32話・不快な香り
翌朝。その当事者の一人がふらりと現れた。リョクショウの元に向かおうとしていた矢先のことだった。日傘を差した彼女は、玄関先に姿を見せた。私はそれに疑問を感じた。ノアールに聞こうとしたものの、彼が彼女を見ていたので聞けずに終わった。
「ノアールさま」
「リョクショウ? どうしてここに?」
「あなたさまが住まれている場所を見てみたくて。こんな侘しいところにお住まいとは。 言ってくだされば、わらわの家にいくらでもご滞在いただいて構わないですのに」
彼女は興味深く周囲を見ていた。彼女の住む壮大な建物から見れば、領主館は小さく古めかしく思えるかもしれないが、あの建物よりこの領主館の方が心地よい気がする私は、何だか馬鹿にされた気がしていい気はしなかった。彼女の顔を見て眉根を寄せたノアールだったが、ちょうど良いとばかりに領主館の中へと誘った。
「これからリョクショウの所に向かうところだった。聞きたいことがある。中へ入ってくれるか?」
「まあ、嬉しい。ノアールさまが訪ねて下さる予定だったとは」
リョクショウは瞳を輝かせ、ノアールに飛びつこうとした。その時、不快な香りがして思わず、「駄目」と、声をかけていた。
「何じゃ、おまえは」
「あ、その……、匂いが」
「わらわが臭いとでも? 失礼な」
リョクショウに睨まれる。何と言い訳しようかと思っていると、ノアールがリョクショウを宥めながら促した。
「まあまあ、リョクショウ。とにかく中へ」
「は~い」
リョクショウはノアールに声をかけられると、態度を一転させた。日傘を閉じてノアールの後ろについて行く。それを面白くない気持ちで見送ると、アコダが言った。
「あいつ、俺たちが向かう先にちょこちょこ現れては、ノアールに誘いをかけてきて面倒でな、この間、ロージイの家に行っただろう? あの時もしつこく追いかけて来たから、あの抜け道を使って撒いてきたんだ」
この間、ロージイの家に行ったとき、アコダ達も抜け道から出て来て驚いた。あれは執拗に迫る彼女から逃げて来ていたらしい。
「ふたりで行かせて大丈夫だったかしら?」
「大丈夫だろう。中にはカルロッタもいるし。ふたりきりにはならないだろうから」
アコダと応接間に向かうと、ノアールとリョクショウ、カルロッタが向かい合っていた。ノアールの隣の席に、当然の顔をして座っているリョクショウにイラっとしたが、彼らとはテーブルを挟んで向かい側の席に着いていたカルロッタに手招かれる。彼女の隣に腰かけると、私達の後ろにアコダが立った。
「サーラはこっちよ」
「ノアールさま。わらわに聞きたいこととは?」
私が席に着くと、リョクショウは挑戦的な目線を送ってきておきながら、ノアールには媚びるような目を向けていた。
「おまえはいつから竜胆と暮らしていた?」
「母が竜胆さまにわらわを預けた時からですの。その頃は子供だったので、あまり良く覚えていませんわ」
「母親が預けた? 竜胆とお前の母は知り合いか?」
「ブルーノのことを母が口にしたら、竜胆さまがこの子は自分が預かると言っていたような……」
そう言って彼女は、自分の顎に人差し指を当てて首を傾げた。




