道は繋がり、果てしなく続いていく
おうふ、色々あって時間が足りなかったが、何とか書けたか……。
いや、結果を書くつもりがレーレの精神世界での話になっちゃったんだけどさ。
――深い深い闇。どこまでも真っ黒で上も下も解らないような空間を、それでも確かに落下しているレーレ。
そこは彼女の意識の中――いや、誰もが死に直面した際に漂う空間……死の淵。抵抗する気力もなく、レーレは唯真っ直ぐに堕ちていく。
『俺は……どう、なったんだっけ……』
死へと近づくにつれて思考に靄がかかり始める。今まで自分が何をしていたか、どうしてこんな所に居るのか? 彼女にはそれが解らなくなっていた。
『暗い……今まで明るい場所に居た気がするのに……暗い、暗いぞユーリ……』
深い闇へと堕ちていく中、レーレは自分の身体を抱きしめて丸くなる。まるで、口に出したその名前に縋るように。
繰り返し『ユーリ、ユーリ……』と呟くレーレは普段とは間違いなく別人に見えることだろう。
実際に死に直面して初めて曝け出される弱さもあると言う事だ。そうして何度目か呟きで、ふと悟る。
『――ああ、俺、死ぬのか……。まぁ、死神はお似合いの最期かな?』
今まで自分がそうしてきた様に。自分の命も平等にあっけなく、あっさりと散る。
何かを成した訳でもない。何かを誇れた訳でもない。誰かの道を切り開いた訳でも、誰かに命を託した訳でもない。
唯々あっけなく死を迎える。死神である自分が、こうして自身の死神に出会う事になるとは考えもしなかったが。
『ユーリ、ユーリ……。俺は……もっと――』
――お前の傍に居たかった……。みっともないと思いつつも、どうせ誰も聞いていないのだからとレーレは心情を吐露し始める。
ずっと暗闇の中で生きてきた。それは別にいい。与えられた能力で全てを失ったが、それで狂ったのは自分の責任。言い訳など……許されないと知っている。
そんな自分が出会った光――――廣瀬悠理……。
一緒に居れば何処であろうとそこが自分の陽だまりとなる――――そう思わせてくれる人。
彼と離れ離れになる事だけがどうしても嫌だった。許されないと、今まで狩り続けてきた魂の怨念に叫ばれようともそれだけは……。それだけは手放せないのだ。
『――でも、もう終わりなんだよな……』
どんなに願っても“死”は避けられない。“生命神秘の気”で生き長らえているのはレーレも感じていたが、それも遠くない内に限界が来る。それならいっそここで死んだ方が楽だ。
きっとその方が悠理の為になる。
――弱った心はそんな馬鹿げた方向へ向かってしまう。
弱った者はそれが間違いだと気付かず、盲目に正しいと信じて死んでいく……。
レーレもまた然り、祝福を失い無力な少女に成り果て、死が間近に迫った身なればそれも当然。
だから彼女はそのまま闇へと自分の意思で堕ちていく。
――だが……。
『……何を馬鹿なこと言ってるの』
『そうだぞバカー!』
『――えっ?』
――自暴自棄な人間が死へと向かおうとするのが当然なら、それを助けようと手を差し伸べるのもまた当然の行為。
『グレイス、テオ? どうしてこんな所に……』
暗闇に堕ち行く自分を引き上げる見慣れた二人の姿にレーレは唯驚くばかり。
二人はいつもとは違ってハキハキと喋っているが、そこは気にしない。人間界で彼女達の言葉がカタコト気味なのは、人間の言葉で喋るのが不慣れだからだ。精霊界出身者は普段精霊語を多用する。
今、こうしてグレイスとテオが普通に喋れているのは、人間でも精霊でも死は死でしないからなのか?
