5話・お婆さんの異変
「婆ちゃん、捜したぞ。ここにいたのか?」
「ステパン!」
「俺はステパンじゃない。息子のダニールだ」
そう言いながらパン屋の主人ダニールが現れた。中年男性で体格の良いダニールは、茶髪にこげ茶色の瞳をしている。ほっそりした母親のスターシャとは対照的な体つきをしていた。
「婆ちゃん。しっかりしてくれよ。ノアールさま。すみません。うちの婆ちゃんが何やら絡んでいたみたいで」
「いや。構わないよ」
「青金さま」
その場で聞いていた者達は、ダニールの言葉で、スターシャが普通の状態はないと察したのだろう。周囲の者は目を逸らし始めた。ダニールはスターシャがノアールの服の裾を掴んでいるのに気が付き、その手を外させようとした。
「婆ちゃん。何をしている。その手を放すんだ。失礼だぞ」
「嫌だ。青金さまには……」
「だから違う。このお方は青金さまじゃない。手を放せ」
「ここでは一目を引く。一緒に店に戻ろう」
「すみません。そうして頂けると助かります。婆ちゃん、何しているんだよ……」
スターシャは一向に手を放そうとしなかった。声を荒げそうになったダニールを見かねてか、ノアールは提案した。ノアールが歩き出すとスターシャもついて行く。私はその後をダニールと続いた。
「サーラちゃんも悪かったね。ノアールさまと生誕祭を見に来ていたのだろう?」
「気にしないでください。お婆さん、どうしちゃったのですか?」
「ああ。婆ちゃんはいつもこの時期になるとおかしくなるんだ」
スターシャは80代と高齢だが、矍鑠としていて普段は店頭に立って仕事をしていた。そのスターシャの異変に驚いて訊ねると、ダニールはため息を漏らした。店に戻るとお店のドアはcloseの札が掛けられていた。
「戻ったぞ」
「お帰りなさい。婆ちゃんは見つかった?」
「ああ。広場の噴水前のベンチにいたよ」
「よかった。婆ちゃん、お帰り」
ダニールが店の奥に声をかけると、奥からバタバタした音がして、ダニールの妻のカーチャが顔を出した。カーチャはふくよかな体つきをしていた。その彼女は私達も一緒とは思わなかったのだろう。驚いていた。
「ノアールさま。それにサーラちゃんも。一緒だったの?」
「婆ちゃんがまた、おかしくなっちまってさ。ノアールさまの服を掴んで離さないんだ」
「それは迷惑をおかけして申し訳ありません。ノアールさま。サーラちゃんも済まないね」
店には壁際に椅子が二脚置いてあって、その一つにスターシャを腰かけさせたが、それでもノアールの服の裾を掴んだまま放さなかった。ダニールは参ったよと、カーチャに言った。
「どうしたものかな?」
「もしかしたら……」
「何か方法あるか?」
「ちょっとあれを持ってくるわ」
カーチャは何か閃いたようで、奥の部屋に何か取りに行ってしまった。スターシャは憔悴した様子で項垂れていた。それはいつも元気な姿を見ているだけに気になった。




