激闘の予感?
うーおー、疲れたけどいつもよりは良く書けた気がする。
――うん、自身も根拠もねーよ!
――意を決し、屈強な二人の門番へとその姿を晒す悠理。
門番の外見は全く一緒で、恐らくは双子。どちらも糸目でごつい顔立ち、スポーツ刈りで体育会系のガッシリした身体つきはラガーマンを髣髴とさせる。得物はどちらも槍、種類は素槍と十文字の双頭。唯一の違いを上げるなら、耳からぶら下げた羽飾りが左右逆であることだろうか。
2mはあるかと言う巨体、そこから発せられる無言の圧力は相当なもの。間違いなく、強い。
悠理はいつでも戦闘態勢へ移行出来る様に身構え、門番の反応を待つ。
――が、返って来た反応は彼を困惑させる事となる。
「イソノ? ヤキュウ? キミは何を言っているの? 」
「ここはレイフォミア様の寝室……側近の皆様以外立ち入りは禁止だよ?」
「――――え?」
見た目通りの低く渋い声。けれどそれは威圧感を与えるものではない。穏やかな、寄せては返す細波の如く穏やかな声量。そして何より悠理を混乱させたのは、見た目に反して幼さを感じさせる口調。
強烈な違和感に暫し唖然。何かの罠か? そう勘繰りもしたが、直ぐに気を引き締める。彼等は元々、こう言う口調なのだ。精神年齢は幼く、きっとまだ未発達なのだろう。
――そう推測して、結論付けて無理矢理にでも自身を納得させる。絶対的なアドバンテージが悠理に存在しない今、少しの隙も見せてはならない。警戒心を緩めるな、と己を叱責し再び身構える。
けれど門番達は一向に戦闘態勢を取らないどころか、悠理を見ながら暢気に首を傾げていた。
「――ん? ところで弟者、この人だぁれ?」
「そうだね兄者、この人誰だろうね?」
どうやら右耳の羽飾りが兄者、左耳の羽飾りが弟者の様だ。目の前に居る人物に覚えは無いが、だからと言ってそれが=怪しい奴とか、敵だと言う風には直結しないらしい。純粋だと言えばいいのか、単純にここに侵入者が来ると想定していないのか……。いずれにせよ悠理は警戒おらず、むしろ二人にとって興味の的と言った感じだ。
「ねぇねぇ、だぁれ?」
「うんうん、だぁれ?」
「えーと、侵入者だ! ――って言ったらどうする?」
「アハハッ、面白いね!」
「ハハハッ、確かに奇抜な発想だ」
案の定、本音を漏らしてもこの反応。どうやら、完全にここへの侵入は想定外と見て良いだろう。
何せ見ず知らずの相手に、警戒心を抱かずここまで無邪気さを曝け出しているだから。――最も、彼等が特殊極まる例だと言うのは悠理も重々承知しているとも。
「でもでもおかしいね弟者」
「そうだね変だよね兄者」
――気付いたか……、と悠理はぐっと身体に力を込めた。
どんなに可能性が低くとも、それでも僅かなしこりや、ひっかかりと言うものはある。
門番兄弟はその引っ掛かりを切欠に記憶を探り出す。
「此処に侵入者なんて20年振りだよね」
「うん、死神の大群が召喚の代償を払えって難癖つけに来たんだよね?」
(召喚の代償?)
掘り起こした記憶は20年前――その単語はここへ侵入した際にレーレが口にしていたもの……。
詳しく訊いている暇は無かったのだが、気になりはする。何せ彼等の口から“召喚”と言う言葉が出たのだから。同じく“召喚”によってこの世界に現れた悠理にとっては無視できないモノがある。
「あー、その話詳しく聞いても良いか?」
だがその好奇心に似た感情を口に出したのが最大のミス。いや、この会話に意図せずして仕掛けられた罠に気付ける者など果たして居ただろうか?
「……もしかして」
「…………キミさぁ」
今まで穏やかな雰囲気を醸し出していた空気が予告無く消える。細波は荒波に呑まれてもうどこにも見当たらない。
「ルカ様を忘れちゃったの?」
「ねぇねぇ、忘れちゃったの?」
そして荒れ狂った波はやがて大地をも呑み込まんとする。兄弟の発する重圧がその色を変えたのだ。上からがっしりと押さえつけられる感覚から、全身を突き刺す針の様に尖っていき、喉元に突きつけられる。
「――――ッ!? やべっ、地雷か……!」
――地雷とは踏んだ瞬間に初めてその恐怖が最大に発揮されるもの。気付いた時にはもう、遅い。
「我等が恩人の事を忘れるとは何事かぁッ!!」
「その罪、万死に値する! そこへなおれぇい!」
先程までの幼い口調は幻だったのか? それともこれこそが彼等の隠しきれない本性なのか?
