鋼の兵士と自由の使者
――少し時間を遡る。
時計塔の異常から何かが起きたと判断した一行は、現在スルハの街を疾走していた。騒動から逃げて来たであろう住民から話は聴いている。今は現場に急ぐばかりだ。
『…………ぇ』
「――おい、今何か言ったか?」
遠くからの剣撃、逃げ惑う人々の悲鳴。その中に混じって自分を呼ぶ声が悠理には聴こえていた。
弱々しく、幻聴かとも思ったがそうではない。
「何も言ってないわよ! それより走るのに集中して!」
どうやらカーニャには聴こえない様だった。一行の先頭を走り、目的地へと一刻も早く駆けつけんと彼女は急いている。
「いや、でも確かに――」
『…………い』
「――やっぱり」
やはり、自分を呼んでいる。いや、求めている。
しかし、何故?
『おい、お前もしかして聴こえてんのか?』
反応したのは悠理の直ぐ隣を滑空するレーレ。顔には少しだけ驚きの色が見える。
「解るのかレーレ?」
『ああ、こりゃあ精霊の類だな』
この世界の死神は元は人間である。だが、祝福が発動して死神となった瞬間に存在が変質する。
人間よりも遥かに長寿になったり、様々な能力を身に着けたり、と色々と。
彼女が使役する眷属は精霊と近しい存在だ。故にレーレは精霊の声を聴くことができ、姿を感知するのもお手の物。
「精霊? なんだって俺にそんな声が聴こえんだ?」
『んなこと知るかよ。――しかし妙だな。気配はほとんど感じられないのに…………』
本来、精霊はこんな街中には姿を現さない。工房街であるから、火の精霊などは好んで来るかも知れないが。
しかし、居るなら居るでレーレの能力によって捉えられるハズだ。だが、今は居るのか居ないのかハッキリしない曖昧な状態――だと彼女は言う。
「――探して見るか……」
『どうやって?』
ピタッと走るのを止め、瞳に意識を集中させる。彼の両目に虹色のエネルギーが収束するのをレーレの目が捉える。
「目を使うの……さ!」
瞬間、悠理の視界が虹色に覆われた。透明になったレーレを探す為に使った“虹色の視界”だ。
あの時、何故彼は消えたレーレを探し出す事が出来たのか?
この“虹色の視界”は、祝福そのものを視認する為にある。よって、祝福を持つ者はこの視界の中ではその姿を隠せない。
逆に祝福を持たない者や、祝福を与えられない無生物はこの視界の中ではぼやけて見える。
悠理は精霊も死神の様に祝福を与えられて変質した存在なのではないか? と仮定し、この視界を展開した訳だ。そしてそれは――当たっていたらしい。
――見つけた……が、これは……。
「――レーレ、何か鎧から祝福の力を感じるんだが」
一軒の防具屋、その店頭に展示されていた鎧。地球で言えば西洋甲冑のそれに酷似したデザイン。
『おお、確かに――って、こりゃあ精霊石か?』
よく見ると兜に埋め込まれている。エメラルド色の宝石だ。
「精霊石? それって……」
「コラッ! 立ち止まってる場合じゃないでしょ!」
……何だ? と聴こうとした所でカーニャが怒り顔で叫んでいた。どうやら、彼等が立ち止まったのに気付かないで走り続けていたらしい。
怒り顔で悠理達の元へ戻ってくる。
「ああ、カーニャ、精霊石って何?」
「は? いきなりな――」
「せ、精霊石の説明なら、お、お任せを!」
息も絶え絶えに名乗り出たのはノーレ。彼女は頭脳労働担当の名に恥じないほどの体力の無さで、悠理達よりもかなり後方に居たはずだが、何とか追いついたらしい。
「――せ、精霊石はですね……」
精霊石、と言う名前だが、実は精霊とは殆ど関係がない。そして、見た目はそうであっても宝石でも鉱物でもない。
精霊石は一種の生物なのである。いや、正確には祝福を宿した物体だから生物なのだろう、と認識されているものだ。
