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恋の温度  作者: 穂高胡桃
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条件 ③

遥香の言葉に凌は一瞬瞳を開いて驚いた。

箱入り娘の汚れがない彼女の口からそんな言葉が出るとまでは思ってもいなかったからだ。


「自分の言っていることの意味が分かっているのか?」


「はい、ちゃんと分かっています」


凌から軽蔑にも似た視線を強く向けられて、遥香はうつむき顔を真っ赤にさせながら頷いた。

そんな遥香のことを凌は無言でしばらく見続けたが、軽くため息をつくといつもより柔らかい声で遥香に尋ねた。


「何故そこまでこだわるんだ。君の容姿と家柄ならいくらでも結婚相手は見つけられるだろう?結婚に焦る歳でもなければ、恋愛だってそれほどしていないだろ。それなのに結婚しても他の女と付き合い続けていいと言う君の考えのほうが俺には理解できないな」


遥香の顔を探るように見つめる。

どうしても目の前のまだ幼さをまとうお嬢様の姿からあのような言葉が出たことが凌には信じがたかった。

そして遥香もそんな凌の戸惑いを充分感じ取っていた。


「ごめんなさい・・でもどうしても凌さんと結婚したくて考えた結果なんです。凌さんは自由を求めている。それにお付き合いしている方がいるけど、結婚は考えていない。それなら私は凌さんの自由を全て認めます。それでもだめですか?」


「そこまでする価値が俺にはないと思うけど?」


「そんなことありません!私には凌さんが輝いて見えますから」


ブンブンと首を横に振って否定する遥香の必死さがどうにもトンチンカンで何だか可笑しくなり、凌はつい『フッ』と笑ってしまった。それは笑顔とは言えない表情だったが、遥香の胸は『ドキンッ』と強い鼓動を打ち心を甘く満たした。


「凌さんが結婚すると言ってくれるなら、どんな条件でも私は受けます」


「条件・・」


腕を組み瞳を少し細めながら「ふ~ん」とつぶやき、しばらくの間遥香のことを観察した。

そんな凌の視線にまで遥香は恥じらいを感じ、頬を染める。

そして遥香から視線を動かさなかった凌は、「はあ~」とため息をつき一度まばたきをしてから諦めたかのように告げた。


「わかった、結婚するよ」


「・・・えっ?」


突然の承諾に、遥香は思考が止まってしまった。瞳も口もポカーンと開き、凌の顔を見ているようで実際は焦点があっていなかった。

そんな遥香に凌は飽きれもう一度告げた。


「だから結婚するって言ったんだ。君はそれが望みなんだろう?」


「はい・・そうです」


コクコクと首を縦に振りながらも、凌の言葉を頭の中に巡らせた。


ー凌さんが結婚するって言ってくれた!ー


嬉しさで胸がいっぱいになり、胸の前で手を組んでギュッと握った。

体温がグッと上がり胸の鼓動は更に早くなり、遥香は頬を紅潮させ潤んだ瞳を凌に見せた。

そんな遥香を凌は冷めた瞳で見ながら、言い聞かせるように告げる。


「でも勘違いはしないでもらいたい。君に対する気持ちが動いたわけではないから。君が掲げた条件ってものが守られるなら悪くはないと思っただけだ。結婚についての期待はしないでもらいたい」


そんな凌のきつい言葉も、今舞い上がっている遥香には全く届かなかった。


「凌さん!ありがとうございます!」


「・・ちゃんと理解しているのか?」


目の前で満面な笑顔を見せる遥香を見て、凌は眉間にシワを寄せながら聞いた。


「はい!」


元気に縦に首を振って見つめ返してくる遥香に、瞳を閉じながらため息をついた。

何も知らないようなお嬢様が無謀な条件を出してまで自分と結婚したがることを、凌はどうにも理解できなかった。


「幸せになりたいと思うならこの結婚が成立する前に取り止めてくれ。言っておくが俺は君を幸せにはできない」


あくまでも冷たく対応する凌の言葉はもう遥香に動揺すら与えなかった。


「大丈夫です。凌さんがそばにいてくれるなら、もうそれだけで私は幸せになれるんです。凌さん・・・嬉しい・・ありがとうございます」


喜びに目を潤ませながらお礼を伝えてくる遥香から視線を少しそらし、凌は落ち着いた声でつぶやいた。


「自由はなかなか存在しないからね」


「え?」


遥香の反応に視線を戻したけど、焦点はいまいち合わないまま。それでも遥香は凌の瞳を見つめた。


「何だかんだ言ってもこの話に関して俺の意見は通らないらしいからな」


「・・・」


「うちの両親は君のことが可愛くてしょうがないらしい。あれから毎日うるさくてたまらない。この縁談を断ったら俺との縁を切る勢いでね。まあそれを承知で今日ここに来たけれど、君に驚きの提案をされたからね。それが守られるなら、まあいいかって妥協できたってわけだ」


「私、ちゃんと守ります。だから凌さんの条件を教えてください」


頷きながら真剣に凌を見た。自分が掲げた条件は決して嘘ではなかったから。凌からいい返事をもらえるならどんな条件だって飲む気持ちで今日の再会を迎えたのだから。

ただそれは恋愛というものをしたことがない遥香が、頭で考えた唯一の戦略だった。その先についてくる痛みなど想像することもできず、無謀なことだと躊躇することもなかったのだ。

それが今の凌と遥香にはうまく噛み合うことができてしまったのだ。

それが幸せなのか・不幸なのか今の2人には分からない。


「そうだな、とにかく俺の自由を守ること。結婚したからといって、世間一般の結婚生活を求めないでくれ」


「・・はい」


「それに君が提案したとおり、人間関係に感知しないこと。俺が誰と会おうと、誰を優先しようと詮索しないでくれ」


「はい」


「・・・本当にできるのか?」


疑いの眼差しを遥香に向けると、さっきと同じように真剣に『うんうん』と頷く。

本当にこの子は大丈夫なのだろうか?と凌は心の底から思ったが、いろんな意味で彼女は分かっていないのだろうと呆れながらもそれ以上の詮索はしなかった。


「それで?君の条件は何かあるの?」


「条件・・う~ん・・・あっ、あの・・呼び方を君じゃなくて遥香って呼んで下さい」


結婚の条件と言っているのに照れながら頬を染めて呼び名を求める遥香に、心底呆れながら凌は「あ、そう」と答えて流した。


そうして結婚という大きな人生の節目をお互いの利害で2人は決めたのであった。

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