星空を騒がせたお伽噺
「――寝た?」
『ああ、二人ともぐっすりだぜ』
5時間の睡眠を取り終って見張りを交代したカーニャとレーレがひそひそと会話を交わす。
彼女達の目の前でノーレが静かに寝息を立てている。
悠理は少し離れた所で木に寄りかかって寝ていた。
『――で、何だよ? 聞きたいことって?』
突然、『聞きたいことがある』と詰め寄られ、挙句に『二人には聞かれたくない』と言われて態々確認までさせられた。
余程、ヤバイ話か、或いは二人に知られたくない話か。
内心でレーレはワクワクしていた。周りに隠し事をするのはイケナイことをしてるみたいで背徳感がある。
死神の性質上、そういうものには目がないのだ。
「アンタってさ」
『あん?』
――なんだ俺のことか?
話題の対象が自分であると知ってがっかりする。
ワクワクがあっと言う間に消え去っていく。
その代わりに――。
「ユーリのこと好きなの?」
『――面白ぇ冗談だな……』
カーニャの返答にこめかみをピクピクさせるハメになった。
――クソッ、祝福が改竄されてなきゃその首跳ね飛ばしてやるのによ……!
「えっ、違うの?」
『違ぇよ!』
心底以外そうな顔に全力の否定を叫ぶ。
見当違いも良い所だと言わんばかりに木の枝をへし折って焚火に放りなげる。
自身の不機嫌さを表すように火の粉が派手に舞った。
「じゃあ、何でついて来たのよ」
敵である自分を寛大な心で助命した悠理。
優しさと器の大きさに心を打たれたレーレは恋に落ちて彼の後を追う……。
――と言うのが、カーニャが立てた推測だ。
何ともまぁ乙女チックな妄想である。
『何でって、そりゃあ改竄された祝福を元に戻したいからだろ』
対して真相は現実的で打算的なものだった。
他人の良い様にされて黙ってなど居られるものか。
怒りや恨みから来るものではなく、強いて言うなら。
――絶対にぎゃふんと言わせてやるからな!
そんな負けず嫌いな性格から生まれた感情だった。
「それだけ?」
もっと壮大な理由を(勝手に)期待して居ただけに拍子抜けする答えだ。
『後は――退屈してたからな……』
死神として祝福を受けたからには死神として生きなければならない。
善人だろうが悪人だろうが、契約や諸々の理由に従って魂を刈り続けてきた。
定めに逆らって生きるのが不可能な訳じゃない。
ただ、流れて行く時の中でいつしか自分のやりたい事を忘れてしまった。
何の為に生きているのか?
魂を刈る為? それとも己の存在証明の為か?
何度も何度も自問自答しては考えるのを止め、気付いたらまた答えを探し求めている。
何年も何十年も何百年も……。
たった一人で探し続けるのももう疲れてしまった。
だから――――正直に話せるなら、だ。
廣瀬悠理と出会えたことは自分に取って幸運なんじゃないか、と。
レーレはほんの少しだけそう思う事にした。
どう転ぶかは解らないが、たまには誰かに巻き込まれるも面白いものだ。
だから、連いて行ってみよう。
――そんな風に思わせてくれた彼の背中に。
『それに、召還の為に貸した分の力はキッチリ補充しねぇとな』
彼女は死神の中では高位の存在である。
――と言うのも、召喚術式に組み込まれた契約は上級クラスの死神でないと果たせない。
それほどに高質で膨大な量のエネルギーが召喚儀式には必要なのだ。
その代償がたった一人の生娘と言うのもキナ臭い話ではあるのだが……。
現在、レーレの力は四分の一にまで低下している。
――と言っても、十分に強いと言えるレベルだ。
本来ならば、そんな状態でも負けることは早々無い。
相手が廣瀬悠理だったのが問題だっただけだ。
「――ねぇ、ユーリの力って結局何なの?」
――来たな、本題が。
召喚した悠理がまさかの祝福不所持者……。
――だと思ったら、それ以上の能力を身に着けた何かだった。
気にならないハズがない。
自分の呼び寄せた者の正体すら知らないまま、その力を利用するのは――危険だ。
彼にとっても自分達にとっても。
『知るか、俺が聞きたいぜ』
重く溜息を吐く、直に手合わせしてもその実態は掴めてはいない。
能力を把握できても、力の根源が特定できない。
祝福とは根本的に違う、というのは確かだが。
『――知ってるとしたら……』
可能性の一つを思い浮かべる。
『“全知全能”の祝福を持って産まれたアイツ位のもんだ』
レーレは彼の力は神と呼ばれる存在が持つものに近しいのではないかと睨んでいた。
「それってもしかして……」
その祝福名を聞いたことがある。
いや、この世界の住人なら誰もが知っている。知らないハズがない。
だって、その祝福を持って生まれた者は――。
「――神様……」
――そう呼ばれる存在になると言われていた。
「お伽噺だと思ってた」
伝説上の存在が実在するとは思ってもみなかったが、その事に対しての感慨は特にない。
信じられないという感想が大半を占めていて上手く反応出来ていないのかも知れなかった。
『まぁ、アイツは基本的に地上へ姿を表さないしな』
「会った事あるの?」
『一応な』
顔を思い浮かべる、ちょっと色々あって話をした間柄の神様を。
短い間ではあったが、レーレにとっては良い部類の思い出だ。
「それじゃあ神様に頼めば……!」
この現状を何とか出来るのではないか?
後から考えてみれば随分安直な考えだったと思う。
『無理だ』
案の定、望みは儚く散る。
「どうして!」
伝説が本当なら神様に出来ないことは無いハズじゃないか!
そう叫びだしたくなるのを何とか堪える。
『地上への介入は禁忌だからだよ。アイツが力を振るったら――』
ふと、思い浮かびそうになった光景を全力で頭の隅に追いやる。
『――いや、やめとこう。思い出すのもゾッとするぜ……』
肩を震わせて余裕の無い笑みを浮かべた。
知らないほうが良い事もある。
『とにかく神頼みは止めとけ。そんなんじゃ叶わない願いだからアイツを呼んだんだろうが』
レーレの言葉にハッとして彼を見る。
木に持たれかかって熟睡している青年を。
「――そうね、まだ始まってすらいないもの」
神に縋るのは彼が諦めてしまった時にすべきだ。
自分達は悠理に全てを託したのだから……。
『さぁて、これからどうなる事やら……』
愉快そうに笑みを浮かべる。
視線の先の青年がこの世界をどう生きていくのか。
そして、何処に辿り着くのか。
――この結末だけは誰にも、アイツにも見通せまい。
そう思うと愉快で溜まらなかった。
――――夜が、明ける。
ふー、日付変わるギリギリに投稿したからセーフ!
でもその後に色々修正したからアウトー!
――毎日更新が守れたかは読者の皆さんにお任せ!
次回は近くにある町へ到着して……。