街に着いて一息つける――って雰囲気じゃねーぞ!
一行が召還の祭壇がある洞窟から出て丁度一日。
時間で言えば昼過ぎ頃、街を視認出来る距離まで辿り着いていた。
「おお、何か思ったより全然デカイ街じゃねーか!」
もっと小規模な、村よりちょっと発展してる程度のものを想像していた。
街の周りは頑丈そうな壁で囲まれており、それよりも大きな建物も見える。
「あれは――時計塔か!」
中でも一際大きな建物が時計塔だ。
遠くからではハッキリとは見えないが、シルエット的には間違いない。
どこの世界であっても人が存在するなら、その文化や様式というのは似通ってしまうのかも知れない。
――と、悠理は思う。ここに来てカーニャ達と出会い、言葉を交わした事もそうだ。
異世界人と言っても人は人。泣き笑いするし、共感することもあれば、反発しあうこともある。
それを知っているからこそ、廣瀬悠理は前向きで未知を恐れない。
全く別の世界に来ても彼がぶれないのはそれが理由だ。
「あの街の名前は“スルハ”。大陸南方であるここ“トレアット地方”一の工房街なんですよ!」
興奮気味に喋り始めたのはノーレ。心なしかいつもよりもテンションが高く、胸の前で握り拳を作っていた。
「お、おう」
珍しく狼狽した声を上げる悠理。それもそのハズ、振り向いたら直ぐ目の前にノーレの顔があった。
うっかり顔を突き出したら唇が触れてしまう距離。間違ってもそうなってしまわないように一歩下がる。
「この辺りは海に面してない代わりに自然が豊かで山も多いんです。その中には鉱山も一杯あって、武具や装飾品に使う鉱石が沢山取れるんです! だから――」
せっかく楽しそうに語ってくれているが、悠理の頭の中にはまったく入ってこない。
何せ――距離が開いていない。また、一歩。後ろに下がると同時にノーレが踏み込む。
「それでですね、精霊石の加工に初めて成功した方もこのスルハ出身で――」
どうやら余程話す事に夢中になっているらしい。もう一歩後ろに下がろうとして――。
「――――で、それが本当に素晴らしくって!」
ガッ、と肩を掴まれた。振りほどけない程ではないが確りと押さえつけられている。
ぐっと、再び顔を近づけてくるノーレ。
ふわっ、と何やら良い匂いがして頭がクラクラし始める。
「…………」
自然と視線が彼女の唇へ向かう。
――触れたらホントにマシュマロみたいに柔らかいんだろうか?
よく使われる例えだ。でも、自分にはファーストキスの経験がない。
だから、ありふれた表現でしか想像できない。
――本物を味わってみたい。
じわり、と頭の中に欲望と言う名前の染みが広がる。
真っ白いテーブルクロスの様な理性にポツン、と零れ落ちた欲望。
「私も少しやった事があるんですけど、どうしても巧く――」
目の前の男が牡の本能を剥き出しにしようとしているのに。
彼女は気付いていない。まったくの無防備だ。
(あっ、ヤベ……)
理性に染みがどんどん広がっていくのを感じる。
鼓動が高まり、ノーレが極上の獲物に見えて仕方がない。
整った顔立ち、可愛いよりは綺麗系。
背は高く、足はやや太めだろうか?。
胸は――着痩せするタイプと断定。実際に見えているよりかは間違いなく大きい。
女性を見る観察眼は磨いてきたつもりだ。その経験に基づけばほぼ正確な見立てだろう。
――胸は小さい方が好みだが……。
どちらかと言うと気になったのはその二つの膨らみの下。
肋骨のやや下、脇腹よりちょっと上の位置。
そこについているであろう――余分な肉。
廣瀬悠理はややぽっちゃり気味の女性が好みだ。
強調するが“やや”だ。何故、その部分を強調するかと言うと――――長くなるのでやめておくが。
とにかく、脇腹にやや贅肉がついている方が――エロい。
その点で見ればノーレはまさに理想のタイプなのではないか?
――確かめてみる必要があるな……!
