第二話:人殺シ
爆炎に包まれた街を必死に守る数千の兵士たち、それらを軽くあしらいながら灰色の髪をした青年は中央に向かって前進を続けていた。晴人もまたその青年の背を追いかけながら必死に生死をかけた戦いにその身を投じていた。あたりの地面には多くの敵兵が絶命し血だまりが増えてゆく。直接的な人の死を見るのは二度目、壁の外で周囲魔法に焼かれた兵士たち、跡形もなくなったその姿を見て片腕だけが残された大地を見て、何度も吐きそうになった。目の前ではそれ以上の惨劇が起こりつつあった。腕をもがれる者、首をはねられる者、酷いのは獣人族による大太刀で一刀両断された死体だ、人間の臓器が地面に広がるさまはめまいが起こってしまいそうになるほどグロテスクな光景だった。
「し、死ねぇー!」
「ちょ、ちょとたんま!」
鎧を纏う血走った目の兵士は片手剣を大きく頭上に振り上げると突如として怒声を上げながら向かってきた。
「っつ」
甲高い鉄の触れ合う音が一瞬空間に響くと両手に振動が走った。それは咄嗟に抜いた剣から伝わったものだ。すかさず前へ体重移動を起し、全力で前に剣を押し倒した。受け止めるようにして敵兵の斬撃を防いだ形となっていた。
「っち!」
灰色の鎧を纏う兵士が兜の内からそう声を漏らすと、さらに力をまして振り上げてくる。
「ふざけんな! 俺はこんなところで死にたくないんだよ! いい加減にしろって!」
大きく横へ振り抜いた剣は兵士の剣を左へ弾き、兵士が一瞬よろめくのが見えた。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・・」
戦争、そこは人を殺す事の許された法の無い壊れた世界。
いくつもの死と生を繰り返す狭間の世界。
奪う者、救う者、多くの感情が入り組む不の螺旋が続く地獄のような場所。
(これは戦争なんだ・・・・・・)
人を斬ると言うことは殺すと言うことだ、剣を握ったその瞬間、その覚悟を持てと言われた。
傭兵キャンプの中で何度も言われて、最後は殺っていれば慣れるとまで言われた。
生きるためには仕方がない。家族を守るためには仕方がない。そう仲間の兵士たちは言っていた。
晴人は胸元で倒れこみ、絶命していく敵兵の兵士を血の気の引いた顔で眺めていた。
同時に兵士の胸元には深く右手に握られた剣が突き刺さり傷口から赤色の液体がポタポタと地面に滴るようにして落ち始めている。胸に突き刺さる剣をゆっくりと晴人は抜き取ると後ろへよろめきながら下がった。兵士はそのまま地面に倒れこみ傷口から大量の血を流して赤色の血だまりを生み出していく。
「俺は・・・・・・・」
両目を見開いたまま晴人は一瞬その場に立ちつくしてしまう。
まだ残る生々しい肉を指す感触、徐々に弱まっていった熱を持つ吐息、人から物へと変わってしまった屍を見据えながら晴人は自分の手に視線を移した。同時に握り締められた剣をさらに強く握り締める。
「死にたくない、けど殺すのもやだ。って、やっぱ無理だよな。殺るしかない、ここはそんな選択肢しか無い場所なんだよな」
それは一つの人生をこの手で終わらせてしまった自分への言い訳だったのかもしれない。人が人の命を奪う事など本来は許されない大罪なのだから。
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アドウィン中央区、セルダリオン教会の一室で白色の司祭服で身を包んだ葡萄色の長い髪を持つ男、セルダリオン・ルイアスは部屋中のありとあらゆる本を手に取り革袋に入れると足早に部屋を飛びした。部屋を出ると大勢の兵士たちが槍や剣を持って通路のあちこちで慌ただしく行動している。
「戻って早々、戦争が起こるなんて私は何故こうも運が悪いのだ?」
ここ、セルダリオン教会は数日前からウッドイールの軍隊により作戦司令部の拠点として軍に制圧されていた。セルダリオン教会の司祭の息子として育てられたルイアスは13歳の年、ウッドイールの中央神殿に修行に出され、つい先日修行を終えて戻ってきたばかりだった。
「彼らに天の加護があらんことを」
十字に手を交差させ、そう言うと、男はそのまま赤色の絨毯が惹かれた通路を進み教会の外へと飛び出した。街のあちこちで煙が上がり、遠い彼方から悲痛に悶える声が聞こてくる。
「どうやら押されてるようだね。ま、私には関係の無い事だ」
ルイアスはそう言って、地面に魔法陣を描いていく。
人一人が入れる程の小さな楕円の形の魔法陣が数分で完成すると、彼はその中へ一歩進み、
「彼方へ」
ルイアスは司祭の中でも飛びぬけた才能を持っていた。神術と呼ばれる司祭たちが作り上げた
神術式は多くの奇跡を生み出し、魔道士に並ぶ力を保持していた。その中でルイアスが独自に作り出した神術式、移動転移は自らを光に変えて場所を移動する式だ。ルイアスは座標を定めその神術式を発動した。ルイアスの体は瞬く間に光に帰り、空へと登る。瞬間、光が何かに激突し彈かれるようにして光の球は再び街へ向かって急速落下を始めた。