条件 ②
凌さんとの約束の時間まで・・あと10分。
時計を見る度に胸の鼓動が強くなる。朝から今まで何度も何度も鏡を見て、どこかおかしな所はないか確認する。洋服も何度も着替え直して、姿見とにらめっこをした。
もう顔合わせではないから着物でかしこまるのも何か違う気がして、悩んだ結果ピンクベージュのフォーマルなワンピースを選んだ。
はやる気持ちで約束の30分以上前に到着してしまい、化粧室でもう一度あちこちを見直してからまだ凌さんのいない席に着く。
オーダーしたミルクティーを一口飲んだけど、全然味が分からない。それでも緊張をわずかに解す材料にはなった。
約束の時間になって何度かミルクティーを口にしていると、凌さんの姿が視線の先に見えた。
途端にさっきまで感じていたよりも強い鼓動が胸の中を打った。
「待たせてすまない」
私の正面の位置に立ち、ほとんど表情のない顔を見せた。それでも凌さんに会えた嬉しさに私の口元がほころぶ。
「いえ!全然待っていません」
つい興奮ぎみに何度も首を横に振りながら答えてしまった。そして席に着く凌さんを視線で追いながら、未だ変わらず硬い表情にまで胸がドキドキしてしまう。
そんな私に関心を見せる様子もなく、凌さんはコーヒーをオーダーして少しの間私から視線をそらした。
「あの・・今日はお時間を作って頂いてありがとうございます」
私の言葉にやっと凌さんが視線を合わせてくれた。
「俺の答えはハッキリと伝えたはずだ。それでも納得しない君がもう一度だけという約束だから仕方ない」
「ごめんなさい」
「いや、ただ約束通りここへ来ただけでこちらの返答は何も変わらない。礼儀として来ただけだ」
淡々とそう告げる。
予想通りの答えだけど、胸がツキンと痛くなった。
そんな私たちの重い空気を割るかのように『お待たせ致しました』と声をかけられて凌さんのコーヒーが運ばれてきた。そして短い間をおいて凌さんはコーヒーを口にした。その様子をボーっと見ながらも、胸は熱くなる。コーヒーを飲むその姿まで愛しさで切なくなる。やっぱり諦めるなんてできない。
「私じゃダメですか?」
NOと分かっていながらも、すがるように聞く。
目の前の愛しい人に認めて欲しくて。幼い頃のように、優しい笑顔を見せてもらいたくて。
「ダメだ」
私の想いを凌さんは短く冷たい声であっさりと切る。そんな凌さんの強い拒絶に胸に痛みを感じ、少しうつむきながら懸命に訴える。
「でも私達は許嫁です」
「まだ言っているのか。許嫁だろうが俺にその気はないと答えたはずだ。そんなに結婚したいのなら他の男を探してもらえばいい」
凌さんは何でもないことかのように、そう私に告げた。
酷い・・・他の男の人なんて。誰でもいいわけなんかない、私には凌さんしかいないのに。
凌さんの視線と言葉に負けそうになる。今日は絶対に凌さんに分かってもらわないと!と決心して来たのに、動揺して言葉に力がなくなり震えた声になってしまう。
「どうして・・ですか?」
つい涙目になってしまった私に少しだけ険しい表情を崩した。
「私ずっと信じていました。子供の頃から凌さんのお嫁さんになるんだって。昔遊んでもらった頃から大好きでした。ほとんど会えなくなってすごく寂しかったけど、おじ様とおば様から凌さんのことを聞いたり写真を見せてもらって、いつもドキドキしていたんです。凌さんは私の許嫁で、大人になったら結婚できるんだってずっと思ってきたんです。お父さんに言われたからじゃなくて、私は本当に凌さんのことがずっとずっと大好きなんです。ごめんなさい、だから・・諦めることはできません」
私がずっと想い馳せてきた気持ちを伝えた。
どうか分かってもらえますように・・・
真っ直ぐ凌さんを見続けても、その瞳からは何も分からない。
「お願いします、凌さん。私と結婚して下さい」
心をこめて私からプロポーズする。
そんな私を見ていた凌さんは、ため息をついた。
「これじゃこの話は終わらないだろう」
「終わりにできません」
「必死だな」
軽蔑のような視線を向けられる。それでもその瞳に負けないように私も目力を入れて返す。
「必死です。愛の告白ですから」
「だったら空気を読むんだな」
私の攻防はあっさりと交わされてしまい、空しさに眉間にしわが寄ってため息が出てしまう。
どんな言葉も気持ちも凌さんにはまるで埃のように払い落とされてしまう。
許婚という立場も、凌さんにとってはその辺の通りすがりの人と変わらないのかもしれない。
それでも・・凌さんが欲しい。
「凌さん、この前付き合っている人がいるって言ってましたよね」
「ああ」
「でも結婚相手とは考えていないって言いましたよね」
「言ったよ」
何でもない事のように返事されるのも複雑だけど、自分が今日まで考えてきた事を伝えるにはいいきっかけとなった。
私にはもうこの切り札しかない・・
自分に言い聞かせて深呼吸してから真っ直ぐ凌さんを見つめて最後のお願いをする。
「凌さん、他の方と付き合い続けてもいいから私と結婚して下さい!」