――レーレはぼんやりとそんな事を考えた。
『……どうしてって言ったでしょう?』
『ねーちゃんとあっちと、ユーリで助けるってなー!』
『――助ける? ああ、でも俺はもう――』
『……生きなさいレーレ』
『皆もそれを望んでんだぞー?』
『皆?』
テオの言葉に首を傾げ辺りを見回す。そう言えば、暗闇だと言うのに自分や姉妹の姿がはっきりと見える事にレーレはようやく気付く。それに気付いたなら、言葉の意味を察するのにも時間は掛からない。
『――お前等……』
そこに居た皆――それは彼女がアルフトレーンにて召喚した10人の眷属。人間界で自分との契約が強制破棄された為に、精霊界への帰り道を絶たれ消滅を余儀なくされた者達……。
例外なく、彼女達は笑っていた。姉妹と同じくその顔はフードに隠れていたけれど。
『……皆が私達に力を貸してくれたから』
『ここまで来れたんだー』
『俺は――生きても良いのか?』
我知らずの内に問う。そうまでして自分を生かそうとする者達に。
解っている、自分達は家族のようなものだ。血に濡れ、幾度も断末魔と怨嗟の声を浴びた仲ではあったけども。
だがそんな呪われた道でも育まれた絆は確かにある。
だから、願う。
『……生きてレーレ』
『ユーリもお前を助けたがってんだぞー?』
『けど、そしたらお前達は――』
――解っていた。いや、全部思い出したと言うべきか。
自分が気絶する前に、ノーレや悠理が話していた事を繋ぎ合せれば、自分が生き残る可能性など一つだけ。
――グレイスとテオを犠牲に自分だけが生き残る。そう言う事だ。
『俺っ、俺は――――ッ!!』
――ユーリと一緒に居たい。でもそれとお前達を天秤にかける事なんて……。
『……ふふふ、馬鹿ね。勘違いしてるわ』
『そうだ、勘違いしてる』
『勘違い……?』
『……そうよ。私達は死なない』
『あっち達はレーレの中で生き続ける。これからも一緒……』
そっとレーレはその身体をグレイスとテオに抱きしめられる。こんな風に二人から抱きしめられたのは何百年ぶりだろうか?
久しく味わっていなかった感覚に何故か瞳が熱くなる。これもどれ位久しぶりの感覚なのだろう……。
『――本当に一緒か?』
『……ええ、本当よ。例え意識は残らなくても』
『レーレの身に宿る新しい祝福がその証! だからずっと一緒!!』
『そうか――――なら良いのかな?』
『……良いのよレーレ。アナタがユーリさんと結婚して幸せになってくれたら、私も嬉しいもの』
『子供は二人くらい産めよな!』
『バババッ、バカ言ってんじゃねーよ! 結婚とか、こ、子供とか……何言ってんだよ!?』
『……ふふっ』
『プククッ!』
『――――ハハハッ!!』
随分と懐かしいやり取り、いつもの三人の姿、最期の会話。
笑ってお別れ――否、これからも一緒。言葉を交わす機会はもう永遠にないのだろうけど。
『――グレイス、テオ、皆……』
『……なぁに?』
『なんだー?』
『ありがとう、俺はお前達と居れて――――これからも一緒に居れて幸せだ』
『……こちらこそ』
『へへっ、ありがとなー』
最期にもう一度抱擁を交わす。レーレの頬を熱い何かが流れた気がするが、彼女はそれに気付かないフリをした。これからも彼女達は共に居る、なら悲しいことなんて何もないハズだ。
グレイスとテオ、残りの眷属達もそれに気付かないフリをして、満足したような笑みを浮かべ光の粒になっていく。
その光が闇を解き、更に光を広げていき……そこに虹色の光球が降りてくる。
『――ああ、ユーリ。今帰るぜ――――皆と一緒にな!』
一目でそれが誰が作り上げた物か見抜いたレーレは、乱暴に頬を拭って光球を手に取った。
するとそこから溢れ出た光が一瞬で闇を飲み込み、黒一つだった世界が白だけの世界に生まれ変わる。
だがそれで終わりではない、光球から生まれた光はレーレ自身をも呑みこみ、その身体を包む。
(皆、俺は――――頑張って幸せになってみるよ……)
自分を生かしてくれた存在にそう誓いを立てるとレーレの意識が途切れていく。
――ここに死神レーレ・ヴァスキンは死んだのだ……。
次に彼女が目を開けた時、どんな存在になっているのか……。
――それは彼女自身が決めることだ。
えー、どうでもいい報告ですが。
今日で私こと、暮川燦は26歳にタイーヤコウカーン!――しました。
これからもよろしくね?