嗚呼、生を得る為に代償は必須であると知れ
――うぅ、暑くて全然集中できないの……。
「――ぐぅ、ウオォォォォォッ!」
脇腹に刺さったままの短剣を無理矢理引き抜いて悠理が吼える。血が派手に噴出したがまるで意にかえさない。
怒りに任せて吠える、吼える、咆える! それに呼応するかのように虹の炎が彼を包み込む。お馴染の“千変万化”だ。虹の炎は彼が抱く激しい怒りを体現するかの様に燃え盛り続ける。
それはあっと言う間に悠理を苦しめていた猛毒を解毒し、更には抗体を生成。二度と同じ失態を演じぬ様に肉体に更なる変化をもたらした。
役目を果たした炎が静かに消えると、そこには消耗していたが傷を回復させた悠理の姿があった。
「大丈夫ですかミスター?」
「ハァッ……ハっ……、俺の事は良いっ……レーレッ!」
悠理の身を――いや、或いは打ちのめされた心を労わる様にマーリィが寄り添う。
――が、彼はそれを押しのけてレーレの元へふらつきながらも駆け寄った。
『――よぉ、ユーリ……面白い顔……してんぞ?』
優れない顔色とは別にいつも通りの調子で応答するレーレ。
表情は笑おうとしているみたいだが……激痛が襲っているのだろう。その笑みに快活さなど存在しない。
「ふざけてる場合か! クソッ、何だこりゃあ!」
見ればレーレの状態はまさに異常と言うほかないものだった。血色が悪い、と思ったら突然良くなり、血管がボコボコと浮かび上がっては消えを繰り返している。
それはさながら、生命の暴走とも言うべき現象だと悠理には思えた。あくまで直感。しかしその検討は大よそ的を射ていたのだ。
「ユーリさん……これは“反動”です」
「反動?」
問いに応えたノーレは額に汗を浮かべながらも冷静に、それでいて必死にレーレの状態を分析していた。いつになくその表情にやる気が満ちているのは状況の深刻さからか、それとも仲間を助けるべく打開策を模索し続けているからか。
「はい、このノレッセアにおいて、亜人や人型の神魔は祝福を受けた元人間……つまり――」
「――――祝福を奪われたレーレは、人間に戻ろうとしている?」
「はい、ですが唯で済むハズがありません。死神として500年生きてきたと言う事実が、普通の人間の身体に収まりきるとは思えない……」
「ならこのまま行くと――」
「――身体が耐えきれず崩壊するでしょう」
反動――――変質した種族が祝福を奪われた際に受ける一種のペナルティ。それまで当たり前だった身体能力がいきなり人間のそれまで落ちるのだ。当然その急激な変化を肉体が簡単に受け入れられる訳がない。
レーレの場合、500年生きた結果を人間の身体に押し付ける形だ。その結果起こることは――――急成長。
肉体が考えられないスピードで歳を取ろうとしている――――500年の歳月に辿り着くまで。
だが普通に考えれば人がそこまで長寿に達する事はない。つまるところ、レーレは急激に成長しそのまま肉体が限界を向かえて破壊され――――――死ぬ。
「なら……俺の力で何とかするしかねぇな……!」
最悪の結末が頭を過ぎり、悠理は自身の力ならばその崩壊を止められるのではないかと考え、実行に移そうとする。元より、彼女の祝福を奪い返していればこんな事にはならなかった。そう思うと居ても立っても居られないのだ。しかしそんな彼をファルールが押し留めた。
「待てミスター、恐らくそれは根本的な解決にならないぞ」
「そんなのやってみなきゃ――――ッ!」
「――落ち着け、もう既にミスターの力はレーレの中にある」
「……どういう意味だ?」
言葉の意味する所が悠理には解らず、その性で――いや、お陰で頭が冷えたのか彼女の言葉を待つ。
「――詳しい説明は後でするが……。レーレはミスターの力をリリネットの腕輪を使い定期的に吸っていたんだ」
『オ……イ、余……計な――』
「良いから少し休んでおけレーレ。――で、話を戻すが、体内にあるミスターの力がレーレを既に守っているんだ」
ファルールは『これは仮説だが』と付け加えた上で説明を始める。
曰く、反動による肉体崩壊速度が遅い。500年と言う歳月を普通の人間に加算したらどうなるかなんて目に見えているのに。
なのにレーレはただ苦しんでいるだけに留まっている。ファルールが知る“反動”の例によれば、今直ぐに消滅してもおかしくない。――なのに生きている!
