カーニャの秘策
あづいぃぃぃ……、もうダメぽ……。
「――来ますか、捌き切ります!」
真正面から一列に並んで突っ込んでくるアルフレドとアイザックに対してもレディは動じない。例えどんな攻撃が来ようとも対応してみせる自信があるのだろう。
「頼んだよ、アイザック!」
お互いの射程距離まであと僅か――と言う所で、アルフレドが真横に飛ぶ。レディの真正面にはアイザック。
「加速開始――――」
そのアイザックが走りながら大きく右足を踏み込んで――。
「――――速度全開ッ!」
――蹴る!! たったそれだけの行動で彼は音速の壁を超える勢いで加速。コンマ数秒後にはレディの眼前。
「ッ!? 祝福よ!」
「――――遅いッ!」
真正面に居た為にその軌道は明白だったからなのか、それとも彼女の祝福が発動する方が早かったのか、何とか初撃を真横に逸らす。――が、それもほぼ無意識の内……言わば反射的な行動に過ぎなかったのだろう。――だとしても超人的反射能力だったが。
ともかく、アイザックは真横に吹っ飛ばされたが床を蹴り、すぐさま飛びかかろうとしていた。
「貴女達は逃げなさいッ!!」
その言葉はアイザックが床を蹴るよりも若干だが早かった。
『応よっ、行くぞカーニャ!』
「う、うん!」
レディに素直に従ってレーレはカーニャに肩を貸しつつ、神の入った球体の裏へ回り、部屋の奥へ……。けれど、安心は出来ない。敵は一人ではないのだから。
「逃がさな――――おっと!」
追いかけようとするアルフレド……しかし、足元に突き刺さった短刀がそれを許さない。
「――はき違えるな。貴方達の相手は私だ」
「うっ、ぐぅぅ……」
強い気迫を讃えた声と、呻き声に目を向けると…………レディがアイザックにアイアンクローを決めていた。それはもうガッチリと。指は万力の如く彼のこめかみに食い込み、ミシミシと悲鳴を奏でている。
神の側近ともあろうアイザックがたかが万力の様な一撃に怯む訳が無い。そこには必ず祝福の効果があるハズだ。神の右腕たるアルフレドは頭脳派の名に違わずそう冷静に分析してみせた。その上で笑う。
「アイザック……君の方が油断したんじゃないか?」
自分には油断するなと言ってそのザマだ。実に格好がつかない。
だが笑ったのは彼を嘲る為ではない。アイザックの言う通りに油断できる相手ではないと悟り、その忠告が的外れではなかったと言う喜びだ。
――流石はボクの腹心だ! 小躍りしたくなるほどの嬉しさを耐えて、足元に刺さっていた短刀を蹴っ飛ばす。
「――仕方ない、ボクも闘うしかないかなっ!」
歓喜である。こうして己の目的に邪魔な障害を自らの手で始末するその感情を表すなら。
「我が脚よ、神速の域へ飛べ……」
何事かを詠唱し始めるアルフレド。その両脚に青白い炎の様なモノが纏わり付く。
「……我が手よ、業火を纏えッ!」
続いて右腕、言葉通りそこに宿ったのは黄金色に輝く炎。脚に宿ったのはあくまで炎の様なエフェクト。
しかし、腕自体が燃え盛っているかの様に唸りを上げるそれは正しくホンモノ。大気がゆらゆらと陽炎を生み出している。
「――一時的に祝福を借り受ける力ですか?」
レディ・ミステリアは知っている。謎めいた女だからこそ知っている。アルフレドの能力は“総てを見渡す”こと。ただし、過去や未来には干渉できない、と。戦闘能力は皆無――――とは思っていなかったが、この世界については把握済みだ。
だから彼が使った能力はどんな類であるかは想像が付く。そしてそれは当たっている――が。
「ああ、そうだよ。ルカから譲り受けた力さ!」
「――ルカの?」
――予想できなかったのはその出所。そして、ソレこそがレディに隙を生む最大の攻撃と成り得ること。アルフレドには予測できた。20年前の事で見ず知らずの謎めいた女との繋がりなんて、彼女の事以外には考えられない。
けれどこれは最低の一撃。自身にとって、思い出の彼女を利用した情けない不意打ち……。
「今だッ、離れろアイザック!」
だがしかし、今のアルフレドに罪悪感に浸る余裕は無い。今は唯、目の前の障害を打破する為に生まれた好機を逃さないだけ。
