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神の箱庭  作者: 雨月 雪花
第一章アーリッシュ編  全ての始まりの日
2/33

01

 



 この世界の名前は――「ランヴァイル」。そしてランヴァイルにあるたった一つの大陸の、北の方に有名な一つの街が存在した。

 「ミステール」と呼ばれるその街は、通称「錬金術の街」。

 唯一、錬金術の研究が盛んな街として有名であり、その中央にはアカデミーと呼ばれる錬金術師育成機関がある。

 そのアカデミーを優秀な成績で卒業すると、特別に個人専用に工房が与えられ、与えられている錬金術師達の名は大陸全土に広がっていく者も少なくはない。

 ミステールの玄関とも呼べる出入り口から程近い場所に建っている一軒の工房には、一人の錬金術師が住んでいた。アカデミーではトップの成績を収めて卒業した、アーリッシュ=フォスターと呼ばれる一人の青年だった。

 アーリッシュは、無造作に置かれている長椅子に楽な姿勢で座りながら、ふわぁ、と暇そうに欠伸をする。


「……暇だな……」


 それはもう、一つの口癖と言っても良いほどに彼の口からは良く零れる言葉の一つだった。

 基本的にアカデミーを優秀な成績――しかも、トップの成績で卒業をした実力の持ち主ならば、本来であれば暇と言える余裕がないほどに忙しいはずなのだが、彼の工房を訪れる者は極端に少ない。

 実力は確かだ。同業者から見ても錬金術師としての腕は認めざるを得ないモノを持っており、誰もがその才能を羨望する。

 だが、優秀すぎるその才能に加えて彼の性格も上乗せされて反感を買うことが非常に多いために滅多に客が訪れることはなかった。

 生活に困らない程度には仕事が出来ている。彼はそれでいいと考えている部分があり、特に焦る様子も見せなかった。


「きゅー!」

「……んー……? チビ、お前、元気だな」


 ぽすん、と軽い衝撃でアーリッシュの胸元辺りに飛び込んできたのは小型のドラゴン。

 チビと呼ばれたドラゴンは、胸元に擦り寄っており、そんなチビを苦笑交じりにアーリッシュは優しく撫でてやる。

 ――チビはホムンクルスと呼ばれる疑似生命体で、アーリッシュにとっては欠かすことの出来ない大切な存在でもあったりする。ホムンクルスを作れる技量がある錬金術師は早々いないとされているのだが、人型でなければ意外とそうでもない、らしい。

 そう言うのも、チビを作ったのはアーリッシュではなく、彼の友人であるからなのだが。

 友人曰く、「チビは小さいし、そこまで難しくはないなぁ」と言っていたのだがその辺りの錬金術師にこの言葉を掛けてやれば悔しがるか、怒り狂うか、はたまた泣き喚くか。

 どちらにしろ良い印象は持たれないだろう。とは言ってもアーリッシュにしてみれば、どうでもいい事であるのでさほど気にすることもなく、チビとは余程のことがない限りは一緒に居る。

 チビはと言えば、撫でられる感覚が心地良かったのか既に眠りそうな様子で。それを見たアーリッシュも寝ようと思い、目を閉じようとしたのだがその前に、コンコン、と控えめなノック音が聞こえた。


「……うん?」


 珍しい、と思った。客自体が珍しいのもあるのだが、こうやってノックされたのは本当に久しぶりなような気がする。

 馴染みの客ではないのだろうと思うとアーリッシュは少しだけ出るかどうか悩みはするも、無視するのはさすがにどうか、と思ったのか寝そうになっているチビを専用のベッドに移動させてから扉の方へと向かう。

