眠れる姫に嫉妬する事が醜いとは限らない
たこ焼き食いに行っただけなのに、結構時間が経っていたのだ……。
――レーレへの祝福移植から約6時間後。詳細は省くが彼等は無事に――と言っていいのか、閉じ込められていた街の住民を解放。セレイナによる市長への説明を経て、悠理達主要メンバーは空き家となっていた街の豪邸に泊まる事となった。
尚、例の如く街の郊外ではルンバ隊と白風騎士団が野営をしている。
「――――ふぅ……」
「どうだったファルール?」
やや気付かれした顔で屋敷のラウンジへと戻ってきたファルールを不安げな顔でカーニャが迎える。
その場に居た全員も同じくファルールに視線を向け、悠理とレーレの様子がどうだったかを黙って待っていた。
「ああ、安定はしているが未だ眠ったままだよ」
「そうですか……、でも無理もありません。他者の祝福を改竄して移植する事自体が本来ならあり得ない状況ですから、成功したのは間違いなく奇跡ですよ」
大陸の情報に精通しているノーレは、当然祝福関連の資料も読み漁っている。――が、やはりその様な例など聴いた事も見た事もない。成功しただけ重畳と彼女は思う。
「それで――あの、ユーリ様は?」
「普段通りだったが……ずっとレーレの手を握っていた。付き合いは短いがあんなに真剣な表情を見たのは初めてだよ」
この屋敷に入ってから悠理はレーレに付きっきり。彼女が目を覚ますまで間違いなく、何日でもそうしていそうな雰囲気だった。話しかければ返答はあるが、意識はずっとレーレに向いたまま。
様子を見に行ったは良いが、いつになく真剣な顔付きで眠り姫の手を握る姿にファルールは複雑な気持ちになり、こうして逃げ帰って来たと言う訳だ。
「ミスターはあの子の事をよっぽど大切に思ってんだな」
「そうですよ、私も嫉妬してしまう時がありますから」
複雑な気持ち――――言いながらそれが嫉妬であると自覚し、苦笑するファルール。我ながら情けないと心の中で叱咤する。一時は死線を彷徨い、大切な相手の献身によって生き長らえた彼女に嫉妬するなど、醜いにも程があるだろう。
「うー、不謹慎ですがヨーハも看病して欲しいですよぉ……」
ここにもレーレに嫉妬する侍女が一人。今のヨーハは飼い主に構って欲しい犬状態。悠理が面倒を看てくれるなら仮病も辞さない。そんな勢いすら感じる。
「あー、うるせぇな……。大体、何でお前は――いや、お前等はそんなにミスターに御執心なんだ?」
如何にも不思議そうなセレイナ。廣瀬悠理と言う人間が力強く、見ている人間に憧れと尊敬を抱かせる人物であること――――解りやすく言うのなら“英雄の資質”を持っているのは文句なしに認めるところ。
しかし、だからと言ってそれが思いを向ける理由にはならない。
現に彼女自身が、彼の力を認めていてもその心を向けていない様に。セレイナだけがここに居るメンバーの中で蚊帳の外なのだ。
「お前等、って……アタシは違うわよ!」
大声でカーニャは否定した――が、顔は真っ赤。もうそれでは答えを言っているのと同義。
「え、えーと、私は単純にユーリさんに憧れてるだけで……」
照れながらも真っ直ぐにセレイナの目を見て返すのはノーレ。自分にない物を沢山持っている悠理に対する気持ちは憧れ。それ以上の思いは抱いていない――――と思う。
「私は私の恩人の力になりたい、その傍で支えたい――そう思っています」
静かに、だが言葉には万感の思いを乗せたファルール。恩義に報い、彼に力を貸し続ける一生を強く望む。故にその思いは立ち止まらず、ブレる事もあるまい。
「ふっふっふっ、妾はな――――」
「あの方は私に“自分を大切にしろ”と仰いました。ですから、その様に振る舞い付きまとう所存でございます」
「こっ、こらマーリィ! 被るでない!」
