温度変化 ①
目が覚めてぼやける視界と身体を包む毛布の心地良さに二度寝したい気持ちになる。
「うーん・・」
もう一度瞼を閉じてまどろもうとしたところでふと気付く。
ーあれ?いつ寝たんだっけ?ー
うん?と考えて寝る前の事を思い返してハッとする。
ーそうだ!確かバルコニーにいたはずなのに、どうして私ベッドで寝ているの?ー
ガバッと起き上がってベッドから出て部屋を出た。
その勢いでリビングまで行きバルコニーに出る窓を見れば、ちゃんと施錠されてある。
ー私・・あれから自分の部屋まで行ったんだ・・・ー
寝室に行った事をどうにも思い出せず顔をしかめる。
思い出せるのはバルコニーで泣いていたところまでの記憶。
寄り添って歩いていた凌さんと女性の姿を思い出すとまた胸の痛みを憶えて、ブンブンと激しく頭を振った。
するとズンッと鈍い痛みを頭に感じて、そのままソファーに腰を下ろした。
こめかみを抑えながら瞳を閉じてその痛みが治まるのを待った。
そして時計を見れば6時前。
「いけない!もうこんな時間」
朝になってしまったことを今更ながら感じ、昨日の服のままメイクも落としていない姿を恥じて急いで風呂場へと駆け込んだ。
本当はゆっくりとお湯に浸かりたいけど、そんな時間はない。
凌さんが起きる前に朝ごはんの支度をしたいから。
メイクを落として、熱いシャワーをサッと浴びてからいつもと変わらない朝の準備へととりかかった。
コーヒーをセットして、冷蔵庫から卵・ベーコン・レタス・トマト・きゅうり・オレンジ・バナナ・ヨーグルトを次々に取り出す。
まずはサラダの準備。
そしてベーコンエッグを作り、食パンをトースターで焼いている間にオレンジとバナナをカットしてヨーグルトのうえにトッピングした。
もう一度冷蔵庫からドレッシングとバターとジャムを取り、全てをダイニングテーブルに運んだ。
そして最後の仕上げにグリーンスムージーを作り完成!
「よし、間に合った」
なんとかいつも通りの時間に仕上がり満足の笑みを浮かべた。
そしてバタンっとドアの音が聞こえた後、リビングに凌が姿を現した。
「おはようございます!」
「・・・・・」
遥香の無駄に元気な挨拶に対して、無表情に遥香を見る凌の返事はない。
いつもなら『おはよう』と挨拶くらいは返してくれていたのに、今日に至ってはそれすらないことに遥香は『ん?』と思い、凌のそばに寄って行った。
「凌さん?」
目の前で我が夫の顔を見上げながらその様子を探る。
そんな私に不機嫌そうな眼差しを向けてくるので気になって仕方がない。
「どうしました?ご機嫌斜めですか?」
その問いに片眉を上げて「君は朝から随分と元気だな」と返してきた。
「え?そうですか?ああ、昨日は早く寝ちゃったのでお風呂も入っていなかったからバタバタしちゃいました」
「・・・・・」
何も言葉を返してこないのに、冷めた眼差しでジーッと顔を見てくるので私も目を離せなくなる。
「凌さん?」
「そりゃ良かったな」
私の問いかけに『フンッ』と鼻で笑いながらキッチンへ行き冷蔵庫から炭酸水を取り出した。
そしてダイニングテーブルの席に座り、タブレットで何やら見ながら炭酸水をグイッと飲んでいる。
毎朝凌さんは起きるとすぐ洗面所へ行って洗顔と歯磨きをすると自室へ戻り、スーツに着替えるとそのまま玄関へ向かってしまう。
ほとんどダイニングテーブルについてくれることがないのだ。
でも今日は席に着いている!
それを見て遥香はチャンスだ!とばかりに声をかけた。
「あっ!凌さん。ご飯食べて下さい」
「いらない」
「じゃ、スムージーだけでも」
「いらない。いつも言ってるだろ。それなのに君はいつもスムージー・スムージーって、朝からそんなドロドロしたもの見るもの嫌だ。押し付けられても迷惑だ」
そう言いながら顔をしかめた凌に、遥香は言葉を返すことができなかった。
押し付けてきたつもりはなかったのだけど、言われてみればそうなのかもしれない。
そう思うと手に持っていたスムージーの入ったグラスを持つ手がだんだんと下がり、コトンッと音を立ててテーブルの上へを置き戻した。
「すいません・・」
引きつった笑顔を見せて笑う遥香を見て、凌もさすがに気まずさを感じた。
いつもテンションの高い遥香しか見たことがない凌は戸惑いを感じ「いや・・そういうわけじゃなくて」と言葉を濁した。
いつも冷淡に接していたはずの凌だったけど、昨夜遥香をベッド運ぶ時に見た赤い瞼と頬に残っていた涙の後を思い出して、何故だか気まずい気持ちになったのだった。
「・・・昨日さ・・」
そう凌が言いかけた時、その場の空気を破るように遥香が両手をパンっ!と叩いた。
突然の事に凌は驚き、目を見開いた。
「私!洗濯してきますね」
宣言をするかのように言い切ると、パタパタとスリッパの音を立てながら走り洗面所へ行ってしまった。
その後ろ姿を見ながら凌はつぶやいた。
「何なんだよ・・まったく」
また眉間にしわを寄せながら不機嫌さを表したが、昨夜の遥香の涙跡の残る顔と熟睡する顔の両方を思い出しまた複雑な感情が胸に沸く。
それを振り払うように残りの炭酸水を飲み干してため息を吐くと、出勤の支度をする為に自室へと戻って行った。




