異常は静寂によって語られる
うぃー、何とかかけたんだぜ!
――メレッセリアを出てから6日が経過し、昼間アルフトレーンを目前にした悠理達は岩場に身を隠して作戦会議を開いている。
メンバーは、悠理、カーニャ、ノーレ、レーレ、ファルール、リスディア、エミリー、セレイナ、ヨーハ、そしてルンバの10人だ。白風騎士団とルンバ隊は道を挟んだ反対側の茂みに待機中である。
「――さて、作戦をお復習するぞ?」
作戦は単純、部隊を二つに分ける。悠理とファルール、そして白風騎士団とエミリーが囮となって街の外で騒ぎを起こす。
その間にレーレ、セレイナ、ヨーハ、そしてルンバ隊が密かに街へ侵入し挟撃。人質を取らせる暇を与えない事が作戦の要であり基本方針。
「……って訳だが質問は?」
悠理の言葉に全員が首を横に振った。ここに来るまでに何度も聞かされ、作戦の為に動きの練習もやって来たのだ。今更質問するような段階でもない。
「良し、ならマーリィさんが偵察から戻るまで待――――」
「――戻りました……!」
言い終えるよりも早くマーリィが息を切らして岩場に滑り込んで来た。彼女にはカリソ隊の状況を探って貰いに行ってたのだ。――本当は悠理とレーレがやろうとしたのが……、絶対に二人で突っ込むからと止められていた。
実に最もな意見だったと言える。
「きゃっ、い、いきなり現れんじゃねーよ!」
凄まじいスピードで文字通り滑り込んで来たマーリィにセレイナがびくっと身体を震わせた。猛スピードで自分の真横を通り抜けられたのだから仕方ない反応と言えるが……。
「可愛らしい声が聞こえた気がするんだが…………何かあったんだな?」
可愛らしい声を上げた主に睨まれながらも、悠理は緊急事態を察していた。それはマーリィが汗だくになりながら、本来予定していた帰還時間を大きく上回る速度で戻ってきた事にある。
他のメンバーもそれに気付いたのか固唾を呑んで言葉を待つ。
「――はい、カリソ隊なのですが……」
マーリィは一瞬目を伏せ、どう言葉を選ぶべきかと少しだけ迷い、結局そのまま伝える事にした。
「――――皆殺しにされていました」
だが、本当にそれで良かったのだろうか?
その発言に誰もが驚愕する様を見て、マーリィは疑問を抱かずには居られなかった。
――最早、後の祭りだったのだけれど……。
――――――
――――
――
――念の為に白風騎士団の指揮をルンバに預け、悠理達は少数で街へ向かった。
敵の情報は皆無だが、カリソ隊を全滅させるような相手であれば、警戒しておくに越した事はないのだから。
「――こりゃ酷ぇな」
悠理は精一杯顔をしかめるしかなかった。
街に足を踏み入れた瞬間、彼等を迎えたのは異臭と……。
「いくら敵とは言え……流石に許せんな……」
――無残に切り殺されたカリソ隊の遺体……いや、もう屍骸とも言うべきおぞましい光景であった。
ファルールもこれにはきつく拳を握る事でその怒りを表している。
「ヨーハ、目を瞑ってろ。お前にはちょっとキツいぜこりゃあ……」
「は、はい……」
セレイナはその背にヨーハを庇いつつ指示し、彼女も素直にそれに従う。確かにこれは見せられない、見るに耐えない。
頭から股間まで真っ二つにされた者、顔面に剣を突き立てられた者、首と胴体が分割され、両手両脚を切り捨て、身体をXの時に刻まれ、胴体から臓物をぶちまけている死体……。
それは刃物で出来る大凡の殺し方を試したのではないか? そんな想像をしてしまう程に、死体のバリエーションが豊富であったのだ。
『お前等は周囲の偵察を頼む。良いか、くれぐれも油断すんじゃねぇぞ?』
『……ワカッタワ』
『アイヨー!』
悠理達が死体にたじろんでいる間にレーレは眷属姉妹と、他に10体の眷属を召喚し、街を偵察させた。
街に足を踏み入れてからと言うもの、人の姿も見えなければ気配すら感じられない。
これは、もしかしたらの状況に備える為の情報集である。
「カーニャ、ノーレ。お前等も俺の後ろに付け。まともに見ちゃいけねぇ……」
自身も彼等の死体へ少し気を奪われていたからか、普段なら真っ先に気を使いそうな悠理の行動が珍しく遅れていた。セレイナを見習いつつ、彼女達の前に立つ。
「ア、アタシは、大丈夫……。と言うか、もう見ちゃったし……。ノーレはユーリの背に隠れなさい……」
「は、はい、姉さん」
顔を青くし、口元を押さえながらカーニャは苦しげに言う。そんな状態であるのにも関わらず、妹へ気を配る姉の姿にノーレもただ従い、悠理の背へぴとっと顔を押し付け目を瞑った。
「ホラよカーニャ」
「? 手なんか差し出して何よ?」
以前具合の悪そうな顔色だが、決して口に出さないカーニャに差し出された悠理の無骨な手。彼女はそれをまじまじと見つめ、その意図を解りかねていた。