さっきとはまるで真逆、その姿に相応しい武人然とした口調、立ち振る舞い。糸目は完全に見開かれ憤怒の表情、手に持った双頭槍を構える姿はさながら鬼神。
「あークソっ、ある意味予定通りだけど、自分の首を絞めちまったみたいだな……」
襲い掛かってくる圧倒的な威圧感に気圧されぬ様、気合を入れなおす悠理。大丈夫、恐れは無い。後方の通路に隠れているレーレの事を思う。
――守るって約束したもんな。コイツ等に負けて死んじまったらお前も約束も守れねぇもんな?
その想いが戦う為の闘志を引き出し、闘志は勇気を形成する。即ち、廣瀬悠理は準備万全!
「よく解らんがかかってこいや門番兄弟! このミスター・フリーダムが相手だぜ!」
左手にグランディアーレを逆手、右手にリバティーアを正手で持ち、体の側面を相手に向け腰を低く構える。右手は弓を引き絞る様に、左手は背中の方へ回す様に持っていく、と言う今までに無かった奇妙なスタイルで悠理が応じる。
――この戦いで悠理は再び己が真価を問う所存。自分に出来るあらゆる戦術を試し尽くして進化するつもりなのだ。
悠理の妙なその言動に怒りを増して兄弟が叫ぶ!
「我等の名すらも忘れたか、この愚か者め!」
「ならば再びその身に、魂に、深く刻み付けるが良かろう!」
ガンッ、と彼等が床に槍を突き刺し吠える。
「兄たる我が名はアインツ!」
「弟たる我が名はドゥエンツ!」
場が揺れたのは槍が刺さった衝撃か、二人の咆哮故か――。
『ルカ様に頂いた我等の名を刻み、後悔の果てに朽果てよッ!!』
――それともその両方か……。
「――勝負!」
何れにしても――――悠理は怯む事無く突き進むのみ!
――――――
――――
――
「――行きましたね……」
廊下の影からレディが顔覗かせる。あの後、悠理は門番兄弟と数度切り結び、囮の役目を果たすべく別の通路へと逃走を開始した。
神の寝室を守る者達が居なくなり、その場は何とも言えない寂しさと無防備な姿を晒している。
「えぇ、それにしてもどうしたのかしらあの二人……何だか――――」
――とても哀しそうだった……。それこそ、心を怒りで満たしてしまわなければ耐え切れない程に。少なくともカーニャにはそう感じたし、鬼神の如き怒り顔は今にも泣き出しそうな子供の顔にすら思えたのだ。
『――きっと色々とあったんだろ』
レイフォミア・エルルンシャードの寝室を見つめながらレーレはボソリと呟く。ふと彼女は何か知っているのではないか、とカーニャはその顔を覗き見る。兄弟の言った20年前の死神、その大群の中にはきっとレーレも居たハズだ。カーニャは思い切って訊いてみようかと口を開こうとして――。
「そうですね、きっと色々とあったのでしょうね……」
――別方向から聞こえた呟きに、出しかけた言葉を飲み込んだ。声の主はレディである。
今までに声に抑揚がない為に感情を読み取りづらかったが、今回はハッキリと伝わってきた。
――それは悲しみ。何を悲しんでいるのか、それは全く見当がつかない。何故なら彼女はレディ・ミステリア。正体不明の謎の女なのだから……。
『レディ、アンタはもしかして20年前の――――いや、今は先に進もうぜ。折角、ユーリがキバってくれてんだからさ』
レーレはやはり何かを知っていて、レディの持つ何かにも気付きかけている様だ。しかし今はそれを追及する時ではないと判断したのだろう。
「――先導を御願いレディさん」
今やるべき事は悠理の行いを無駄にしないこと。それに無言で同意したカーニャも先に進むべく、ここへ誘った張本人へ目的の達成を促す。
「はい、お任せを」
レディが返事をした時にはもう漂わせていた悲しみは消え失せていた。単純に切り替えが上手いのだろう。迷いない足取りで彼女は寝室への扉へと近づいて行く。レーレとカーニャもその後ろに続いていく……。
(廣瀬さん、こちらは私に任せて貴方は思う存分戦って下さい)
――悠理が囮を買って出た理由……。それはレディだけが勘付いただろう。答えは実に単純、レーレとカーニャに格好悪い姿を見せたくなかったからだ。
相手が格上なのはとっくに気付いているだろうし、苦戦は必須、何度も死の綱渡りを往復した上の死中で、進化を果たす事が出来たらようやく勝てるかも――――知れない。今の彼にとって門番兄弟はそんな強敵だ。――死闘は免れない。
それに一度、二人にはカーネスの前で既に無様な姿を晒している。男と言うのは妙な所で意地を張りたがるものなのだ。
「――幸運を」
囁く様なレディの声援は無事彼に届いただろうか?
確認する術を持ち合わせている者はここには居ない。
故に彼女達は悠理の無事と勝利を疑わず、眼前にある扉を押し開いて神の寝室へと足を踏み入れて行くのだった……。
次回、門番兄弟との死闘。