そして僕等は強大な力へその刃を向ける
ぐあぁぁぁぁ……
眠いー、頭働かないー
――おやすみー……
「何か鼻がズキズキするんだが……」
結局、悠理が目覚めたのはそれから更に一時間後。例の如く、何で鼻っ柱が痛むのかは記憶にない様子。
鼻を擦りながら胡坐をかく横で、同じく目覚めたヨーハがご機嫌とばかりに鼻歌をしながら彼の腕に抱きついている。どうやらと言うか、やはりとでも言えば正解なのか抱き心地が気に入ったらしい。
「自業自得ね!」
美女に抱き付かれている光景が気に食わないのか、カーニャは棘を多分に含みつつ、ざまぁ見ろと笑う。
「大丈夫ですかユーリさ……」
「大丈夫ですかー? ヨーハが撫でて上げましょうか?」
赤くなった鼻を心配するノーレ――だが、今はヨーハのターン。物理的に一番距離が近い彼女があらゆる状況で優先権を握っている。
これはノーレに責めっ気が無い事が原因でもある。しかし、例え相手が誰であろうと今のヨーハは止められまい。それほどの勢いが今の彼女にはある。
「痛いの痛いの~――」
「ああ、それってこっちにもある――」
「――私に移れ~♪」
「――違った!? 俺の知ってるお呪いじゃない!」
人差し指で鼻の頭を触れられ、不覚にもドキッとしてしまう悠理。
ヨーハは性格こそ残念だが、見た目は一級――いや、超一級品。そんな女性の指で優しく撫でられれば、健全な男子の心はくすぐられること間違い無しであろう。
――が、直後に放った台詞ですべては台無し。地球にもあるポピュラーなお呪いが異世界にもあった事に感心を抱く。――しかし、相手がヨーハである事を忘れてはいけない。
一瞬でも忘れてしまえば、はいこの通り……悠理の様に突っ込みに回ってしまうことは必至である。
『つーか、離れろやお前等!』
ここに来て今まで沈黙を保っていたレーレが動く。むしろ、ここまでよく我慢したと言えなくもない。
唸るだけで実力行使しない辺り、今も我慢しているのだろう。一応、不可抗力(?)とは言え悠理をノックアウトさせた張本人だ。文句を言える立場ではない。
「えー、良いじゃないですかぁ? ね、ユーリ様?」
そんなレーレの心情にはお構い無しで、ヨーハは更に悠理へと密着する。やたらと胸をグイグイ押し付ける様はあまりに露骨。しかもその行為によってノーレ以外の女性陣の怒りを買うのだから、当の悠理は困ったもので……。
「――セレイナ様がおっかないんで離れてくれると助かる」
戦闘でも感じたことの無い冷汗をかきながら呻く。正直に言えば、女性に抱きつかれるのは当然嬉しいに決まっている! ――が、やはり時と場所を選らばないとならないとは思う。ましてや、ここに居る女性陣の前なら尚更である。
「そう言う事だ。さぁ、お前はこっちに来い」
悠理にとって幸運だったのはセレイナの怒りが自分にではなく、自らに付き従う侍女に向けられたことであった。いい加減、目の前でイチャつかれるのにも飽き飽きしていたのだろう。
首根っこを掴まれ容赦なく『あ~れ~♪』と引きずられていくヨーハ。
そんな彼女がセレイナの横で佇まいを直し終えた頃、悠理は聴きたかった質問をする事にした。
「所でヨーハ、俺はお前が精霊達から集めた情報を見た――いや、脳で直接理解した訳だが……。お前は俺の何を見た?」
気絶する瞬間に見たものは先ずヨーハがその祝福で集めた情報だろう。接触した瞬間に脳へ強烈なイメージとしてくっきりと焼きついている。
そしてそれは彼女にも起こっている現象ではないか?、と考えた。
自分達はお互いの一定の情報を取得、もしくは共有したのではないか?
