チーフとミスターフリーダム
お、おぉぉ、久々にちゃんと文章書いたー! って感じだぜ……。
疲れたー。
「――――よぉ、待たせたな?」
――廣瀬悠理、神の寝室に立つ。アインツとドゥエンツに放った“狂い咲き虹龍”は特大の衝撃波と化し、この場まで届いただ。彼はその後に出来た道を虹の翼を駆って追いかけ、今に至る。
『ユーリッ! 無事だったかこんにゃろう!!』
ぱぁっと花が咲いた様な笑顔と共に、心の底から喜びの声。レーレの言葉は彼の男に確りと届き……。
「あったりめぇよ!」
受け取った悠理はニッカリとサムズアップ。己が無事である事を盛大にアピールする――が。
(――まぁ、まるっきり無事って訳じゃないが)
心の中では苦笑い。門番兄弟を退ける為に相当な無茶をしたのはここで言うべき事ではないだろう。その所為で背中に走ったヒビは拡大していくばかり。これによる具体的な障害は今の所はない。強いて言えば力の使いすぎでハイになっている位だ。そのお陰で限界以上の力を発揮できている訳なのだが……。
けれども、果たしていつまでこの状態を維持していられるのだろうか? ――今はとにかく、こちらの状況を見抜かれてはならない。悠理はそう思いつつ静かに気合を入れ直す。
「廣瀬さん、こちらに合流を!」
「アイアイマムッ!」
レディから飛んできた声に従って虹の翼を羽ばたかせ、そのまま宙を滑る様に飛ぶ――――しかし。
「させ――――ない!」
そうはさせてなるものかと、アイザックが動き出す。レイフォミアの圧力から逃れる為に唇を噛み切り、その痛みで自分をコントロールする。一瞬動く位なら出来ない訳が無い。彼が思った通り、痛みで取り戻した制御でバッと反転し、そのまま床を蹴り飛ばす!
「待てアイザック!!」
一瞬の内に目の前から消えたアイザックを呼び止めるにはアルフレドの言葉はあまりも遅すぎた。
相手は得体の知れぬ男、しかしレーレ達と行動を共にするイレギュラーなどミスターフリーダム以外に有り得ない。その男は目の前で威厳を放つ神が、直に手を貸した存在なのだ。何の情報もなく真正面からぶつかるのは“神速のアイザック”と言えども愚策!
「うぉっ、ビックリし……たぁっ!」
アルフレドの嫌な予感は的中、直感に従って虹の翼を真正面に回し身を守る悠理。アイザックと同じ様にたった一瞬をそれだけの動作に費やすのなら、如何に音速を超えていようとも対応は可能……。それに二人の距離が空いていたのも災いした。やるのならもっと近付いてから仕掛けるべきだったのだ。
「うっ……、何だこの虹の光は……」
宙を飛ぶ悠理に真正面からぶつかったアイザックは虹の翼に阻まれ、更にその光に身体を絡め取られた。
「誰か知らんが悪いな」
悠理はたった一言だけ呟く、それで終わり。四肢に絡みついた“生命神秘の気”はアイザックの行動を制限した。身動きの取れなくなった彼は何も出来ずに唯失墜していく。ドンっと床に無様へと転がる。祝福で強化された肉体に大したダメージはなくとも、受身もロクに取れなかったのだから衝撃は特大だろう。
そんなアイザックに同情している暇はない。床へ倒れた名も知らぬ敵を一瞥し、悠理は再び前を向く。
「――奇妙な力を使うね……なら」
倒れた己の腹心を見てアルフレドは思う。もしかしたら、あれはワザとやったのではないか、と。こうしてアルフレドに情報を与え、有効な一撃を与える為に捨石になったのではないか?
勿論、そんなものは推測だ。だがしかし、腹心なればこそアイザックはそれ位平気でやれる男だ。そんな出来過ぎた部下の思いに応える為に、彼は己の力を発動させた。
「これは――――どうかな!!」
アルフレドの上半身がゴオっと燃え上がり、炎そのものへと化けた。レディに放ったのと同じ“神獣の炎”だが、先程と違ってほぼ全力を出した状態。脚にはやはりアイザックの力を宿し、床を蹴って加速!
「それは避けなさい廣瀬さん!」
今から繰り出そうとする技の威力に気付きレディが声を上げる。しかし、それも先程のアルフレドと同じこと。
「遅いよ!」
黄金に輝く火の玉となって高速で特攻するアルフレドの前ではあまりに無意味。
「目に追えない物を避けろってんな――――!」
――無茶な! そう言い終える前に火の玉が悠理へ直撃し大爆発を起こす!
