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恋の温度  作者: 穂高胡桃
9/17

ひとりぼっちの新婚生活 ①

「凌さん、スムージーだけでもいいから飲んでいってください!」


スタスタと玄関へ行ってしまった凌さんを追いかけて、今出来たての鮮やかグリーンのスムージーのグラスを差し出す。


「いらない」


バッサリと言い捨てられたけど、これはいつものこと。


「一口でもいいから飲んでみてください。今日のは絶対!に美味しく出来てますから」


うんうんと自分で頷きながらもう一度グラスを差し出す。そう今日のスムージーは葉っぱ臭くなくて大丈夫。とにかく一口飲んで欲しくてもう靴を履いて玄関を出て行こうとしている凌さんを引き止めているのに、返ってくる言葉は冷たい。


「俺はいらない。そんなに美味いなら俺の分まで飲めばいい」


そう言ってドアを開けて行ってしまった。


「あっ・・」


まだ行ってらっしゃいを言ってないのに行っちゃった。頬を膨らませながらトボトボとリビングに戻り、テーブルに戻る。今日もテーブルに並べた朝食に手をつけてもらえなかった。


「焼きたてのパンもフカフカなんだけどな・・」


小さなテーブルロールを一口分ちぎって食べてみる。


「うん、美味しい」


独り言を言いながら、さっき凌さんに飲ませようとしたスムージーを一口飲む。


「もう少しリンゴを入れた方が美味しいかなぁ?」


グラスを見つめながら、う〜んと唸る。

毎日試行錯誤に作り続けているのに、凌さんが飲んでくれることはない。最初はフレッシュジュースを朝食に並べたけど、そのどれにも手をつける事がなかった。凌さんの体が心配になり、野菜も栄養も簡単に取れるようにスムージーを毎日レシピを変えて作っているけど、凌さんには「いらない」と一刀両断されてしまう。

念願の凌さんとの結婚が叶い、新婚生活を始めて3ヶ月。凌さんの帰宅はいつも遅く、彼の希望で寝室は別となった私達はほとんど会話する時間もない。

だからせめて朝食の時はと、張り切って作っても素通りされてしまっている。

結婚式に参列してくれたみんなは口を揃えて「笑わない新郎」と言っていた。

それでも凌さんの隣にいられることが嬉しくて、どうしたら凌さんが喜んでくれるか?ってことばかり考えてしまう。


「凌さんの笑顔が見たいなぁ。どうしたら笑ってくれるのかなぁ?」


そんなことを考えながらテーブルに並べた朝食をペロリと食べ終わってしまった。


「さぁ〜てと、掃除でもしようかな」


気持ちを切り替えてまずはテーブルの上の皿を下げて洗ってから、掃除機を手にする。

マンションだから階段はなく、ワンフロアを滑るようにコードレスの掃除機でくまなく綺麗にした。そして玄関そばのドアの前で立ち止まる。


『俺の部屋は入るな。掃除もしなくていい』


そうきつく言われている。

最初は凌さんが遠慮しているのかと思って一度だけ掃除をしに入り、本や雑誌を揃えておいたことがある。そしたら帰宅した凌さんにすぐに呼ばれて叱られた。

それからは完全に立ち入り禁止。

それでもいつも気になって部屋の前で立ち止まってしまう。


「う〜ん、やっぱりだめだよね」


あきらめて玄関周りの掃除をする。


「ここにもっと写真を飾りたいなぁ」


シューズボックスの上に飾ってある結婚式の時の写真を見ながら、ほこり落としでササッと綺麗にする。

唯一2人の写真の凌さんは笑っていない。でもタキシード姿の凌さんはメチャクチャ格好良い。

今この写真を見てもドキドキしてしまうくらいタキシードが似合っている。この写真は私の宝物なんだ。


「凌さん早く帰ってこないかな・・」


会いたい、すぐに会いたくなってしまう。


「今日は帰って来るかなぁ・・」


つぶやく声が小さくなる。

遥香は毎日夕食を作って凌のことを心待ちに待っているのに、連絡もなく凌は帰らない日がある。

この3ヶ月でそんな日は何回もあった。

最初は連絡もなく帰らない凌のことを心配して朝まで起きていたが、帰って来たのはその日の夜中。

帰宅した凌に詰め寄るように昨夜の事を尋ねると、「女のとこに行っていた」とあっさり答えた。

その言葉に驚いたけど、その意味を察知してそれ以上は何も言えなかった。それから繰り返す外泊に驚きも悲しみも胸に痛く広がる。

でもそれはちゃんと理解していたこと。


―凌さんには今も付き合っている人がいる―


どんな人なんだろう。凌さんはその人のことが好きなのかな。

その人には笑顔を見せるのかな?

いろんなことを考えて落ち込みそうになる。

毎日用意している夕食も、本当は用意しなくてもいいと言われている。帰宅は遅いから済ませてくると。

それでももしかしたら早く帰って来る日があるかも・・と期待を胸に夕食作りに頑張ってしまう。未だその日は来ていないけど。

帰って来るかも分からない人を待つ日々。

それでも愛しい人の帰宅を心待ちにしてしまう。

夜寝る前に愛する凌の顔をひと目見たいと。

そんな気持ちに反して、遥香は凌に約束をさせられていた。


ー外泊をしなくても深夜12時を過ぎても帰宅しなければ、自分の部屋で先に寝るようにとー


その約束をしっかり守る遥香だった。

それでも毎日凌にこの家に帰って来て欲しいと願っていた。


「凌さんの家はここだよ・・」


そうつぶやきながらまだ見ぬ凌の付き合っていると言う相手を想像してしまう。


「ダメダメ!余計なこと考えちゃだめ」


頭をブンブン振って雑念を払う。

今ある幸せを大切にしないと。

そう自分に言い聞かせてまた掃除機を手にし、スイッチをオンにして掃除の続きに精を出した。



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