 そしてそのまま、扉を引いて開けるとそこには見慣れぬ少女二人の姿が目に入った。

 アーリッシュからすれば、ほとんどの人が「見慣れぬ」存在であるのは間違いないのだが今度ばかりは本当に見たことのない少女達だった。

 一人は儚げなイメージというよりは、深窓のお嬢様と言った感じの雰囲気の女の子。もう一人は見た事のない剣のようなものを腰に携えており、見た感じ真面目な剣士風の少女。

 この辺りに住んでいる人達ではないのだろうとそう思ったアーリッシュであったが、ふと疑問に思ったように首を傾げた。

 別にミステールに外から人が来ないという訳ではない。逆に錬金術を求めて来る人の方が多い程だが、自分を訪ねて来るのは何かがおかしい気がする。


「あ、あの、こんにちは」

「……お初お目に掛かります」

「え? あー……どうも。とりあえずは、どうぞ?」


 見た目的にも対照的な少女達は、最初の言葉すらもその性格が滲み出ていて。

 最初こそ反応が出来なかったアーリッシュであったが、若干対応に困ったように首に手を当てながら軽く頭を下げて挨拶をし返せば中に入るように促す。

 彼女達は促されるままに家の中に入ると、物珍しそうに家の中を見ている。

 とは言っても自分の家では、珍しいモノはほとんどないように思えるが。アーリッシュはお茶でも出すべきか、と考えながらもその前に一人の少女から声が掛かる。


「え、えっと、その。わたし、ミルフローラ=シエロと言います。それでこっちが……」

「コトネ、と申します。ミル様の護衛をさせて戴いております」

「……ご丁寧にどうも。俺は、アーリッシュ=フォスター。錬金術師――アルケミストやってる」

「アルケミ、スト……? 錬金術師とは違う、の?」

「違いはしねぇけど。……知らないのか?」


 お嬢様の雰囲気が出ていた少女――ミルフローラと名乗った少女に続くように、剣士風の少女――コトネは丁寧にお辞儀をしながら自己紹介をする。

 名乗ってくれたのだが名乗り返さないのはさすがに失礼だと思ったアーリッシュも自己紹介をすると、その後に続いた言葉が聞いた事のない単語だったのか思わずミルフローラがそう問い掛ける。

 お茶の準備でもしようと思っていたアーリッシュであったが、問われた事に対して答えつつも何気なく聞き返せば二人はこくりと頷いて肯定をした。

 錬金術の街「ミステール」では極々当然の知識ではあるが、もしかしたら街の外では違うのだろうか。

 少しだけ考える仕草を見せつつも、特に呆れた様子は見せずに二人に改めて向き合うとゆっくりと話す。


「アンタらがどういう目的でここに来たかは知らねぇけど。……錬金術師には、二種類存在する」

「貴方が言うアルケミストともう一つに分かれると言うことですね」

「ああ、もう一方はマイスターって呼ばれてる」


 まずは大前提に、と言わんばかりにアーリッシュは二本の指を立てながら話し始めるとコトネは真剣に話を聞きながら、確認するように言う。

 それに対してはアーリッシュは肯定するように頷いてからもう一方の名前を出してから簡単にだが、二種類の特徴について話す。

 まずは、アーリッシュが当てはまる「アルケミスト」。

 こちらは一般的に知られている無から有を作り出したり、様々なモノを混ぜ合わせて新たなモノを作り出すという錬金術師ではない。世界に必ず存在している「元素」という自然界の源を自在に操る人の事を指す。

 主に出来るのは複製。戦いに用いることも可能だが、滅多にそちら側に特化している人はいない。

 そして「マイスター」。

 こちらが一般的に知られる錬金術師で、『物』を作ることに長けている人を指す。

 基本的にはマイスターの人口の方が多いとされている。とは言っても複製には数に応じて材料が必要となるために、アルケミストに依頼を出す人も少なくはない。


「分かったか?」

「何とか……。つまりは、えっと……アーリッシュさんは、物を作る人ではないってこと、だよね?」

「まぁ、そういうことだな」

「……ということは、ミル様。私達は他に探す必要があるということでは?」

「あ、そ、そうだね。『物』を作って欲しいっていう依頼のお使いだから」

「ふーん……。マイスターはこの街には数えられないぐらいいるからな、適当に探せば簡単に見付かる」

「あの、色々とありがとうございました、アーリッシュさん」

「別に、俺は何もしてないけど」


 出来る限り簡単に説明したつもりであったアーリッシュは確認を取るように聞けば、ミルフローラはと言えば必死に理解しようとしながらも分かったことを聞けばアーリッシュはあっさりと頷く。

 そこまでが分かるとふと気付いたようにコトネがそう声を掛ければ、ミルフローラは慌てたように自分がここまで来た理由を言う。

 それを聞き取ったアーリッシュは、ほぼ予想通りであったかのように頷けば一応は、とそう教えてやればぺこりと頭を下げて礼を言われる。

 お礼を言われるほどのことをしたまでではないと言わんばかりにひらひらと手を振って、和やかな雰囲気のまま、別れようとした時だったろうか。ばんっ、と少々乱暴に扉が開かれたため、ミルフローラは驚きで思わず身を固くし、コトネはと言えば咄嗟にミルフローラを背に庇っている。家の主であるアーリッシュは、頭に手を当てて疲れたように溜息をついたのだった。


 


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