温度差 ④
凌さんからなんとか次に繋がる言葉をもらえて安堵のため息が出た。
本当にさっきまでの凌さんの表情・言葉・空気からは拒絶しか感じられなかったので、もう一度会ってもらえるという言葉を聞いた時は頬が熱くなり胸がいっぱいになった。
決して前向きな答えじゃなかったけど、あの場で終わらされることだけは防ぐことができた。
そしてその場の空気も和み『とりあえず今日のところは・・』と、お父さんが挨拶をして席を後にした。
私が席を立った時も部屋から出るときも凌さんは視線を合わせてはくれなかった。
笑み一つ見せず冷たい言葉や態度しか表さなかったのに、たまらなく凌さんに惹かれてしまって。今まで長い間思い描いてきた再会ではなかったけど、私にはやっと凌さんに会えた嬉しさが全てを埋め尽くしていた。
そして帰り道、車の後部座席で私の両隣に座るお父さんとお母さんに今日のお礼を伝えた。
「お父さんお母さん、今日はありがとう」
私の言葉にお母さんは『ふふっ』っと笑って柔らかい笑い声を返した。
「どうしたの?急に」
「うん、凌さんがもう一度会ってくれるって言ってくれたのはお父さんとお母さんのおかげだもの」
「そう?」
お母さんは首を傾げながら微笑んでくれた。
「そうだよ。凌さん、はっきりと結婚できないって言っていたもの」
「うん・・」
少し困った顔を見せながらお母さんの視線が少し下がる。自分の娘がバッサリとお見合いを断られるなんて、やっぱり複雑だよね。親だったらむしろ悲しかったり腹立たしかったり、そういう感情も持つものだろうし。だけど2人共冷静に対応をしてくれた。その上で凌さんに簡単に答えを出さないで欲しいと話をしてくれた。
「ごめんね・・」
何だか申し訳ない気持ちになって頭を下げると、隣にいるお父さんがその頭を優しく撫でてくれた。
「遥香どうした?」
「せっかくのお見合いだったのに、ちゃんとできなかったから。凌さんにもわがまま言っちゃったし」
凌さんが私の事を嫌がっていた顔を思い出すと胸が苦しくなる。あの場で終わらせようとしていた凌さんに、私は自分の気持ちを押し通してしまった。そんなやり方は正式の場では失礼だったと思う。でもあそこで頷くことはどうしてもできなかった。やっとこの日が来たのだから。ずっとずーっとこの日を待ち望んでいたのだから。
「遥香の気持ちは分かっているよ。お前がどんな思いで今日のお見合いを迎えたのか。確かに凌くんの言っていたことには私も驚いたが、お前がもう一度・・と凌くんを説得したんだろう?だったら遥香らしさを出して頑張ってみなさい」
「お父さん・・」
温かい言葉が心を満たしてくれる位に嬉しかった。娘の許婚と決めていた相手の凌さんが結婚を断っても怒りを見せず、私に笑顔まで見せて応援してくれる。
そんなお父さんと私の会話を聞いて、お母さんは『プッ』と吹き出して笑った。
「もう~お父さんたら本当に遥香に甘いわね。昔からそう、遥香のお願いとか何でも聞いていたものね」
お母さんは困った顔をしながらも、微笑みも見せてくれる。
こんな風に私はいつも両親に見守られて来た。温かい親の愛情を沢山与えてもらった。
そんな2人も心から凌さんとの結婚を望んでいてくれていた。
「遥香のお願いだったらな。それに私の知っている凌くんは悪い子じゃないしな。男として仕事も頑張っている様子はあちこちでも聞くしな」
そう言って笑顔を見せてくれたお父さんの肩に頭を軽く寄せて「ありがとう」とお礼を伝える。
するとすかさずお母さんがまた『ふふっ』と笑った。
「ほらね~甘い甘いお父さんよね。でも遥香は今日の凌さんの言ったことを聞いて私達がもし反対したとしても、諦めるとは言わないでしょう?」
「うん。でも何かすっごく私との結婚嫌がっていたし・・付き合っている人がいるって言っていたよね・・・。付き合っているってことは、その人のこと好きなんだよね・・」
言葉にしながら何だか急に不安になってきた。その人のことが好きで、私は・・嫌われている?おじさまに押し付けられた迷惑な存在?そうしたら許婚って何なんだろう。
「遥香が聞きたいことちゃんと聞いていらっしゃい。凌さんにも色々あるみたいだし、もう一度だけって言ったら本当にそうかもしれないわね。だったら自分の気持ちはちゃんと伝えてもいいんじゃない?私も親ばかだから遥香の応援するわよ」
そう笑って言ってくれた。ずっと自分のわがままを凌さんに押し付けてしまったことを後悔していたけど、お母さんの言う通りこれで最後になってしまうのならば、ずるくても私の気持ちをぶつけてしまいたいと思った。