「んふふー、聴きたいですか? 聴きたいなら――ひぶっ!」
「勿体ぶらずにさっさと言えや!」
勿体ぶろうとする侍女にお姫様の突込みが冴え渡った瞬間である。
「は、はひ……、えーと、ユーリ様は別世界から召喚された異世界人――所謂、勇者様……で良いんですよね?」
「――って、は? オイオイ、ソレって何百年も前の御伽噺だろ?」
自分で言えといっておいて何だが、あまりに突拍子のない返答に困惑気味のセレイナ。
召喚なんてものは当事者の末裔か、伝承や御伽噺を真剣に捉えるかでもしないと俄かに信じ難い話。
何しろもう数百年も経っている。いくらその当時で活躍し、歴史に名を残しいたからと言っても人は自らの目で見た物しか信じないもの。
それは一般人も貴族も王族も同じことである。
「勇者ってツラじゃないが、召喚されたのは間違いないな」
悠理はそんなセレイナの胸中を汲み取って、真面目な表情でこれを肯定する。
すると半信半疑だった彼女も顔付きを変え、話を聴く態勢を整えた。少なくとも冗談や面白半分で口にした事ではないとは解ってもらえたらしい。
そんな主の様子を確認して、ヨーハが話を続ける。
「それで美人姉妹と出会って、死神のレーレちゃんと戦って、向かったスルハでコルヴェイ軍の先遣隊に遭遇して――」
「び、美人姉妹だってさノーレ!」
「――うー……」
『オイ、ちゃん付けすんな!』
「――オーケー、こっちに来てから俺が見て、聴いて、経験した事は全部知ってるって事で良いんだな?」
「多分、そうじゃないかと」
ヨーハの言葉に各々が反応を示す。姉妹は美人と言われたことを素直に喜び照れてみせた。
レーレはバカにされたと思っているのか、“ちゃん付け”に憤慨している。
そして最後に悠理、言うまでも無く彼女が口にした事は全て真実。となれば今ここでこうしている理由も説明要らずなのだが……問題が一つ。
「つまり、だ。俺とレーレだけが知ってる……チーフの正体も知っちまったって事で良いんだな?」
「――はい」
若干の間をおいてハッキリと彼女は頷いた。これが問題も問題、大問題なのである。
チーフと言う敵の正体に付いた尻尾を掴んだ時、悠理とレーレだけの秘密にしていた――ことがことなだけに。
しかしそれも第三者に知られてしまった――――いや、いくら確認の為とは言え、カーニャ達の前でこの質問をした事が既に失敗。
だが、それはワザと。この状況を悠理は良い機会だと捉えた。知らせるのにはきっと――――今をおいて他にないのではないか?
「何だと! テメェ、黙っていやがったのか!!」
――が、事はそう上手くはいかない。激昂したセレイナが悠理の胸倉を掴んで激しい剣幕で睨みすえる。
意図的に情報を伏せると言うのは周囲を欺くと言う事で……。それが善意にしろ悪意にしろ、嘘は嘘。となれば反感を買うのは至極当然。
何しろ自国で狼藉を働く人物の情報を掴んでおきながら伏せていたのだ。
セレイナが怒りをぶつけたくなるのも解る。解るからこそ悠理はされるがままにされていた。
それが自分の選んだ結果ならば受け入れるのが責任――そう言わんばかりに……。
「ちょっとユーリ! アタシ達にも隠してたなんてどう言う事よ!!」
お姫様の怒り覚めやらぬ間に次なる怒れし者の名はカーニャ。
言葉には怒り、瞳には悲しみ、表情には寂しさを宿している。それは『仲間』なのに黙っていられたことのショックなのだろう。
ぎゅっと握り閉めた拳が小刻みに震えているのが何よりの証明に悠理は思えた。
「――落ち着いて姉さん、きっと事情があるんだよ」
姉の拳を自分の両手で包みながら、ノーレは確信を秘めてそう呟く。
流石は頭脳派、重大な情報を明かされても冷静に対処し、伏せられた意図を探る様は感嘆に値する
『ノーレを見習いなカーニャ。ユーリがお前等に隠し事なんて普通ならしねぇよ。そんなの一緒に行動してりゃ解るだろうが』
「それは……そう、だけど……」
レーレの叱責に徐々に俯いていくカーニャ。確かに言われてみればその通りで、その一言は頭に上った血を下げ、冷静さを取り戻すキッカケとなる。
「セレイナ様もどうか落ち着いて下さい……。ユーリ様とレーレちゃんが隠していたのも頷けます。こんな事、おいそれと明かせるものじゃありませんよ」
荒れる主人にヨーハは真剣な、それで居て陰鬱な表情を浮かべながら言葉をかけた。
――いっそ知らなければ良かった……そんな重苦しさを感じさせる侍女に、主であるセレイナも驚きのあまり、掴んでいた悠理の胸倉を離してしまった。
「――――そんなにヤベェ事なのか?」
「ああ、チーフって奴の正体は簡単に言やぁ――――」
悠理がレーレとヨーハに視線を投げかける。二人は無言で頷き、共有していた爆弾とも言える機密を――――――投下した。
「――神さ」
『――神って奴だ』
「――神様です……」
三人の口から出たその単語に周囲の時は確かに止まった。
そして同時に、これが“神様”との戦い告げる始まりの鐘となったのだと悠理は確信したのだった……。
次回、敵であることが発覚した“神様”についての考察でござるの巻