こんな侍女の扱いは雑で良いと思います
だ、ダメだ……、眠くて頭が働かない……。
「――だーかーらー、何も話す事なんかありませんってば!」
――メレッセリア郊外……。普段は戦略会議の場と使う大きなテントの中から若い女性の声が響く。
清楚な侍女服に身を包んだ彼女は童顔で、言動もやや幼い。しかし身長は高めで、全体的にしゅっとしている身体つきであるのにも関わらず、出る所は確り出ている。
女性は肩まで掛かるオレンジ色の姫様カットを振り乱し暴れる。だが椅子に両手を拘束されていては満足いく抵抗は出来ず、唯々椅子を揺らすだけ。
「安心したまえ、君達を捕まえても安全な待遇を約束する」
激しく暴れる侍女にルンバ・ララは穏やかな声をかけた。言葉の信憑性が薄まるので出来れば拘束なんてしたくはないのだが……。
何しろ捕まえたは良いが、こうして激しく暴れるので拘束せざるを得なかったのだ。
「いーやーでーすー! そう言ってヨーハにいやらしいことするんでしょう! この身動き出来ない状況で、立派に育ったこの胸を思う存分揉みしだくつもりなんでしょう!!」
「こ、こら! 淑女がそんな事を軽々しく言うもではない!!」
涙目になりながら、縛られた状態で器用に椅子ごと後ずさる侍女――ヨーハ。
その姿は……何と言うか、むしろ襲って下さいと誘っているかの様に嗜虐心を煽って来る。
一方、ルンバは彼女の発言に顔を赤らめていた。そんな事をする気は毛頭無く、女性の方からそんな事をべらべらと捲くし立てられるとは夢にも思わなかったからである。
「――何ですかね、この緊張感のないやりとりは……」
――悠理達はその一部始終をテントの外から聴いていた。いや、入ろうとしたら女性の大声が聞こえて入るに入れなくなっただけなのだが。
ともかく、彼女の第一印象は“ドジ”ではなく“残念”で決まった。あくまで彼の中での話しだけれど。
「俺に聞くんじゃない――――隊長! 尋問の方は難航中ですか?」
先輩兵士が悠理を押しのけテントへと入室、そしてルンバに敬礼。
後に続いた悠理も同じく敬礼、郷に入らば郷に従え……、この場合は単純に部下として潜入した建前があったからの行動。
相手を騙しきるコツは演じきること。自身に割り当てた役をどれだけ忠実にこなせるか――――これに限る。
「ん? お前達持ち場はどうし……いや、丁度良かったかも知れん。聴いていたかも知れないが、このお嬢さんは中々手強くてな……」
苦々しさと面倒臭さがない交ぜになった溜息。正直言って彼の手には余る相手だ。
若い者に尋問を行わせれば、感情に走って問題を起こす。そんな例をルンバは何度も見てきている。
だからこそ、隊長自らがこの尋問を行っていた訳だが……今回は相手が特殊すぎのだろう。
疲れたのか眉間を揉み解すルンバに二人は同情するしかなかった……。
「――な、なんですか? 三人でよってたかってヨーハの身体を弄ぶ気なんですか!?」
人数が増えた事で彼女は更に警戒を強めた――様に見える、普通なら。
けれども、やはり悠理にはむしろ襲って欲しそうに聞こえてしまう……。
「――――この人って別に淫魔とかじゃないっすよね?」
もしくは似たような種族、或いは魅了の“祝福”でも所持しているのか?
そう邪推してしまう位にヨーハの行動はワザとらしい。演技臭いのではなく、本心はその逆を望んでいて、無意識に内に逆の言動をしている様な……。錯覚とも言い換えられるこの現象の正体は一体なんなのだろうか?
「正真正銘の人間だ。事前調査では大人しい系の美女だと聞いていたんだが……」
事前調査と言うのはコルヴェイ軍がグレッセ王国に放ったスパイからの報告。
王女の近辺で脅威になりそうな、注意を向けておかねばならない相手の報告書。
その中には彼女の名前は載っていない。ただし、リストを作った人間の趣味で可愛い女の子のデータは大量に載っていたが……。
そこに記されたヨーハ・ヨーハとは180℃違うようにルンバは感じた。
「隊長の好みっすか?」
「私はもうちょっと気が強くて、もっと大人びて居た方が――」
部下からの質問にあっさりと応えてしまう辺り、ルンバ・ララの人柄の良さが見えるみたいだ。
「――ちょっとっ! 聞き捨てなりませんよ! ヨーハは童顔ですけど立派な淑――――!」
「……せいっ」
「――ひぎぃッ!?」
如何にも自身へ興味なさ気なルンバの呟きにヨーハが異議有り! ――と、叫ぼうとした瞬間に背後に回っていた悠理が手刀を叩き込む。
一撃であっさりと気絶してしまうヨーハを見て、先輩兵士も、ルンバも呆然としている。
「お、おい新入り、お前何やってんだ!」
「話が進みそうに無かったんで気絶させたんですけど?」
「――うむ、その方が早かったかもな」
「でしょう? 隊長、とりあえず捜索は終わりにして兵を郊外に集めましょう。住民にこれ以上圧力をかける訳にも行きませんし」
圧力をかけた所為で住民が暴動を起こす可能性はないと思うがそれもゼロではない。
ここは一旦退く事が肝要。それに真意は別にある――。
「ふーむ、成程。姫には自分から出てきてもらう訳だな?」
「はい、兵達には帰り際、侍女を捕縛したことを大声で叫んでもらえれば、何処かに居るお姫様にも伝わるでしょう」
押してダメなら引いてみればいい。彼女を人質に、なんて言わない、唯身柄を拘束しているだけ。
それを知って姫がどう行動するかは賭けだが、居場所さえ掴めれば助けに来ない訳には行かないだろう、人情的に。
「新入り、お前結構頭も良いんだな」
「――ハッハッハッ、悪役みたいであんまり良い気分はしないですけどね……」
「……新入り、名前は何と言ったかな?」
新入りの計算づくの行動に舌を巻く先輩兵士、ルンバは鋭い目つきで計る様に悠理を見ていた。
こうも真っ直ぐに視線を向けられると悠理でも緊張する。
「ユーリ――――ユーリライト・ヒロイックっす」
いつか必要になるだろうと思って考えておいた偽名は、案外あっさりと違和感なく吐き出せた。
自分の本名も交えているのだから完全な偽名ではない。それが彼の中でしっくり来ているのだろう。
「どうやら刻むしか無い様だな。お前の名を……!」
悠理の両肩に手を添え、ルンバはニヤリと笑った。その表情は何処となく嬉しそうですらある。
優秀な部下に恵まれる事は上官にとって喜び以外の何ものでもないのかも知れない。
(――さて、これで準備は整ったな……)
その笑顔を見ていると――――何処か心苦しくなる。
これより悠理は彼らの敵に戻らねばならない。
――コルヴェイ王の野望の前に立ちはだかる自由の使者…………ミスターフリーダムに。
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とりあえず、今日はもう寝て、明日に備えませう……。