ここは男らしく(間違った方向に)、本能に従うべきだ。
例えそれで殴られる結果になろうとそれそれでこの状況から抜け出せる。
まさしく、一石二鳥(そんな訳あるか)と思い込んでその脇腹を堪能するべく両手を動かそうと――。
「いい加減にしな――っさい!」
「――痛たたたっ!?」
――した所で見かねた姉が助けに来てくれたようだ。
妹の後ろ髪を容赦なく引っ張って止めるのはどうかと思ったが。
とりあえず、ほっと胸を撫で下ろす。いくら童貞だからと言って、見境なく餌に飛びつくのはナンセンスだ。
「ごめんねユーリ。この子ったらそういう街の情報を調べるの好きなのよ」
「いや、助かった。危うく道を踏み外すところだった感謝してる」
「え、踏み外す?」
どうやら悠理の変化は外からでは解らないものだったらしい。
ハテナマークを浮かべるカーニャに、何でもないと背を向けて猛省。
女性と旅をする以上、これからも色々な嬉し恥ずかしいハプニングがあるだろう。
――勿論、期待はする。するが、その度に理性を失って野獣になる訳にもいかない。
もっと自分を律しなければ――と決意を新たにした所で……。
『…………ふーん』
その視線に気付く。レーレがちょっと不貞腐れた顔をしていた。
「そんな可愛い顔してどうした?」
意識して普段通りに振舞う。これは――気付かれているかも知れない。
『は、はぁ? 何言ってんだお前? そんな風に言えば誤魔化されると思ったら、お、お、大間違いだからな!』
「――流石にお前には気付かれてるか……」
若干、このまま褒め殺しにすれば誤魔化せるんじゃないか?、と思いはしたがやめておく。
やはり、死神であるレーレには見抜かれていたらしい。
生命エネルギーを可視化する能力によって、発情した相手まで識別出来る――とは本人も知らなかったが。
「クッ、俺も男だ……。さぁ、煮るなり焼くなり好きにしろ!」
パーカーをがばっと勢い良く脱いで、シャツに手をかける。
『バッ、バカ野郎! 何脱ごうとしてんだ!』
これには流石にレーレも大慌てで止めにかかった。
「武士の情けじゃ、止めないでけろ!」
尚も変なテンションで服を脱ごうとする悠理。
結局の所、こうしてバカをやって有耶無耶にしようとしてる訳だが。
『何言ってんだお前は!? だー、解ったよ。見なかった事にしてやるって!』
「あっ、そう? じゃあ、ついでに聞きたいことあるんだけど良いか?」
さっきとは打って変わってケロッとした態度にレーレは呆れて溜息をつく。
何だか妙に疲れて、顎で示して話を促す。
「カーニャ達――祝福喪失者ってやつは街の中に入れるのか? そもそも、お前ならともかく普通の奴はどうやってそれを見抜くんだ?」
『――お前って時々妙にしっかりしてんな……』
感心しながらその質問に対する答えを述べる。
先ずは前者、答えはイエス。祝福喪失者だと見抜かれない限りは特に問題は無い。
街に入る際に検査をする場所ならアウトだが。
次に後者――。
『背中にな、刻印が浮かぶんだ』
祝福を失うと、まるで羽をもぎ取られたかの様な痣が浮かぶらしい。
奴隷はその刻印を隠すことの出来ない背中が露出した服を着せられる。
まるで、禁忌を犯した罪人の証だと言わんばかりに。
『まぁ、スルハだったら大丈夫だろ』
「そうなのか?」
スルハを領地に抱える“グレッセ王国”は祝福喪失者を奴隷とする事に否定的だ。
元来、この国はそうした姿勢をずっと保ってきた。現国王も当然奴隷制度には異を唱え続けている。
そんな人柄や国の考えに惹かれて、グレッセ領内には祝福喪失者達が移りこんでくる。
『だからここで同士を募ろうって考えたんだろうよ』
ここでならおおっぴらに奴隷解放の声を上げても不審ではない。
それが原因で騒ぎになったら流石にマズイとは思うが。
「そうか、だったら安心――」
――だ、の最後の一文字を飲み込む。
『ん? どうした?』
悠理はスルハに目を向けたまま動かない。
食い入る様に一点を睨みつけている。
「おいおい、あれ見ろアレ!」
『だから、どうした――って……っ!?』
「ちょ、ちょっと何よアレ!」
「そ、そんな――」
二人のやり取りに気付いたカーニャ達も傍にやって来た。
四人並んで唖然とする。遠くからでもハッキリと解る。
スルハの観光名所としても名高い時計塔が――。
――斜めにズレていた。
ふぅ、土曜に入っても1ページしか更新できなくて申し訳ない。
平日は執筆作業を優先してロクに俺タワーが出来なかったから……。
明日は牛魔王を倒せたら2ページ位は更新出来るんじゃないかな?
――あまり期待しないでね?