒々しいのはヨーハ。天井に向けて思いの丈を叫ぶ――――と。
「うぉっ!」
『おぉっ?』
『きゃっ!?』
――何と言うタイミングの帰還だろうか、悠理達はレディの力によって天空幻想城からここまで空間跳躍に成功したのだ。どうしてここまでピンポイントに皆の居る場所へ転移出来たのか? それは至極簡単。悠理達の“帰還”を待ちわびる者達の思いを座標にしたから。
だからここに来れた訳なのだが――――よりによって、それがヨーハの真上の空間だとは……誰も予想不可能だっただろう。地上に戻ったので悠理の虹の翼は既に解除されている――つまり。
「んにょ?」
――落下する、失墜する、重力に引かれる。突如、目の前に現れた悠理達にヨーハは驚きの声を上げたが……ドスン!
「きぃぃぃやぁぁぁぁっ、ぐえっ!?」
――避ける暇などなく、悠理、レーレ、レイフォミアの身体をその身で受け止める結果となった。
「ヨーハっ、大丈夫か?」
「はっ!? 何じゃ、敵襲か?」
「ミスター達が帰還した様ですよ」
セレイナがヨーハの頬を軽く叩いて確認を取るが、彼女は青い顔で呻き声を上げていて明らかに大丈夫じゃなさそうだったし、リスディアは大きな物音で飛び起きて、マーリィは冷静に状況確認をしていた。
「イテテ……、何とか無事に着いたか?」
ソファー(と言うかヨーハ)に突っ込んだ態勢のまま、悠理が辺りを見渡せば見知った顔がそこにはあって……。
「ミスター! 無事で何よりだ!! レーレも無事か?」
ファルールが近寄って来て真っ先に帰還を喜んでくれていた。
『応よ、ファルールも元気そうじゃねぇか。俺ぁ、置いてけぼり喰らって泣いてるかと思ってたぜ!』
「フッ、それだけ言えれば大丈夫だな」
軽口を叩き合う二人を見て悠理はホッとする。確かに帰ってきたのだ――と言う実感が胸を安堵させた。二時間も満たない出来事だったが、体験した時間の濃度が濃すぎた所為で皆を見るのはもう随分と久しぶりな気がしたのだ。
「姉さんっ、姉さんも無事ですか!?」
それはきっとノーレも同じだったのだろう。先程までは穏やかささえ身に纏っていたのに、いざ実物の姉を前にして心配していた気持ちが溢れてしまっている。カーニャの身体(中身はレイフォミアだが)をぺタぺタと触っては怪我がないか確認していた。
『え? あの、えぇと……』
当然、レイフォミアはその反応についていけない。先ずは自分とカーニャの状態について説明しなければならないとは思うが……。今すぐそれを話すのは流石に不味い。少し時間を置くのがベストなのだ。
「あ、あれ? 姉さん? 瞳の色が銀色になってますよ!? だ、大丈夫なんですか!」
しかしノーレは事情を知らないだから、カーニャに変化があれば焦る。焦った末にテンパって姉の身体をガクガクと揺すった。未だにその手は悠理の腰に抱きついたままなので、揺れるのは彼等も一緒。
『だ、大丈夫だから揺らさないで~!』
次第に激しくなっていく揺れに神と呼ばれた少女も音をあげる。何と言うか、こういうのは反応に困ってしまう。彼女も彼女で神と言う孤独の玉座に座り続けていたのだから……。
「ッ!! ユーリさん、いつもの反応と違う姉さんがっ!?」
「あー、ちょっと色々あってな。それは後で説明するから落ち着いてくれな?」
やはり外見の変化はともかく、喋ればいつもとは違うのはバレバレ。妹ですら今まで見たことのない反応と仕草だったのだろう。ノーレは物凄く早口になりながら混乱した様子で百面相をしていたが、悠理の言葉で一旦深呼吸して気持ちを整えようとしていた。
会話が途切れた所で今度はマーリィとリスディアが顔を出す。
「――どうやら、死線を越えて来た様ですねミスター。顔つきが変わられました」
「えっ、そうかな? 別に変わらないと思うんだが……」
自分の顔をペタペタと触る。無精髭がジョリっと音を立てて不快な感触を手に残す。それも含めていつもと変わりないと思うのだが……。
「うむ、一段と物騒な面構えになったのじゃ」
やはり、変わった様に見えるらしい。ちなみに物騒というのは逞しくなったと言う意味だ――――多分。
「えー、それは勘弁願いたいな。ますますモテなくなる……あだっ!」
特に気にして居なかったが、冗談交じりで呟いただけで他意はなかった。けれど頭上から降ってきたレーレのチョップはそれが御気に召さなかったらしい。
『お前は一生モテなくていーんだよ!』
――挙句の果てにそんな事を言われるが、裏をかけばモテたら困るのだろうか?
「まぁ、お前等に嫌われなければ別にモテなくても良いけどな」
『じゃ、じゃあ一生モテるなよ? 絶対だからな!』
「あれ、何か俺の魅力全否定?」
緊張感の無い会話を続ける二人――やはり、落ち着ける場所に帰って来れたんだなぁ、と再確認できただけでもこの会話には意味があった。そう、思える。
「あー、ミスター? 帰ってきてお疲れのところ悪いんだが、そろそろ退いてやってくれないか?」
「え?」
――と、申し訳無さそうな割って入ったのはセレイナだ。無言で人差し指を下へと向け、悠理もソレを目で追う――――そこには息も絶え絶えな青い顔したヨーハが居て……。
「ユ、ユーリ様ぁ……、押し倒……して……くれるのは……嬉し……いので……すが……く、苦し……い……!」
「あっ」
悠理は慌ててその場から飛び降りたのだった……。
――尚、退いた瞬間にヨーハが恍惚とした表情を浮かべていたのは気のせいだった、と言う事にしておきたい……。
うーん、もう少し効率と技術の向上を図らんとなぁ……。
いや、夏なのが悪いんだけどさ……(←暑いの苦手)