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私だけ  作者: snowman
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1ページ目


自分がこんなにも人を想うことが出来るなんて思わなかった。



たとえそれが叶いはしないものだったとしても・・・



 初恋はいつだっただろう。

そもそも恋をしたことがあったのだろうか。

これまで私の中を行き過ぎていった感情が、すべて薄っぺらなものに感じられる。

初めて会った時の記憶はもうすでに曖昧になってきてしまったけれど。



 就職をして初出社の日。

飲食業界に入った私は、まさに男社会の真ん中に落とされたようだった。

金曜日の忙しい夜に、何をしていいのか分からず「はい」と言う返事だけでキョドキョドと動いていた。


 そんな中に現れたのが彼だった。


 忙しい中「おはよーざいます」と言いながらキッチンに入ってきて、すぐにチーフに変わりストーブでパスタを作り始めた。

短髪に髭の生えたその風貌に、少し恐かったのを憶えている。


 その後に詳しく聞くと、彼は元々うちの会社の店でチーフをしていたらしく、忙しい金曜日の夜9時から朝の3時まで手伝いに来てくれているそうだった。

初対面の時の少し人見知りな彼も、今は遠い過去の曖昧な記憶の中。





 二度目に会ったのは次の金曜日だった。

私以外全員が男の職場で、私の歓迎会をしてくれたのだ。

金曜の仕事が終わった後。夜中の3時も過ぎた頃。

「隣に座れ」と彼に言われ、恐くて逃げてしまった。

これから、どれだけ彼のことを想うかも知らずに。




 あんなに恐がっていたにも関わらず、私は彼にすぐに心を開いていた。

仕事では週に一度しか会わないけれど、自分の昼休憩中などに顔を出して「元気か?」と声をかけてくれた。

チーフと上手くいかなくて職場がピリピリしてしまった時も、鼻歌を歌っておどけて空気を和ませてくれた。

私が黙々と仕事をしていると、ちょっかいを出してきて笑わせてくれた。

彼の行動すべてが、上京して慣れない職場で追い詰められていた私を救い出してくれた。


 最初は逃げてしまった彼の隣の席も、私の指定席になった。

金曜日、仕事が終われば彼と御飯と御摘みを作って皆で飲んだ。

皆で飲んでいても、私は彼の隣に座っていつも二人で喋っていた。

くだらない話も仕事の相談も全部彼に話した。

お酒を飲むと記憶をなくしてしまう彼。

それでも相談ごとはいつも真剣聞いてくれて、私が間違っていれば叱ってくれた。


 彼が大好きでしかたなかった。


 歳の離れたお兄ちゃんが出来たと思っていた。


 その思いが変化していくことに気付きながら、私は懸命に気付かないフリをし続けた。


 決して叶いはしない恋だと分かっていたから・・・



 始めて会った時から知っていた。

彼には永遠の愛を誓った人がいること。その人との間に子供もいること。

すべて知っていて、この気持ちには堅く堅く蓋をしようと決めていた。


 

 そんないつもの金曜日。

仕事も終わり始発で帰ろうとしていると、

「今日バイクで来たんだ。お前の分のメットも持ってきたから」と言われた。

嬉しくて嬉しくて喜びを隠し切れずに表現していた。

始めて乗るバイク。

ヘルメットの被り方が分からない私は、彼に被せてもらい後ろに跨る。

たった十分程度の帰り道。

本当にこのままで居たいと思った。

家に着き、御礼を言って部屋に入った瞬間に涙が零れた。


 もうダメだ・・・


 堅く堅く閉じた蓋が、ガラガラと脆く崩れ落ちる音がした。

この想いを隠し切れない。

それでも自分では認めざるを得なかった想いを彼の前では隠し続けた。

いや…彼はずっと私の気持ちに気付いていて、気付かないフリをしていたのかもしれない。。



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