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神の箱庭  作者: 雨月 雪花
第一章アーリッシュ編  全ての始まりの日
6/33

05

 



 次の日。目を開けた時に最初に入ったのは、ソファーの上で眠っているジーノの姿だ。

 ぼんやりとした頭であったためにアーリッシュは軽く背伸びをしてから、膝の上で眠っているチビが居ることを思い出す。すやすやと眠ったままなのを見て苦笑を零してから、見慣れない場所だと思った。

 そう思ってから、そう言えば、と思い出す。


 ――昨日、意味も分からずに『神の箱庭』とやらに飛ばされてきたんだった。


 全てが夢だったならばどれほど良かっただろうと思うも、現実はそう簡単ではなくて。思わず溜息を零した時に、ふと外から何か音が聞こえてくる。

 不思議に思ったアーリッシュは起こさないようにチビを抱き上げると、自分が座っていた椅子の上に寝かせると扉から外に出る。少し肌寒い風を感じたが、これぐらいの方が目が覚める。

 ふわぁ、と大きな欠伸をしながらも未だに聞こえてくる音の正体を探すために視線を動かすとすぐに見付かる。


「コトネ?」

「……おはようございます、アッシュ。お早いのですね」

「お前の方が早いだろ。……で、何してんの?」

「剣の稽古です。稽古は欠かさずに行わなければなりませんから」

「ふーん……、見慣れねぇ剣だな? 木刀みたいな感じか?」

「ああ……、竹刀、と呼ばれるものです。まだ弟子故に竹刀しか持たせて貰えませんでしたから」


 そこに居たのは、見慣れぬ剣を一心に振っているコトネの姿だ。その姿が意外過ぎた故に名前を呼べば、名前を呼ばれたためにすっと剣を下に下ろしてからゆっくりと振り返ってぺこりと頭を下げる。

 自分より早く起きた相手に言われる言葉ではないように思えて思わず苦笑を浮かべながらも、ただ何気なくそう問い掛けた。

 返って来た答えは極々当然の答えであったので頷きながらも、ずっと疑問に思っていたことを聞くとコトネは一瞬不思議そうな表情をしたものの、すぐに合点がいったように頷く。

 竹刀、と呼ばれる剣を見たことがなかったアーリッシュはしげしげと珍しそうに見る。

 さほど武器に興味がなかった自分だから知らなかっただけかも知れないが、こういう剣を使う剣技もあるということか。

 じっと見られているために居心地が悪いのか、コトネが「あの……」と声が掛けるとやっとそこで気付く。アーリッシュは少々罰が悪そうにしながらも、視線を外す。


「今日はどうするかな」

「そうですね……食料の確保はした方がいいのかも知れませんね。限りがあるのかどうかは分かりませんが、必要なのは確かでしょうから」

「あー……そうか、そうだな」


 視線を外してから憂鬱そうに息を吐きながら、まるで独り言のように呟く。

 何も知らない場所を探索しなければいけないのは確かだが、コトネから言われた言葉も尤もであったために頷く。

 どれだけの人間がこの場所に連れて来られたかは知らないが、食料に限りがある可能性は確かに考えるべきだ。限りがあるのなら全員で協力しなければいけないような気もするが、そこまで不親切であるようには思えない。

 いくらでも用意してくれるのだとしても、食料は確保しておいて損はないだろう。


「ついでに探索でもするか。コトネの剣には期待してるぜ」

「え、あ、はぁ……。まだ、未熟者ですが……」

「俺よかマシだろ。ジンは体術だから……そこら辺は、お前ら二人で何とかしてくれ」


 アーリッシュが今日の内容を大体決めながらぶつぶつと呟いてから、ふと思い出したように言う。

 突然言われたことに対してコトネは目を瞬かせながらも少々申し訳なさそうに言葉を紡ぐのだが、ひらひらと軽く手を振りながら最終的には投げ出す。

 戦いのことも考えてくれ、などと言われたらキッパリと断らせて貰うつもりだからなのだが。

 元々、自分がリーダーの器ではないことは理解しているつもりだし、誰かに指示を出したりするのは性に合わない。だからこそ、今の状況は嫌で仕方ないのだが、諦めるしかないと思っている。

