プロローグ・自由を求めた時、人は既に
「――――アバヨッ!」
眼前の建物を睨みつつ、廣瀬悠理(ひろせゆうり)は中指を立ててそう吐き捨てた。
高校卒業から七年、それなりに長い間お世話になった会社に対して酷い態度な気もする。
――――が、本心から出た行動と言葉なのだからしょうがない。
「…………」
――――未練は無かった。
別に会社がブラックな訳ではなかったし、機械部品の加工及び組み立てと言う仕事は自分に向いていた気もする。
悠理は思った事が直ぐ顔にでるので接客業には向いていない。
人相も悪い――とまで言わないがイケメンとは程遠く、頬はしゅっとしていて痩せこけているかのよう。
そして最大の問題は伸びに伸びた無精髭とボサボサの髪型だ。
彼は自分の見た目に興味が無いので髭を剃るのは一週間に一度。
髪の毛に至っては自分で適当に切ってしまう。
そんな訳で彼女居ない暦=年齢であり、あと5年で魔法使いにという有様だ。
でも、悠理はそれでも良かった。自分らしく生きていられればそれで。
仕事を辞めたのはそれが難しくなったから。
上司に対しての不満と不信感が一気に爆発し、ブチ切れて辞表を提出したのが一ヶ月前。
有給休暇を使いきり本日付で退職。挨拶回りも終わって後は帰るだけだ。
「……あばよ」
最後にもう一度だけ呟いて建物に背を向けた。
荒々しい靴音を立てながら、一度も振り向くこと無く彼は会社の門へと歩き始める。
まったくブレず、唯真っ直ぐに。
ふと、見知った顔が前から歩いてきた。
「…………」
眼鏡をかけたセミロングの女性事務員だ。
そう言えばこの時間はいつも彼女が掃除をしていたのだと思い出す。
「…………」
彼女は普段通り、カツカツと靴を鳴らし、ふらつく事もなく前を向いて歩く。
まるでモデルの様な堂々とした歩き方で姿勢がとても良い。
「――お疲れ様です」
「――うぃっす」
二人はすれ違い様にたったそれだけの短い言葉を交わす。
悠理は門から会社の外へ、彼女は門から会社の中へ。
特に接点も無く、親しい訳でもない二人の別れなどこんなもの。
――――けれど。
「…………幸運を」
背後から聴こえたのはそんな囁き声。
親しくなくとも、人は去り行く者の祝福を祈りたくなるもの。
悠理はやはり振り向かず、にっかりと不敵な笑みを浮かべ……。
「応よ!」
力強く右手を天高く突き上げて囁き声に答えるのだった。
☆
「う、うえぇぇぇぇ……」
平日の昼間、特に混雑していた訳でもない電車内から這い出て第一声。
「よ、酔った……」
悠理は乗り物に弱い男であった……。たった二駅の移動でコノザマである。
足取りはふらついていないものの、口元を手で押さえている。
吐く、とまでは行かないが、気が滅入る程度には酔っていた。
(早く帰ろう……)
改札を通り、駅を出て駐輪場へ。
自転車に乗って風を切ればこの気持ち悪さも消えるだろう……。
そんな事を考えた――――矢先。
「うっ、ぐっ……!?」
突然、悠理が左膝を付いて顔を歪めた。
「なん、だっ……こりゃあ……」
立っていられない程の何か得体が知れない感覚。全身を襲う不快感。
脂汗が滲み、動悸が激しくなって涙が訳も泣く流れ出す。
不安感で胎児のように蹲ってしまいたくなる。
いや、いっそそうしてしまえば楽になるんじゃないか?
「ふざけろ……」
弱気になる心を頭を振って否定する。
何が何だが解らない状況で、悠理はひたすら思う。
――――何だが知らねぇが負けてたまるか、と。
ありったけの力で拳を握って自らを鼓舞し、不快感に耐えていると……。
『………て』
「――え?」
不意に呼び声。
微かに聴こえた方へ視線を向け――――驚愕。
「誰……だ?」
正面に誰かが居た。
いつの間にか、存在感を感じさせないほど自然に。
『………………』
金髪のロングストレート、銀色の瞳、雪の如く真っ白な肌。
あまりにも陳腐な表現かも知れないないが、その美しさはこの世のものとは思えない。
そう言っても過言じゃないほどの美少女だった。
『か……て』
美少女は何かを呟きそして……。
『私の……い』
手を空高く掲げる。
硬く握られたグーだ。
そして勢い良く……。
「えっ、っちょッ!?」
身動きできない悠理の頭に振り下ろした。
「な――」
鈍器か何かなんじゃないかこのこの威力?、とかそんな事を思いながら。
「――なんでやねん……」
気力を振り絞ってツッコミをした後。
「…………」
彼の意識は完全に途絶えた……。
見切り発車にも程があるほどのスタートで申し訳ねぇ……。
文章を書き続けていれば改善されて行く、と信じていたいです。