4話・何もしていないのに
ノアールは結構甘党だった。仕事で息抜きをしたくなると、カフェに足を運んでいたらしい。以前は一人でふらりとカフェに足を運んでいたが、用もないのに話しかけてくる女性が次々現れて、困っていたそうだ。でも今は私を連れているので、見知らぬ女性から言い寄られる機会も減って安堵しているそうだ。
若い女性が言い寄る気持ちも分からないでもない。彼はとにかく美しい。こんな風に見つめられたりしたら、胸がどきりとするし。
彼としては虫よけに自分を連れて歩いているのだろうけど、私はこのように美味しい物の恩恵を受けられるし、結構満足している。
目的のクレープ屋の屋台に向かう途中、広場の噴水前のベンチに腰を下ろしている白髪頭のお婆さんが目に入った。
「あれってパン屋さんのところの……?」
「スターシャさんか」
私が以前、迷子になった時にお世話になった人だ。彼女が私を気に留めてくれて、息子のパン屋のご主人を通してノアールに連絡してくれた。彼女が気付いてくれなかったら、私はどうなっていたか分からない。そのスターシャは、ベンチから立ち上がっては周辺に目をやり、目当ての人がいなかったのか、がっかりした様子で座り直していた。彼女の茶色い瞳は誰かを捜しているように思えた。
「お婆さん」
近づいて声をかけると、彼女は顔を上げた。
「サーラちゃん」
「誰か待っているの?」
「うん。うちの人をね」
パン屋の店主の母親であるスターシャは、確かご主人を早くに亡くされて女一つで息子である店主を育て上げたと聞いていた。
「ご主人ですか?」
「そうなの。あの人はね、そろそろ帰って来るはずなのよ。だって約束したのだもの。必ず帰って来るって」
スターシャは迷いなく答える。どういうことなのだろうとノアールと顔を見合わせていると、ふいにスターシャがノアールの服を掴んだ。
「青金さま。どうかあの人を帰してください。お願いします」
「セイキン?」
「……!」
スターシャの口から出た聞きなれない言葉。不思議に思ってノアールを見たら、彼は思い当たる節でもあるのか、目を見張っていた。
「青金さま。お願いです。あの人を……、お願いします」
「スターシャさん」
「お婆さん?」
スターシャは必死になって、ノアールに懇願する。そこに尋常でないものを感じた。ノアールは、冷静に相手の動きを見ていたようだけど、周囲からもいつの間にか注目を集めていた様だ。
「あれって何かしら?」
「あの人たち、お婆さんから何か奪ったのか?」
「あんなにお婆さんが必死になって可哀そう」
周囲から冷たい視線が集まってくる。事情を知らない人達から見れば、私達が加害者で、ひ弱なお婆さんを虐めているように見えたのだろう。詰る人まで現れ始めた。
「一体、何をした?」
「か弱い年寄り相手に大人げないぞ」
「返してって言っているのだから返してやれよ」
「お婆さんがこんなに頼んでいるのに何とも思わないのか?」
「そうよ。そうよ」
そんなことを言われても、私達はスターシャに何もしていない。スターシャの態度はどこか変で普段とはどこか違うように思えるし、どうしたのだろう? 二人で困惑しているとそこへ聞きなれた声がした。