リスディアの言葉を遮って割り込んだマーリィ。あの男をいつか篭絡する。それはとても面白い事だと彼女は思う。
自分の意思を尊重した結果、マーリィは自分が“面白い事が好き”だと知った。ならば、思う存分それを追求するのみ。
「ふっふーん! ヨーハはですねぇ――――」
――ヨーハの場合は非常に特殊なケース。未だにあの“共鳴現象”の理由は不明だが、そこは特に問題ではない。共鳴によって彼の人柄、行動観念、貫くべき意思――――そう言った諸々のことを彼女は全部知ってしまった。だから付き合いが一番短くとも、悠理への思いはあやふやではなく確かなもの。
全てを知り、知った上で更に興味を持った。彼が辿り着く場所を見てみたい。出来ればその傍らで……。
「――あーっ、もういい! 十分解ったよ……」
――と言う旨をヨーハはロマンチック全開で語ったのだが、セレイナは辟易した様だった。
「――でも、まさかこんな事になるなんて……」
「うん、一命はとりとめたもののユーリにとっては精神的に辛いと思うわ……」
ノーレとカーニャが揃って俯く。悠理とレーレを巻き込んだのは他ならぬ自分達……。
どんな顔をして会えば良いのか、二人は各々に悩んでいるのだ。
「何じゃカーニャ、そんなに心配なら様子を見に行けば良いではないか?」
「――――簡単に言わないでよ」
「簡単な事じゃろ? 獣面は強靭な男じゃ、妾達はどーんといつも通りに構えて居ればよい」
悩むカーニャに言葉を投げたのは昼間散々泣きはらしたリスディアであった。
昼間の出来事を経て成長したのか、その言葉からは大人びた空気が伝わってくる。
「……リスディアどの」
ファルールは少なからず安堵した。アシャリィ姫にした事は未だに許せないでいるが、少なくともあの頃よりは成長してくれた。もしかしたら、いつか姫と和解出来るかも知れないと期待する程度には。
「御嬢様……」
「あー、解りますよマーリィ様! 主の成長が嬉しいんですね?」
成長した主の言葉にマーリィはポーカーフェイスながらも感激し、ヨーハはうんうんと頷きながらぽんぽんと肩を叩く。仕える相手の立場こそ違うものの、二人は侍女同士。お互いに通じ合う事はある。
「――解っていただけますか?」
「勿論です! ささ、こちらで一緒にお茶でも……」
そう言ってヨーハはマーリィを連れて空き部屋へと入って行く。中々見れないツーショットだが、偶にはそんな事もあるだろう。
「……ファルール、ちょっと体動かすのに付き合えよ」
自分の侍女がそんな風に振舞うものだから、主としては手持ち無沙汰。
何より、昼間に起きたカーネスの件でのもやもやは簡単に晴れそうもない。“大戦鎚ヘレンツァ”の柄を握って、自由の使者の剣へ不敵な笑み。
「――手加減は出来かねますが?」
「――へっ、上等だよ!」
不敵に笑い返したファルールはアウクリッドを握り、セレイナと共に中庭へと向かって行った。
思う存分身体を動かせば、親交も深まる事だろう。
「えっと、私は……」
次々と人が消えて行く中で視線を彷徨わせるノーレ。当然、その目は姉の方へと向くが……。
「ノーレは妾と一緒にお風呂へ行くのじゃ、良いな?」
自分の腰の位置から聞こえてきた幼い声に呼び止められる。
いつになく無邪気な笑みを浮かべたリスディアがそこに居た。
「えっ、良い、ですけど……」
戸惑いながらも了承したが、姉は一体どうするのだろう?
何となく心配になりちらちらと視線を送るが、返って来たのは盛大な溜息。
「――あー、解ったわよ。アタシはアタシで好きにするからアンタ達も好きになさいな……」
上手い具合に孤立させられた事を深く呪いながら、けれども口実が出来た事に感謝しつつ、カーニャは悠理の元へと向かう……。
ギリギリで更新完了。
――最後の方は急ぎ足になってしまったので反省。