熱風が吹き荒れ、寝室内にあった生命維持装置の機材が音を立てて吹き飛び、その一部が溶けて変形する。それは遠く離れたレーレ達にも襲い掛かり、レーレは思わず腕で目を守った程だ。
『お、おい、ユーリはどうなった!?』
『大丈夫だよ、レーレちゃん』
疑問に答えたのはレイフォミアだった。視線は真っ直ぐに宙で起こった爆発を見据えている。そして、彼女の瞳はそこに確かにある人影を捉えていた。
「――――驚いたね」
上半身丸ごと炎と化したアルフレドに顔はない――だがしかし、間違いなくその表情は驚愕が滲んでいた。
「あっちぃ~……クソッ、俺熱いの苦手なんだぞ!」
「だったらこのまま丸焼きにさせてもらおうかな!」
「――趣味悪いなテメェ!」
――悠理の虹色に輝く翼は彼の一撃を受け止めていた。けれど状況は劣勢、如何に“生命神秘の気”を凝縮させた虹の羽根と言えど、それを遥かに上回る威力を持った攻撃に対しては敗れ去るのが必定。ましてや“神獣の炎”と虹の羽では相性が悪い。
相手の攻撃エネルギーを分解、吸収して増殖するこの一見無敵に見える虹の羽根……。だがその点で言えば“神獣の炎”もそれは同じ。こちらは全てを一瞬の内に燃やし溶かし尽くす圧倒的な炎。例えるならばそれは太陽。
いつか悠理が見た特撮でこんなものがあった。不死鳥を体現した怪人を倒す為にその再生能力を逆手に取り、地球から遥か遠くの太陽まで蹴り飛ばした――と言う話。怪人はそこで永遠に死と再生を繰り返し続けるだけの存在になった。死んでも死なないが確実に再起不能になった訳だ。
――つまり、ここで言いたいのは悠理の方が今まさにその怪人の様な状況にあると言う事。
虹の羽根は確かに炎を喰らい、分解と吸収を行ってその数を増やす。しかし黄金に輝く炎は圧倒的な破壊力で増えた羽根ごと燃やし尽くして行く。
(ちくしょう、どうすっかなこりゃあ……)
今は何とか耐えているが、このままでは時間の問題だ。どうすれば良い? 太陽の如き熱を身近に感じながら悠理の心にも焦りと言う名の汗が伝う。そんな彼を救ったのは――――。
『おーい、ユーリー!』
――遠くで叫ぶレーレの声だった。
「あちち……、何だー?」
黄金の炎は今にも虹の翼を突破しそうだ。何とか持ち直そうと色々と思考しつつ、聴こえてきた声に余裕綽々を装って応じる――そして。
『そいつがチーフだ!』
そのたった一言が、状況を打開する為の魔法の材料になった。或いは人はその魔法をこう呼ぶ、奇跡、と。
「――――へぇ、お前がアルフレド・デディロッソかい」
悠理の声が一段低くなる。その名前を聞いた時点で、さっきまで頭を占めていた対処法についての考えは吹き飛んでいた。どうすれば良いとか、何をすればいいのだとかなんて、もう考える必要は、ない。
「成程、どうやらボク達が何をしてどう動いているのかはもう知ってるみたいだね。まぁ、君達がここに居るんだから当たり前だ――――えっ?」
自身の名を言い当てた目の前の男に感心した様なアルフレドの態度は、それを見た瞬間に変わった。悠理の身体から放たれる真っ白な光。時折、彼が放つあの視界をも焼く強烈な光だ。
「アルフトレーンで決めた事が4つある。1、もう誰も死なせない、2、消えたアイツらの変わりに絶対レーレを守る」
忘れてはいない、この男の命令によってレーレの死神の力は奪われ、その結果喪われた命があると言う事を。恨んでいない――――と言い切れる自信は無い。だが、今胸の内にあるのは純粋な怒り。お前の所為でクヴォリアの平穏は喪われた。お前の所為でグレイスとテオ、10人の眷属達は消え去った……。
その悲しみを怒りに変えて、いつか、いつか必ず叩き突けると決めていた。全ては無念を晴らす為に、そう全ては――――この一撃の為に!
「3と4は――――」
光があるからこそ虹は輝く。悠理の生命エネルギーが今まではその代わりだった。そこに彼から放たれたこの光を足すとどうなるか? これは一種の解答だ。
「――――カーネスとお前を力いっぱいぶん殴る事だぁぁぁぁぁぁらっ!」
光を纏った悠理は右腕を虹の翼に潜らせ、拳を突き出していく。虹の光はより強く鮮明にその姿を浮かび上がらせながら、腕に絡み付いて行く。拳が黄金の炎に触れると、まるで炎そのものが嫌がる様に勢いを失くす。さながら海を割ったモーゼのように、炎を瞬く間に掻き消して強制的に元のアルフレドへと戻した。
「こ、この力は? 神よ、貴女は一体――!?」
――一体、何者を呼んだのだ? 間近に迫る拳に目を見開き、疑問を浮かべるアルフレド。あまりに破格過ぎて、あまりに謎めいていて。彼にはその能力が如何なるものかを把握すること叶わず……。
「ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
その胸に拳を突き立てられ悲鳴を上げる。力任せの単純なパンチだったが、だからこそ気持ちはストレートに宿るもの。怒りによって生み出された一撃は強力無比、一撃必殺。ミシミシと骨を軋ませる強烈な痛みを味わいながら、アルフレド・デディロッソは吹き飛んでいく。それはアイザックと同じ位――とは言わないが、恐ろしい速度でレディ達を飛び越し、神レイフォミアが入った球体をも越えて、寝室の更に奥へと消えていった……。
「ぜぇ、ぜぇ……、ど、どんなもんよ……!」
肩で息をしながら、悠理がアルフレドの消えた方角に中指を突きたてる。その瞬間、遠くで大きな物音が響き、悠理の勝利を告げる鐘の音となった。
次回は悠理と神様のご対面。