番外編・従者は待つべきか、それとも常に傍へ控えているべきか?
あー、残業のせいでやる気がガンガン削られましたので番外編で。
――謎の女と共に消えた悠理、彼等に付いていったカーニャとレーレ……。ファルールとノーレが星空の元でその事について話をしている一方では……。
「…………」
「あれぇ~? マーリィさん不機嫌ですねぇ?」
屋敷の厨房とも言えるスペースで二人の侍女は食器を洗っていた。ヨーハは楽しそうに、マーリィは不機嫌そうに。
キュッキュッ、と皿を磨きながらニコニコとマーリィの顔を覗くヨーハ。対する彼女の表情は強張っていて、普段の冷静さや、ドSの部分は欠片も見られない。
――何故、不機嫌なのか? ヨーハは態々問う様な真似はしない。今この場――屋敷に居る者達にとって話題はたった一つきりだろう。
「――ヨーハは置いていかれた事に不満はないのですか?」
「ありませんよ?」
「それにしては、ミスターがあの女性に付いて行くと言った際には随分ご立腹みたいでしたけど?」
「アハハハハ……、それはそれ、これはこれですよ~」
乾いた笑いで痛い所を疲れた事を誤魔化すヨーハだったが、今は間違いなく不満など抱いてはいなかった。ちなみにマーリィが彼女を呼び捨てにしたのは、昨日の侍女談義にて急激に距離を縮めたからである。
「マーリィさんは付いて行きたかったですか?」
「はい」
「そ、即答ですか!?」
「貴女は置き去りにされて嬉しいのですか?」
「え、えーと……はい。ポッ……」
――置き去りにされる=お預けを食らわされる、と勝手に脳内変換して頬を染める変態侍女が約一名。
「――何故嬉しそうなのかは訊かない事にします」
世の中には放置プレイと言うものがあるとマーリィが知るのはもっと先の事なのだろう……。
「――まぁ、ヨーハが行っても何の役にも立ちませんからねぇ……」
家事全般、各種交渉、おはようからおやすみまで暮らしをサポートするスペシャリストのヨーハでも運動は大の苦手。何処に行ったかは知らないが、“最悪死ぬ”と言われる様な場所で彼女が活躍する機会などないだろう。
「私だったら役に立っていたでしょうね」
「べ、別に羨ましいなんて思ってますから自慢しないで下さい!!」
マーリィは元々親衛隊隊長……、流石にドラゴン相手には全く歯が立たないが、その身のこなしの軽さは目を見張るものがある。祝福は使えないものの、隠密行動において彼女ほど優秀な人材は解放軍には居まい。
そんな優秀なマーリィにヨーハも少なからず尊敬を抱いている――が、露骨に自慢されるとなるとやっぱり悔しい訳で……。
「そこまで悔しがっていて何故、貴女は楽しそうにしているのですか? バカですか?」
「ちょっ、今何か酷いことを平然と言いませんでした?」
「気のせいです」
「そ、そうですか?」
「はい、それでどうして貴女は――」
「――ヨーハはユーリ様を信じて待つ、と決めましたから」
軽いやり取りの中に凛とした強い意志の気配。勿論、それはヨーハが発したもの。ふざけている様で、彼女には彼女の考えがあり、理念がある。故に今回もそれに付き従うのみ。
「ヨーハの心がける侍女は、主の帰る場所にて“お帰りなさい”と言うことですから♪」
ニコリと咲いたのはあまりにも眩しい純粋な笑顔。そこには意思が満ち、彼女の持つ考えが完成され、とてつもなく強固なものであるとハッキリと示していた。
それに対してマーリィは――。
「私の思う侍女は常に主に寄り添い、時に影となって潜み、いつ何時でも支えられる存在のことです」
こちらもその考えは完成済み。主の元で働き、主の元で死ぬ。それがマーリィ・エルカトラの望み。
「この事については各々の考え方を尊重するしかないですよね~?」
「そうですね、それにしても……」
二人は互いを否定しあう気など毛頭無い。ただ、己の進むべき道と意思をハッキリと口に出したかっただけだ。目指す場所は違えど、目標となる所はそれはそれで正しいのだから。
「あー、早く帰って来ませんかねユーリ様は……」
「早く帰って来ないかしらミスターは……」
――結局、誰かに仕え奉仕する存在たる二人の考えは一緒なのであったとさ。
――第一章……夏の間に終わる……よな?