 真面目に考えだしたコトネを伴う形で家の中に戻っていくと、最初に見えた光景はミルフローラがチビを撫でている姿だ。触られたことで目を覚ましたチビだが、心地よさそうに鳴いている。


「おー、はよー、アッシュにコトネちゃん」

「おはようございます。……ミル様は一体何を……?」

「いやー、それがチビが可愛いとか何とかで、触ってたら懐かれた、的な?」

「すごく人懐こいから……アッシュのおかげ、かな?」

「さぁ……作った張本人は懐いてないみてぇだけど」

「うっ……言うな! というか懐いてないんじゃなくて、言う事聞いてくれないだけだって!」

「それが懐いてないと言うのでは……?」


 外から戻って来た二人に対して挨拶をしたジーノに挨拶を返したコトネは、不思議そうにミルフローラ達の光景に視線を向ける。

 説明しようとしながらも最後には疑問形になると、ミルフローラは嬉しそうに笑いながらもアーリッシュを見て首を傾げた。

 アーリッシュはさほど気にしたこともなかった事であったがふと思い出したようにジーノに言うと、必死に反論したジーノにコトネはただ思ったことを言っただけなのだが追い打ちをかける。

 がーん、と目に見えて分かるぐらいに落ち込んだジーノを見て、コトネは自分の言った事を思い出すと少し焦ったようにフォローをしに行ったようだ。

 朝から騒がしいな、と思いながらもミルフローラの視線が自分に向いていることに気付いたアーリッシュは、どうした、と言わんばかりに視線を返す。


「あの、チビちゃん……持っててもいい?」

「は? ……あー、まぁ、構わねぇけど。チビいないと俺は困るから、俺の傍に居てくれりゃそれでいいか」

「……うん!」

「きゅっ、きゅー」

「……随分懐いたもんで」


 少しだけ言い辛そうにしながらもミルフローラがお願いするように告げると、言われた言葉に少しだけ考える仕草を見せる。

 チビが近くに居ないのは困る。戦闘になった時に絶対に必要になると分かっているが、近くにさえ居てくれれば何とかなると思ったのか頷いて了承しつつも、一応は、と付け加えるように言う。

 許可が出ると思わなかったのかミルフローラは嬉しそうに笑いながらも頷けば、そっとチビを抱き上げる。そうすると嬉しそうに鳴き声を上げるために、アーリッシュは苦笑を浮かべてぽつりと零した。

 あまり人と接する機会がなかったのは確かだが、ジーノに懐いていなかったからそれほど人に懐かない性質なのかも知れない。なんて思っていたのは間違いだったようだ。

 そう言えばゼクトにも普通に懐いていたような気がしたのを思い出して、ジーノだけか、と思いながらも少しだけ視線を落とす。


「……アッシュ?」

「……何でもねぇよ。……ジン、コトネ、食料集めついでに探索行くぞ」

「あ、は、はいっ。行きましょう? ジン」

「おー……気分を入れ替えて行こう! 朝ごはんも食べたいしな!」


 そんなアーリッシュに気付いたミルフローラは心配そうに声を掛けると、何でもない、とばかりにふるふると首を横に振る。

 その後に未だに落ち込んだジーノを慰めているコトネに対して声を掛けると先に家から出て行ってしまう。出て行くのを見て慌ててミルフローラが後を追うと、コトネもジーノに声を掛ける。まだ気にしている様子だったが、自分にそう言い聞かせるとコトネの手を取って家の外へと引っ張って出て行く。