と言っても、見た目は宝石なのでこの様に加工することがで出来る。そして、決まった祝福を持たない為、ある程度祝福に指向性を持たせることが可能だ。
だが、耐久性に難があり、普通の方法では精霊石が耐え切れず壊れてしまう。
ここスルハは世界で初めて精霊石の加工に成功した街でもあった。
故に、この防具には祝福が宿っている。つまり、生きていると認識してもいい。
「――成程、じゃあこいつには意志があるって訳か。なら――」
精霊石に悠理が触れ、虹色の光を注ぎ込む。加工され、鎧と一体化しているものの精霊石には鎧を動かす力はない。何故なら、祝福の力の方向性は鎧の劣化防止、硬度の強化、などの指向性を持たされているからだ。
だから、悠理はその枷を解き放って自由にさせる。
力の方向性を鎧自身がその意思で決められる様に。
「おい、これでどうだ? 動けるか」
目の前の鎧に問いかける。すると、ぷるぷると震えガシャガシャと音を立て始めた。
『あ、あ…………』
ぎこちなく腕を上げ下げする。次は右、左、右へ……。
『う、動ける! あ、貴方は一体……?』
鎧に表情があれば、そこには嬉しさと驚きが浮かんでいただろう。
悠理は決めポーズである所のサムズアップで応える。
「俺は自由の使者! 人呼んで、そうだな――ミスターフリーダム!」
高らかに――。
住民の逃げ惑う悲鳴と剣撃音が響き渡る中で、それらを掻き消す程の高らかな名乗りをあげる。
(え、何それ?)
(よ、呼ばれてないよね?)
(おー、意味解んねぇけどカッコいい響きじゃねぇか!)
その様子に女性陣は困惑気味であった――約一名を除いて……。
「ミ、ミスターフリーダム! どうか、どうかその力をお貸し下さい! そして、この街を! スルハを僕達に守らせてください!」
鎧がガシャッと音を立てて跪く。
その光景はまるで騎士が王に対し忠誠を誓う姿にも似ている。
「顔を上げな――――――――――モブアーマー」
名前が解らなかったので適当につけてしまった。由来は――――どうみても量産型って感じだったからだ。
「お前等の魂の叫びは確かに聞き届けた」
変な名前をつけてしまったが、悠理はモブアーマーに対し感心を抱いていた。
「何より自分達でこの街を守るって気概が気に入った!」
彼も、いや、精霊石を使った全ての鎧達もきっとそうなのだろう。
――スルハと言う街を守りたい。ここが我等の生まれ故郷なのだから。
作られた道具でさえ、この街の力になりたいと望んでいる。それはきっと尊いことだ。
その願いを聴いて何もしない訳にはいかない。熱い想いの丈をぶつけられて心動かぬほど、己は冷たくなった覚えもない。
何よりも――。
――見たい。彼等が戦う様を。鋼で出来た勇者達の雄姿を!
気付けば自分の胸はその思いで一杯になり激しく脈打っていた。
『じゃ、じゃあ!』
「応、仲間の所に案内しな!」
――こうして、モブアーマーからの情報を頼りにスルハ中の精霊石製鎧を解放し、ドレフ・ベントナーが製作した金、銀、銅の鎧達までも仲間に加える。
集まった鎧の数はモブアーマー100、黄金騎士ゴルド、白銀剣士シルバ、青銅戦士ブロン。
――――以上の戦力を従えた悠理達は戦場となっている中央広場へ急行する。
後に、歴史に語り継がれる事になる“スルハの鎧騎士伝説”の初戦はこうして幕を開ける事となった……。
さぁ――――決戦である。
御免よモブアーマー……。
ほんとはジョナサンとかにしようと思ったんだけどさ……。
モブアーマーを越える面白ネームが思い浮かばなかったから……。
さぁ、次で中央広場戦が終わるか、もう一ページ続くかなって所ですかね。