「う、ああああっ!」
アイザックはそれこそ全身全霊を込めて、僅かに触れた脚で床を蹴ってアイアンクローを強引に外して飛ぶ。数秒後には頭から床にズザーっと無様に転がり落ちる未来が見えるが、今は些細なことだ。
「――迂闊ッ……!!」
レディは無防備を晒した事を後悔しながらも攻撃に備えようとする……だが、アルフレドの脚にはアイザックの“神速へ挑む者”が。
そして、右腕にはコルヴェイ王に仕える“四姫”の一人。“業火牛シャンシィ”の祝福を一時的に再現したモノが宿っている。これは500年前に居た“神獣”と呼ばれる化物が宿していたものだ。
故にこれは神と並ぶ能力を秘めていると言っても過言ではない。間違いなくこの世界において最強の部類に入るチカラ……。
「これで――――終わりだよッ!!」
音速の壁を破りながらアルフレドがその拳を叩き付ける。その直後――。
――爆音と共に、世にも美しい黄金の火柱がその場に天高く伸びた。ここは既に天高くにあると言うのに……。
――――――
――――
――
「レディさん!?」
背後から響き渡ってきた爆音と煌びやかな黄金の火柱に目を奪われ足が止まる。何とか100mちょっと位は距離を置けたが、火柱が産む熱風はここまで容赦なく襲ってくる。
『止まるな! 俺達が止まったら意味ないだろうが!!」
「で、でも……」
自分達を逃がす為にレディは動いてくれたのだ。警戒すべき点があるにせよ、危険を冒してこうして時間稼ぎに出た彼女の行動を無駄には出来ない。レーレはそう思い、カーニャの手を引く。
『そう簡単にくたばるタマじゃねぇだろあの女は』
「そ、そうかも知れないけど……」
『いいか? 俺達は何としてもそれを守らなくちゃいけねぇ。絶対にだ』
指差したのはカーニャの手元……、そこで仄かな光を帯びた深紅の宝玉。グレッセ奪還の為の切札となるべき存在であり、レーレの友人である神レイフォミアの精神と力の一部が宿った精霊石。
ここに来たのは総てがそれの為。今も門番兄弟と激闘を繰り広げているであろう悠理の事も考えれば、尚更にこれは守れねばならない。
「――けどただ逃げてるだけじゃダメな気がするのよ……」
『あ? ダメって何だよ?』
確信を持たない曖昧な言い方にレーレはほんの少しだけ苛立ちを募らせる。こうしている一秒が惜しい、アイザックが追って来ようと思えば、こちらは直ぐに追いつかれる身なのだから。
「レディさんが苦戦してるって事はユーリを助けに行くのが遅れるって事でしょ?」
『アイツだってそう簡単にくたばるかよ!』
悠理の事を出されれば必然的に声が荒くなる。レーレだってこの状況下で焦っていない訳がない。今すぐにでも彼の元に駆けつけたい……でも、そんな力を今の彼女が持ち得てはいないのだ。
「アタシだってそう思うし信じてるわよ! だけどもう信じて待つだけじゃダメなのよ!! もっと、アタシ達にも出来る何かやらないと誰も――」
カーニャもレーレに釣られるように声を張り上げている。ああ、信じている、信じているとも! あの自称、自由を愛する男が簡単に死ぬ訳はないと。けれど信じて待つだけの行為にどれだけの意味がある? そんなもの――。
「――誰も救えない、誰も守れない……! もう……、もうそんなのはイヤ!!」
――意味なんてない! 強く宣言する。そんな自分はもう嫌だと。
「アタシは何も出来ず消えていく為に……、誰かに守ってもらう為にカーニャになったんじゃないのよ!」
『お前……』
感情の赴くままに言葉を吐き出すカーニャに圧倒され驚きを見せるレーレ。今までに無いほどにその少女に強い意志の輝きを見た気がした。
「だから――だからアタシは出来る事をやるわ!」
逞しさえその顔に浮かべてカーニャは手に握った宝玉を掲げる。
『おい! お前何を考えて――』
嫌な予感を覚えてレーレが手を伸ばそうとするも、間に合うハズがなく……。
「――――えいっ!」
――あろう事か、そのまま自分の口へとその宝玉を放り込んだ!
次回、宝玉を飲み込んだカーニャはどうなる?