 突然手を取られたコトネは引っ張られるままに出て行くことしか出来なかったが、ほんの僅かにだけ表情を緩ませていたのだった。





 最初に言えば探索の目的の一つである食糧確保の件はあっさりと終了した。

 説明するのなら昨日見掛けた天使らしき白い翼を付けている女性は「食事が必要な時にいらしてくれれば提供します」との答えをくれた。持ち帰りもありかと聞いたら、肯定してくれたためにとりあえずは数日分の食料を簡単に確保出来た、という感じだ。

 食材で売っている場所も見付けることが出来たために、食べ物に関しては何ら心配はいらないようだ。

 自分達と同じようにこちらに飛ばされてきた人達の姿はまばらになっており、それぞれ行動を開始したという感じだろうか。

 生きる気力を無くしてその場に座り込んでいる人達には同情はするものの、声を掛けてやる気にはならない。のはどうやら自分だけだったようで、アーリッシュ以外の他の三人はと言えば声を掛けたり、食料を分けていたりするのが見て取れたために、はぁ、と溜息を吐く。

 真似をする気には到底なれなかったために声を掛けることはせずに、探索を続けることにする。

 とは言っても昨日のあの声を信じるのであれば、ここは一階層と呼ばれる場所のようだがどれだけ広いかは分からない。一日で全部周るのは無理かも知れないな、と思うとまた深々と溜息をつきながらも辺りを見回す。

 同じような建物がずっと続いており、店は色々な種類があるようだ。確かに必要最低限、必要なものは揃えてくれているようで。


(ますます、何がしたいのか分からねぇ……)


 殺したい、という訳ではなさそうだ。それだけなら、こんなに親切に物を揃える必要はなさそうだ。

 それなのに″安全″は保障しないのだからいい加減、詳しい話を聞かせて欲しいと文句を言い付けたい。

 無造作に髪を掻きながらまた溜息が零れそうになった時、がきんっ!と何かがぶつかったような音が聞こえて、何事だと言わんばかりに振り返る。


「コ、コトネ……!」

「だ、大丈夫ですから……お下がり下さい……!」

「コトネちゃん! ……っ、この……!」


 視界に入って来たのは、子供ぐらい――いや、それ以上に小さなまるで人形のような感じの存在が剣を振りかざし、コトネが竹刀で受け止めた所だったろうか。

 ジーノもすぐに気付いたのか、ちっ、と舌打ちをすると勢い良く蹴りを人形に当てようとすると、すっと一歩後ろに下がる。

 意味が分からない存在の登場に反応が出来なかったアーリッシュであったが、じっと突然現れた「敵」を見る。

 見た目はただの人形にしか見えない。だが、その人形がどうして動いているのかがさっぱり分からない。元々意味が分からない場所なのだから何が起こってもいいような気がするが、さすがにこの状態は驚くことしか出来ないだろう。