それは間違いなく悠理の“生命神秘の気”による効果だと彼女は言う。
実際、ファルールの意見は的を射ている。この力の本質は“生命の変質”であり、突き詰めるところそれは――――“生存させる”と言うこと。
大量の生命神秘の気を身体に宿していても、資格のない者には扱うことが出来ないのがこのチカラ――――しかし、レーレの生命に危機が迫ったことで、“生命神秘の気”本来の本質が目を覚まし、彼女を生き長らえさせようと抵抗を開始したのだ。
「ミスターの力が“反動”を極限にまで抑え込んでいる――――が、さっきも言ったようにそれは根本的な解決にはならない」
そう、抑え込んでいると言う事はそれで限界ということ。
いかに未知数の力を秘めし“生命神秘の気”と言えど、やはり限界はある。悠理はそれを扱う事に長けているからこそどんな境地からも立ち上がれたのであって、“生命神秘の気”自体を受け入れる才能がなければ真の効果は得られない。
死神であった頃のレーレならまだ可能性はあったかも知れないが……。
所詮は人間には過ぎた力、崩壊に歯止めをかける事は出来てもそれ自体を無かった事には出来ないのだ。
「――だったらどうすりゃいい? 今から取り返しに行くにしてもその間にレーレに変化が起きたら……!」
いくら“反動”を極限まで軽減しているとは言え、急成長は止められない。
ましてや“生命神秘の気”の効果がいつ切れるとも限らない……少なくとも、レーレの傍を離れるなんて選択は出来そうもなかった。まだ出会って一ヶ月に満たないが、それでも悠理にとって彼女は大切な存在なのだ。
「ノーレどの、何か方法はないだろうか?」
「――ユーリさんの“改竄”ならもしかして……」
「で、でもそれって、祝福がないとダメなんでしょ?」
悠理達のやり取りを黙ってみていたカーニャがここで口を挟む。彼の力の一つであるそれは、本人の承諾を得て祝福に手を加える力だったはず。今のレーレはその条件に当て嵌まらない。
「うん、でも今回は少し違うの姉さん。改竄するのは――」
――“改竄”を使うのは別の祝福。それも出来るだけ長寿種族のものを。
「――その祝福を“彼女の祝福に改竄”して埋め込むんです」
「そんな事が出来るのかノーレ?」
「はい、恐らくユーリさんの力なら。ですが……」
そこでノーレは俯いて『ただし』と付け加えた。
「長寿種族の祝福なんてここには……」
――ない。いや、仮に条件を満たす者が居てもレーレを生かす為に他者の祝福を奪えるのだろうか?
自由を愛して止まない悠理には多分――――出来ない。
『ごぉぉぉ!』
「アナタでは無理ですよエミリー」
『ごぉぉ……』
エミリーが勇敢にも名乗りを上げたが、マーリィによって直ぐにダメだしをもらう事になる。
彼女は確かに長寿ではあるが人とはあまりにかけ離れている。それではダメなのだ。人間に似通った部分がなければ。
「――クソッ、じゃあこのまま指を咥えて見てろってのか! 俺は――俺は絶対に嫌だ!! レーレは俺が死なせねぇッ!!」
必死に声を張り上げる悠理を誰もが直視出来なかった。皆心は同じ、レーレのことを可能なら助けたくはあっても、不可能に近い状態ではどうすることもできない。
最早、レーレを襲う死と言う運命からは逃れられな――――。
『……ヨクイッタワ』
『ソレデコソユーリダナー!』
その声にハッとして振り返る。そこにはレーレが使役する眷属姉妹の姿。偵察から戻ってきたのだ。
そして彼女達はそのまま悠理に近づいてこう言った。
『……ワタシタチヲ』
『ツカエー!』
――どこか覚悟を決めた儚さを携えながらそう提案した。
レーレを救う為に自分達を使え――と。
レーレが死ぬと言った気がするが……アレは嘘だ!
俺がレーレを殺せる訳がないじゃないか!
(↑でもそういう案はいくらでもあった。没になっただけで)