「握っててやるよ」
「バッ! そんなの――――」
――恥ずかしいと言うよりも先に、自分自身でも気づいていなった震えを自覚する。
――怖い、当然だ。目の前に凄惨な死を遂げた誰かが居て、その人物が善であろうと悪だろうと、死は死。自分もそんな風になるのだろうか? そう考えずには居られないし、恐怖を抱くのも居たって普通のこと。
「――――ありがと……」
そんな恐怖心に竦んだ自分を支えてくれようとしている……。ほんの少しの気遣い、或いは優しさに気付き礼を言う。
掴んだ手はありきたりな表現だけど、大きくて、何より温かく、カーニャの震えを止めるには十分なものだった。
――――――
――――
――
「ユーリ、もういいわ。ありがとね?」
周囲を警戒しつつ、街の中心地――そこに立つブロンズ像が見える位置まで進んだ頃、カーニャはそっと悠理から手を離す。掌の温もりに名残惜しさを感じたが、彼女も誰かに甘えっぱなしではいられない性分だ。
「いいさ、俺も――――」
離れた手を見つめながら真剣な眼差しの悠理。何も繋いだ手から勇気を貰っていたのはカーニャだけじゃない、そういうことだ。
「――俺も?」
「……何でも無いさ」
誤魔化して彼は前を向く。あんな死体を見て平気なハズがない。ましてや悠理は現代日本に生まれた普通の一般人。動物の死骸ですら見れば気分が悪くなる様な男なのだ。人間の死体を見るのは勿論初めて。
正直に言うなら、このメンバーであの光景に一番ダメージを受けたのは間違いなく悠理だ。
平然に振舞ってこそいたが、吐き気は喉元まで迫っていた。しかし、彼はそうなる前に“千変万化”で自身の精神を強化していたのだ。毎度の事ながらあまり褒められた事ではないと悠理は思う。
だが、千変万化の効果以上にカーニャの手から伝わる温もりは自分に力をくれたのだと、彼は感じていた。――あまりも情けない心情を見せたくなくて口に出すのは拒否したが。
『…………ちぇっ』
離れた場所でそのやり取りを見ていたレーレが、つまらなそうに、もしくはいじけた様に口を尖らせている。
「――そう不満そうにするなレーレ。ミスターと手を繋ぎたいなら後でいくらでも繋げば良いだろう?」
明らかな不満に気付いたファルールがそう言いながらレーレの肩を叩く。
その行動にすらも不満を感じたのか、彼女は更に唇を尖らせ。
『うるせー、そんなんじゃねぇよ……』
寂しそうで、弱々しい表情を晒した。それを見たファルールは更にフォローしようとして――。
「おい、アレを見ろ!」
何かを見つけたセレイナの声に遮られた。
見れば街の中心に設置されている銅像に誰かが磔にされていたのだ。
「こいつは――――ヒデェな……」
一人の男が磔にされ絶命している。その様が酷いと言った訳じゃない。表情が醜悪だと言ったのだ。
そこには絶望しかなかった。泣いて喚いて命乞いしても許されず、唯々無慈悲に与えられた死。
顔面には剣を突き立てられた痕。表情を絶望で塗りつぶし、血と、涙と、よだれと、尿が入り混じった液体がはみ出た臓物とあいまって異臭を放ち続けている。
「――――カリソですね」
悠理達から少し遅れて、リスディアとエミリーを連れてやってきたマーリィがそう呟いた。
「それってここに居たハズの?」
「ああ、間違いねぇ……。しかし、一体何があったんだ……」
カーニャの疑問にセレイナも肯定を示す。間違いなくカリソ・メーであった。
しかし、依然として彼とその部隊をここまで一方的に追い詰めた敵が、見えない。
死体の状況から判断にするにまだ数時間しか経っていないそうだが……。
「――とりあえず、生存者が居ないか探そう。敵兵、街の住人関係なくだ!」
現状を把握するべく、悠理が仲間へと指示を飛ばす。とにかく誰でも良い、生きていてくれ!、と彼は強く願っていた。
『あいよ、とりあえず眷属を戻し――』
悠理の期待に応えるべく、眷属に帰還命令を出そうとして――。
「――死神、レーレ・ヴァスキンだな?」
『――え? ……ぐ!?』
突如耳元で囁かれた言葉に凍りつく。そして、それがいけなかった。
まさに一瞬の油断が命取り。隙を突かれたレーレは成す術もなく、自身の祝福が吸い取られる様を抵抗する暇もないままに唯感じる事しか出来ない。
『――しく……った、ぜ……』
この時、誰もがカリソの死体に目が行っていた。それももしかしたら罠だったのかも知れない。
ともかく、こうしてレーレは突如現れた黒い騎士――カーネス・ゴートライに祝福を奪われる。
そして、それを取り戻そうとした悠理は彼に敗北してしまうが……。
それは悲劇の序章に過ぎなかったと悠理は思いしらされる事になる。
死神レーレ・ヴァスキンの――――死によって。
次回、お別れ。