 ただ、あの一体だけならば何とかなる。と思ったのだが、上からいきなり数体の人形が降って来る。


「……なっ!」


 アーリッシュが思わず声を上げれば、それはここだけではなく、様々な場所に落ちているようで嫌でも戦わなければいけない雰囲気だ。

 ″安全″を保障しないとはこういう意味か、と理解しながらもアーリッシュは三人へと駆け寄る。


「アッシュっ!」

「あー……、ジン、コトネ。ちょっと一か所にあいつら集めてくれないか」

「は? は、はぁ……多分出来ると、思いますが……」

「お、アッシュの得意技、出る?」

「得意でも何でもねぇよ。……っつか、さっさとやれ」

「はいはい。コトネちゃん、無理しない程度にね!」


 ミルフローラがほっと安心したように名前を呼ぶと、それには軽く手を振って応えることにし、アーリッシュは二人に対して言う。

 突然言われた事に理解出来なかったものの、素直に返事をしたコトネとは違い、こんな時でも軽い調子で言うジーノにキッパリと言い切れば、追い払うように手を振る。

 ひどい扱われようだったが気にした様子も見せず、ジーノはコトネに対して一言声を掛けると勢い付けて人形に突っ込んで行く。

 それを見たコトネはどうするべきかと思ったが、ミルフローラはアーリッシュが守ってくれるのだろうと判断すると竹刀を改めて構えると、ジーノと同じように走る。

 足音をあまりさせずに走ったコトネは、ふっと身体の力を抜くと狙いを付けた人形の死角に回り込むとその人形に竹刀を当てて、ある一か所に投げるように飛ばす。ジーノも同じように狙いを付けると勢い良く蹴って、コトネが飛ばした方向に人形を重ねながら、近くに居た人形達を一か所に集めたのを確認すると、アーリッシュは面倒にそこへとブレスレットがついている手を伸ばして向ける。


「アッシュ……?」

「俺の持ってる火の元素だけで足りるか……? ……まぁ、いいか。――『燃やせ』」


 不思議そうに名前を呼ぶミルフローラには何も言うことはせず、ふと思い出したように呟くもチビの中にある元素までは使わなくて大丈夫かと判断すると一言そう呟いた。

 その瞬間、重なっていた人形達は一瞬の内で燃え上がり、突然の光景にミルフローラとコトネは驚いたように目を見開かせる。

 ジーノは、おー、と感心するようにぱちぱちと拍手をしている。燃え上がった火が鎮火する頃には、人形の姿は跡形もなく燃えたようで灰のみが残ってる。

 それを確認してからアーリッシュは自分が付けているブレスレットを見てから、僅かに顔を顰めさせた。


(……ほとんど残ってねぇ……)


 元々容量が少ないとは言え、全部使うような羽目にならなくて良かったと思った。

 後はチビが持っているだけになるのが、それだけだと心細い気がしないでもない。あればある程いいのは確かなのだが、その内溜めた方がいいな、と考えながらもくいっと服を引っ張られたことに気付いて振り返る。


「ミル?」

「あの、今のって?」

「ああ……アルケミスト特有の元素を使った戦い方ってやつだよ」


 不思議そうに問い掛けたミルフローラと、こちらに戻って来たコトネにも説明するように答えた。

 ジーノがどこか得意気にうんうん、と頷いているのだけは癪に障ったが今それを追求するつもりはない。

 とりあえずは、アーリッシュは辺りを見回してからとりあえずは、場を切り抜けたことを確認してからふぅ、と小さく息を吐くとパチパチと拍手が聞こえてくる。――上から。



 ――お見事だね。一番格下のを使って貰ったけど……中々。とは言っても数人は犠牲者が出たようだけど。



「……え?」

「……」



 ――……これで身に沁みて分かって貰えたと思うけど、決して″安全″じゃないよ。そしてボクの元に辿り着けない限り、この危険は永遠に続く。



 聞こえてきたのは、思った通りにここまで連れてきた張本人だろう、謎の少年の声。

 そこから紡がれた言葉にミルフローラは呆然とした表情を浮かべ、コトネがそっと目を伏せたのを視界に入れてからアーリッシュは無表情で空を見上げる。

 気付いているのかいないのか、その声は当たり前のように言葉を紡いでいく。



 ――さぁ……、″種″を宿す者達よ。自らの内にある″種″を芽吹かせ、蕾を付けておくれ。そして花開くものが現れることを望んでいるよ。



 謎の言葉を残して、すぐに声が聞こえなくなってしまう。


(また、″種″ね……)


 あの声は自らの内にあると言っていた。つまりは身体の中にあるということで、その″種″が芽吹き、蕾をつけた時、何かが起こるとでもいうのだろうか。

 起こるのだろう、多分。その可能性を持っているからこそ、自分達はここに連れて来られたのだ。


「……。相手さんは、オレ達が死んでも構わないみたいだなー」

「らしいな」


 ジーノはぼんやりとした表情で空を見上げながら、二人に聞こえないように小さな声で呟く。

 唯一聞き取ったアーリッシュは、溜息交じりに同意しながらも、結局は自分達が出来ることなど限られていることを思い知るのだった。


 


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