運命の人
「わたしの運命の人って、どんな人だと思う?」
「白馬に乗ってて白タイツ履いてるゆるふわパーマの王子サマみたいなやつ」
放課後の生徒会室で1人、次回の全校集会用資料をまとめているのは、生徒会副会長、冬月 博 高2。
その向かい側で少年マンガ片手にパイプ椅子に座り、博に話しかけているのは、梶 柊子 高1。
2人は幼稚園から一緒の幼馴染である。
博は成績優秀、眉目秀麗、運動神経抜群で家は代々医者と高スペックで、これだけ聞くといけすかない奴と思う人もいるかもしれない。
だが本人は幼少の頃から続く周囲の過度な期待から、少々ひねくれて育った至って健全な少年だ。
柊子は成績、顔、運動とどれをとっても平均値。
サラリーマン家庭に育ち、母親もパートに出ている為に鍵っ子。
しかも一人っ子の所為か自分の世界に引きこもりがちな、典型的な内弁慶少女。
共通点といえば人見知りするところぐらいで、他にはこれといって見当たらない。
けれど不思議と昔から馬が合うというか、気がつくと2人でいることが多かった。
他にも幼馴染はいるけれど、誰といるよりお互いが気を使わずにいられる。
「お金持ちなのは良いけど白タイツ履いてる時点でダメかな」
「・・・俺いま書類作ってんだけど。帰宅部はもう帰る時間だぞ」
「今日は博んちで勉強会するって岩下先輩が言ってたから、わたしも行く。だからそれまで暇つぶししとかなきゃ。あやちゃんも来るんでしょ?」
あやは2人の幼馴染、岩下は生徒会書記で博の友人。
最近付き合い始めたばかりの2人は、どこへ行くにも一緒だ。
「おまえは呼んでない。来ても勉強しないだろ」
マンガから目を上げた柊子はニヤッと笑う。
「あの2人だって本当に勉強したくて集まるんじゃないでしょ。相変わらず博はわかってないなぁ」
柊子は最近、博をからかって遊ぶのが楽しいらしい。
普段から告白されることの多い博だが付きあっても長続きせず、大抵の場合『一緒にいてもつまんない』とか、そんなような理由で振られることを面白がっているのだ。
「付き合ったこともない奴に言われたくないね」
言い返された柊子は怒り出しもせずにマンガを閉じて身を乗り出し、何故か笑みをより一層深くした。
「ねぇ博、古瀬先輩って知ってる?3年の美術部のひと。このまえ県のコンクールに入選した」
「知らん」
ポンポンと話が飛ぶのはいつものことだが話の先がさっぱり見えてこない。
「で、そいつが何なの」
博が仕方なく、という体で書く手を止めて頬杖をつく。
すると少し考えた柊子は、
「いや、知らないならいいよ。やっぱりあやちゃんもいる時に話す」
と言って話を打ち切ろうとした。
「何だよ気になるだろ。そこまで言ったんだから言えば」
「・・・バカにしない?」
普段は博に対して思ったことをなんでも口にしてしまう柊子が、こんな風に口ごもるのは珍しい。
そんな小さな違和感を覚えながら、博は先を促した。
「しないしない。ほら、さっさと話せ。待ち合わせに遅れる」
「・・・うん。あのね、昨日うちのクラスの美術部の子に部室に来てって言われたの。見せたい物があるからって。
それで行ったら絵がね、わたしのことを描いた絵があったの。髪が長かった中学の頃のわたしの。
びっくりしちゃって、なんでわたしの絵が?って聞こうとしたら、いつの間にかそこにその、古瀬先輩がいて。
先輩が言うには2年ぐらい前、お祭りで女の子にぶつかってその子がイヤリングを落したんだって。
先輩はすぐに拾ってその子を探したんだけど見つからなくって、ずっと気になってたって。
よく見ると絵の耳のとこにそのイヤリングが描いてあって、それがあの、前に無くしたと思ってたお母さんのくれたイヤリングだったの。コンクールに出せば君の目にも止まるかと思ったって。
先輩、今日そのイヤリングを持ってきてくれたんだけど、それで、その時・・・告白された。
梶さんとはなんか運命みたいなのを感じるって」
早口でそこまで一気に言い終えると、恥ずかしそうに机に突っ伏した。
「そんなこと言われたの初めてだから訳わかんなくて、おろおろしてたら返事はいつでもいいって」
「・・・・・・」
「ねぇ、どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって・・・」
博が柊子を女として見たことなんて一度だってなかった。
いつでもすぐ傍にいて、言いたいこと言って、喧嘩して仲直りして。
これが他の友達ならくさい台詞だとただ笑って言えただろう。
けれど柊子のその困った顔を見て、博はまったく笑えなかった。
「柊子はそれが運命の人だって、俺に言ってほしいの?」
冷たく言われたその言葉の真意が分からず、柊子が不安そうに眉を下げる。
「・・・なんで博、怒ってるの?」
「怒ってない、ただ・・・・悪い、自分でもよくわからない」
博は深く重いため息を吐いた。
最初に沸いたのは怒りだ。
付き合ってもいない柊子に対する強い独占欲。
次は戸惑い。
こんな気持ちは今まで付き合ったどの彼女にも感じたことはなかった。
柊子を子供扱いしていたのはこのゆるく居心地のいい関係を崩してしまうのが怖かったから。
あどけなく笑うまだ幼い柊子も、きっとすぐにでも大人になってしまう柊子も。
誰かに取られてしまうなんて、とてもじゃないが博には耐えられそうになかった。
それならいっそのこと、自分のものにしてしまおうか。
「俺は、おまえが誰かのものになるのは嫌だ」
狂おしくなるようなときめきも、燃え上がるような熱い想いも今はまだないけれど、その予感は胸の奥に確かにあるから。
「そいつが運命の人って言うなら、俺にも立候補させて。幼稚園の頃に出会って今までずっと傍にいたんだから、その資格はあるでしょ?」
あまりにも急な展開に口をパクパクさせる柊子の手を、博の手が強引に引っ張る。
「まぁ、負ける気はしないけど」
コツンとお互いの額を合わせると、彼は見たこともない顔で不敵に笑って見せた。